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気紛れな神様はわらう


「俺が大人になったら、絶対に名前のこと迎えに行く」
「うん…」
「だから待ってろよ」
「うん…約束だよ?」


久し振りに夢を見た。遠い昔に交わした約束の夢を。
小学生の頃、近所に住んでいた男の子。野球が大好きで笑顔が眩しいその男の子に、私は恋をしていた。今思えば、それが初恋だったのだろう。親の仕事の都合で一緒に卒業することはできず、私は引っ越すことになってしまった。友達やその男の子と離れ離れになるのが悲しくて泣いていた私のところにやって来た彼は、約束してくれたのだ。大人になったら迎えに来てくれるって。
勿論それは幼い子どもの口約束であって、そこに拘束力なんてひとつも存在しない。それでも私は、彼の言葉を心の支えにしながら成長したのだと思う。また会える。きっと笑顔で再会できる日が訪れる。そうやって根拠もなく信じていたからだろうか。中学3年生の夏、私は幼少期を過ごした東京へ帰ることとなった。
残念ながら昔暮らしていたところからは離れた場所に引っ越すことになってしまったけれど、東京で生活し続けていれば彼と再会できる可能性は大いにある。転入した中学校で彼のことを探してみたけれど、やはり地元からは離れているためか見つけることはできなかった。今、彼はどこにいるのだろう。会いたいなあ。そんな風に思いを馳せつつ過ごした1ヶ月。私に転機が訪れた。


「名字さん、あの、俺と付き合ってくれない?」
「え…」


生まれて初めて告白をされた。同級生の男の子に。それまで、友達と恋愛についてキャーキャーと話すことはあったけれど、正直なところ自分には縁のない話だと思っていた。転校してきて1ヶ月。申し訳ないことに私はその男子生徒のことを知らなくて、好きだとか嫌いだとか、そういう判断ができる情報を持ち合わせていない。つまり、好きではないということだった。


「ごめんなさい…私、名前も知らなくて…」
「うん。そうだと思った。転校してきたばっかりだしクラスも違うもんね」
「あの、だから…」
「今から俺のこと知ってくれたら良いなと思って。それもダメ?」


話している感じから、悪い人ではないんだろうなという印象は受けた。クラスが違うのに私と付き合いたいと思ったのは、単純な一目惚れなんだと照れ臭そうに話してくれて、そんな姿に好感を抱いたのは事実だ。最初は丁重にお断りしようと思っていた。けれど、少し会話をしていると、もう少し考えてみても良いんじゃないかなって気持ちになって。
きっと初めての経験で浮かれていたのだ。だから、ずっと探し続けていた、心の支えとなっていたはずの彼のことも、その時はすっぽりと頭から抜け落ちていて。私は告白してきてくれた男の子、ケンジ君と、お友達から始めることを決めた。
ケンジ君は第一印象と変わらず、気さくで明るくてよく笑う、太陽みたいな人だった。友達にきいたところ、ケンジ君は男女ともに人気があるらしい。そんな性格を素敵だなと思ったのは勿論だけれど、それ以上に私の心を揺さぶったのはケンジ君が野球部に所属していたということだった。野球ときいて思い出したのは、それまですっかり忘れていた彼のこと。


「ケンジ君は高校でも野球を続けるの?」
「うん。甲子園目指したくて」
「そっか…すごいなあ…」
「私立なんだけど、近くに強豪校があるからそこを受験しようと思ってる」
「へぇ…」


こちらの高校事情はよく分かっていなかったので、私はその時初めて、ぼんやりと進路のことについて考え始めた。幸いにも、私は頭が悪いというわけではなかったので、どこかしらの高校に進学することはできるだろう。けれども、どこを受験するの?と尋ねられると返事はできなかった。近くの公立高校で良いかな、ぐらいにしか考えていなかった私にとって、ケンジ君の発言は驚くべきもので。そのキラキラした眼差しが、あの頃の彼と重なって眩しく見えた。
そんな錯覚も手伝ってか、私はケンジ君が受験する高校に興味を持ち始めた。私立青道高校。確かに、野球部は強豪のようだ。けれども、私にはこの高校に進学する理由がない。あるとすれば、ケンジ君が進学するからという、ただそれだけ。ああ、でもそれも立派な理由になるのかな。告白されて1ヶ月、私はまだケンジ君への気持ちを図りかねていた。
好きか嫌いかで分類すれば間違いなく好きだ。けれども、それが特別な好きなのかは分からなくて。ただ、一緒にいると楽しいし笑顔になれる。そんな男の子は初めてのような気がして、気分が高揚していた。だから、受験前の大切な時期になって2度目の告白をされた時、私は彼に了承の意を伝えるという道を選んだ。そして同時に、彼のことを応援したいという気持ちから、青道高校に進学することを決めたのだった。受験は2人揃って無事合格。私とケンジ君は4月から一緒に青道高校に進学することになった。
桜の花びらが舞い散る頃、真新しい制服に袖を通した私は、意気揚々と高校を目指す。そういえば、小学生の頃に引っ越す時は3月だったから、桜はまだ咲いていなかったなあ。どうしてこのタイミングでそんなことを思い出したのか、自分でもよく分からない。ただ、思えばこれは前触れだったのかもしれない。


「…名前、か…?」
「え?」


高校へ向かう道中、斜め後ろから声をかけられて振り向く。どうして私の名前を…と尋ねようとしたところで、その顔を見て衝撃が走った。私と同じ青道高校の制服に身を包んでいるその人は初対面。ではなく。すっかり大人の男の人へと成長しているけれど、幼い頃の面影はそのまま。間違いない。この人は。


「一也、くん…?」


ぶわり。強い風が吹きつける。散っていく桜の花びらの向こうで、彼は、一也君は、あの頃とは違う笑顔で頷いた。