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#01



「今年度からお世話になります宮侑です〜よろしゅうに〜」


一般平均より整った顔立ちをしているその人は、上手な笑顔を貼り付けて挨拶をしていた。宮侑。前年度まで配属されていた部署では上層部の方々も賞賛を送るほどの功績を残したと言う。そんな人がなぜ今年度からこの部署に配属されることになったのか。噂によると、北さん(私の直属の上司で相当仕事ができる)が引っ張ってきたらしい。宮侑は仕事ができるけれど扱いが難しい。上司の間ではそんなことが囁かれているというのも噂で聞いた話だけれど、北さんならどんな部下でも上手に扱えるだろう。どんな人が配属されようと、私は私の仕事をこなすだけだし関係ない。そう思ってぼんやりと自己紹介をきいていた私に、北さんは実に辛辣なことを言ってきた。


「今年度から1つの案件に対してパートナー制度で仕事を割り振ることになった。宮は名字とやからな」
「え」
「名字、頼むで」
「……分かりました」


それ以外に何と返事することができようか。尊敬する上司に言われてしまえば、どんなに嫌でも断ることはできない。私は1人で黙々と、淡々と仕事をこなす方が好きだ。だからパートナー制度なんて真っ平ごめんだったというのに。会社の決定事項には逆らえない。


「名前、なんて言うん?」
「名字です」
「ちゃうちゃう。な、ま、え」
「…名字名前です」
「名前ちゃんな」
「は?」
「名字呼びって堅苦しいやん」


初対面にしてなんとも馴れ馴れしく人の名前を呼んでヘラヘラしているこの男。本当に仕事ができるヤツなのかと私が不信感を抱いたことは言うまでもない。


◇ ◇ ◇



結論から言うと、宮侑は噂通り、仕事ができるタイプの人間だった。覚えは早いし、慣れてしまえばあっと言う間に全てを終わらせてしまう。私はこの会社で働き始めてまだ3年目のひよっこではあるけれど、こんなに仕事ができる人に出会ったのはこれで2人目だ。1人目は上司の、尊敬すべき先輩である北さん。北さんは入職7年目にして既に統括を任されているほどの凄い人だ。真面目で、部下のことをよく見ていて、当たり前のことを当たり前にする、というのが完璧にできる人。上司とも上手に仕事をしていて、北さんが一目置かれているのは納得である。
宮侑は入職6年目だという。きいてもいないのにペラペラと自己紹介をしてくるものだから、無駄にプロフィールを知ってしまった。彼女とは最近別れてん、などと言われても、だからどうしたという話だ。仕事には全く関係のない情報を提供してこないでほしい。


「なぁ、名前ちゃんて彼氏おんの?」
「仕事中に名前で呼ぶのは止めてくださいと言ったはずなんですが」
「プライベートでならええ?」
「…プライベートで話すこと、ないと思いますけど」
「あるある。今休憩中やし」
「勝手に休憩しないでください。まだ昼休みじゃありません」


この宮侑という男は、仕事ができるがゆえに他の人に比べて自由時間が多いらしく、それに比例して無駄話も多い。パートナーだからという理由で隣の席にされてしまってからというもの、私は毎日くだらない話にこうして付き合わなければならないというストレスを抱えていた。だからパートナー制度なんて嫌だったのだ。百歩譲ってパートナー制度の導入は仕方がないことだったとしても、この男と組むのは私以外の人にしてほしかった。
北さんはもしかして私のことが嫌いなのだろうか。何か恨みでもあるのか。一瞬そんな考えが頭を過ったけれど、たとえ私のことが嫌いで恨みがあるとしても、北さんが公私混同するようなことは絶対にないと思い直した。つまりこれは、北さんにとって最適な選択だったのだ。もう諦めるしかない。


「で?彼氏おんの?」
「しつこいですね」
「答えてくれたらええだけの話やん」
「いません。仕事してください」
「ほな俺と付き合うてみる?」


これだから顔面偏差値の高い男は困る。ちょっと愛想よく笑いながら甘い言葉を囁けば女は誰でも落ちると勘違いしているのではないだろうか。たとえこの部署にいる女性社員全員が落ちるとしても、私だけは例外だ。だから間髪入れずに答えてやった。


「お断りします」
「早っ!即答やん…ちょっとは悩んでくれてもええのに…」
「これ、終わったんですか」
「あともーちょい」


落ち込み方が胡散臭い。このままこの話題を引っ張られるのは心底面倒だと思い突き付けた仕事は、恐らく自分でペース配分して定時までに終わらせることができる自信があるのだろうけれど、私はそんなことなどお構いなしに今終わらせろと言わんばかりの視線を送る。きっと女性からこんな鋭い眼光を向けられたことはないのだろう。宮侑はぎょっとして、渋々書類を手に取った。


「俺、一応先輩やねんけど」
「この部署での先輩は私です」
「こわっ…」


本当に怖いと思っているのであれば、大人しく真面目に仕事に戻ってくれるだろう。けれども、仕事をするフリをしてスマホをいじったり、昼飯何にしよー、などとほざいている時点で、私はなめられている。まあ確かに、私の方が後輩なのでどれだけ注意しようとも効力がないのは分かっているけれど。非常に不愉快である。
私はいっそのこと宮侑の存在を無視して自分の仕事に没頭することにした。何を言われても無言を貫けばいい。そうだ。そうしよう。


「センパイ、腹減りませんか?」
「…」
「センパーイ」
「…」
「あ、今日一緒にランチ行かへん?」
「…」
「パートナーの仲を深めるんも大切やん?」


どれだけ無視を決め込んでも話しかけてくるその精神力には感心する。このタフさと屁理屈ばかり言い連ねるトーク力で実績を上げてきたのかと、ある意味納得できるけれど、ひとつだけ言わせてほしい。


「私、仕事してるんです。邪魔しないでください」
「ほな、ランチ行こ?」
「は?」
「そしたら黙って仕事するわ」


なるほど。こうして駆け引きするのも上手だから取引先の相手も丸め込むことができるわけか。勉強になった。しかし、その代償として私の昼休みはこの男に奪われるハメになりそうだ。


「……分かりました」
「よっしゃ!どこがええ?」
「どこでもいいです」
「ほな、俺が決めるわ〜」


約束通り、宮侑はそれから私に話しかけることなく黙ってパソコンに向かっていたけれど、ちらりと覗いたパソコンには「オススメ!ランチ特集!」というホームページ画面が映し出されていたので、仕事は全くしていないようだった。それでも自分のノルマは達成できているのだから解せない。
こんな時に北さんがいれば注意してもらえるのだけれど、北さんは他部署との連携なども行っていて忙しいので、あまりこのフロアにいない。ちなみに、北さんがいる時はこんな宮侑でも本当に真面目に仕事をしているから余計に腹が立つ。世渡り上手というか、サボり上手というか、こんなヤツが会社から期待されているなんて理不尽な世の中だ。
ああ、いけない。こんなどうでもいいことを考えている暇があったら、仕事をさっさと済ませてしまわなければ。それから私は集中して仕事に取り組んだ。個人作業は向いている方なので、邪魔さえ入らなければ効率よく仕事を進めることはできる。あともう少しで区切りがいいところまでいけそう。そう思った瞬間、隣の席の男が立ち上がった。


「12時なったで。ランチ行こか」
「ちょ…、あと少しで終わるんですけど」
「そんなん午後からでええやん。休憩はしっかり休まな」


12時ジャスト。私の断りもなしに好き勝手な持論を展開した挙句、腕を引っ張ってオフィスから連れ出す宮侑。俺とランチなんてレアやで〜、じゃない。訪れたお店の食事は確かに美味しかったし、なんだかんだで奢ってもらってしまったけれど、来年度までの1年間この男に振り回されるのだと思うと、私は頭を抱えざるを得なかった。


安寧はまれました

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