×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

#12




「はい?」
「せやから、デートしよ」
「…休みの日まで一緒にいたいですか?」
「当たり前やん!」


仕事でも毎日顔を付き合わせているというのに、折角の休みの日まで私なんかといて何が楽しいのだろうか。率直な疑問をぶつければ、侑さんはやや憤慨した様子で机をバァンと叩いた。うるさいし周りの人の視線が痛いからやめてほしい。
侑さんに今週末デートに行こうと誘われたこと自体は素直に嬉しいと思っている。けれども、長年彼氏がいなかったせいなのか、そういうことに関して元々疎いせいなのか。何にせよ、デートでどんな格好をしてどんなところに行ってどんなことをすれば良いのか、私にはさっぱり分からなかった。これはさすがに致命的だ。


「行きたいとこある?」
「私、行くなんて言ってないんですけど…」
「行かんとも言われてへんし」
「屁理屈ですか」
「事実やろ」
「…じゃあ私が行かないって言ったら引き下がってくれます?」
「名前ちゃんは俺と一緒におりたないん?」


ド直球な質問を真正面からぶつけられると怯んでしまう。この人はそういうことを何の前触れもなく平気な顔でしてくるから困るのだ。
一緒にいたくないとは思わない。けれど、それならば一緒にいたいのかと尋ねられればそれは違う。だって侑さんとプライベートな時間を共有するなんて、ちっとも気が休まらないではないか。
こんな私だって、(仮)だろうがなんだろうが、彼氏と一緒にいればそれなりに緊張する。仕事中は仕事を理由にあしらうことも逃げることもできるけれど、プライベートになるとそれができない。侑さんと向き合わなければならないことが、私にとってはかなりハードルが高いことなのだ。


「昼飯一緒に食べ行くぐらいならええ?」
「それぐらいなら…まあ…」
「ほなそうしよ」


私が返答に困っていることを察知してくれた侑さんは妥協案を提案してくれた。強引なところがあるけれど、なんだかんだで私が本気で嫌がることはしない。侑さんのそういう一面が、私の心を揺るがす。そうとも知らず、侑さんは嬉しそうにゆるりと笑って。また、私の心臓を締め付けた。


◇ ◇ ◇



迎えた約束の土曜日は清々しいほどの雨だった。間も無く季節は夏。しかし梅雨は明けていないからか、最近の天気はまだまだ不安定だ。傘を穿つ雨音に耳を傾けながら、私は待ち合わせに指定された場所へと向かう。
お昼ご飯だけとは言え、これもデートの一環なのだと思うと柄にもなくそわそわしてしまって、昨日の夜は服装を考えるのにかなりの時間を要した。私の私服は全体的にモノトーン調で、可愛らしくふわふわした格好などどうやってもできはしない。仕事の時のように機能性重視のパンツスタイルでは侑さんもがっかりするだろうし…などと色々と考えた結果、無難なシャツワンピースに落ち着いた。面白味がないと言われてしまえばそれまでだけれど、所詮、私のファッションセンスなんてこんなものだ。
待ち合わせ場所には色とりどりの傘が溢れていて、侑さんが来ているのか、すぐに確認することは難しそうだなと思った。にもかかわらず、すぐ傍で、名前ちゃん、と声をかけられたので、私は思わずびくりと肩を跳ねさせる。なんだこの人。私に発信機でもつけているのか。さすがにそんなことはしていないと思うけれど、一瞬そんなことを考えてしまうほど、侑さんは私を見つけるのが早かった。


「よく見つけましたね…」
「可愛い子はすぐに見つけられんねん」
「…はあ」
「そこは照れながらお礼言ってくれるところちゃう?」
「私がそんなことするように見えます?」
「言うてみただけ。…行こ」


可愛いって言われて素直に喜べない自分が可愛くないことは自分が1番理解している。普通だったら嫌気がさしてしまうだろうに、侑さんは苦笑しただけだった。さりげなく私の手を攫って、人込みを上手に避けながら歩を進める侑さんの傘と大きな背中をぼんやり見つめながら思う。
どうして侑さんは私のことを好きだって言ってくれるんだろう。他に魅力的な女性が溢れているこの世界で、わざわざこんな可愛げのない面倒な女を選ぶ必要はないはずなのに。私のどこが好きなんですか。そう尋ねたいけれど答えをきくのが怖くもある。私だって侑さんのどこが好きなのかと尋ねられて明確に答えられる自信はないし。


「名前ちゃん、きいとる?」
「え?あ、ごめんなさい」
「店、ここやねんけど」
「相変わらずお店選びが上手ですね」
「せやろ〜?」


私がぼーっと考え事をしている間に辿り着いたお店は、外観が可愛らしいカフェ風のレストランだった。どうやら人気店らしく雨の日にもかかわらず店内は込み合っていて、侑さんが予約をしてくれていなかったら随分と待ち時間が長そうな雰囲気だ。
通された席に座り、オススメのランチメニューを注文し、いつもの仕事終わりの時のように他愛ない会話を繰り広げる。昨日までの緊張感はどこへやら。なんだ、いつもと変わらないじゃないかと安心しつつ、けれどもこれで良いのかとほんの少しの不安もあったりして。果たして侑さんは、こういう時間を望んでいたのだろうか。
料理を全てたいらげて、当たり前のように私の分までお金を払ってくれた侑さんと連れ立って店を出る。たったこれだけでデートは終わり。私がそう仕向けた。それを望んだ。それなのに、もう終わりなのかって。もう少し一緒にいても良いかもなって。そんな風に思ってしまっている私は我儘に違いない。
傘をさして、また流れるように手を引かれながら待ち合わせ場所の方に歩いて行く。それなりに悩んで着てきたはずのワンピースは雨粒のせいでところどころシミができていて、心なしか萎んでいるように見えた。そういえばスカート姿だからって揶揄われることもなければ褒められることもなかったなあ、なんて。私は一体何を期待していたというのか。
繋がれていた手が離れていって、身体に纏わりつく空気は蒸し暑いはずなのに、手だけがひやりと冷たくなったような気がした。そうか、もうここで帰るんだ。お昼ご飯ご馳走様でした。ありがとうございました。そう言って、また来た道を逆戻りすれば良いだけ。帰ったら家の掃除をして、明日は買い物にでも行こうかなって考えていたじゃないか。何度も頭の中で、それじゃあまた、というセリフを繰り返しているのに、音にはならない。


「名前ちゃん」
「はい」
「ずっと何や考え事してるやろ」
「え、」
「俺に言えへんこと?」
「別に考え事なんてしてないですよ」
「食事中も上の空やったし、ここまでずっと無言で話しかけても返事あらへんかったのに?」
「…それは…その……」


指摘されるまで全く気付かなかった。いつも通りに振舞っているつもりだったのに、そんなにぼーっとしていたなんて信じられない。まさか、一緒にいるにもかかわらず侑さんのことで頭がいっぱいでした、なんてマヌケで恥ずかしいことが言えるわけもなく。苦しいなと思いながらも、ちょっと仕事のことで気になることが…と答えれば、はい嘘、と速攻で切り捨てられた。私、こんなにも取り繕うの下手だったっけ?
侑さんを相手にすると、自分が自分じゃなくなるみたいでどうしたらいいのか分からない。本来の私はもっと淡々としていて、可愛げなんてなくても全然平気で、仕事さえきっちりしていれば良いと思っているはずで。だから、今の私は、私じゃない。侑さんのジャケットを掴んでいるこの手も、きっと私のものじゃないのだ。


「…どないしたん?」
「どうもしてません…」
「帰られへんのやけど」
「……ごめんなさい」
「名前ちゃん」
「…、」
「どないしたん?」


侑さんの2回目の、どないしたん?という問いかけは、ひどく優しい声音で私の肌をなぞった。と同時に、ジャケットの裾を掴んでいた手が、またふわりと温かくなる。侑さんは体温が高いのだろうか。触れられると私の体温が一気に上昇していくような気がする。


「我儘なこと、考えてました…」
「名前ちゃんの考えとる我儘なことって何?」
「…もっと一緒にいたいなって、」
「そんなん我儘ちゃうし」
「でも私、自分からお昼ご飯だけって言ったのに、」
「そんなんどうでもええわ。そんなことより、そっち行ってもええ?」


そっち?と考えている間に自分の傘をたたんで私の傘の中へと強引に入ってきた侑さんは、私の手から私の傘を奪うとにっこり笑った。これは所謂、相合傘というやつだろうか。侑さんとの距離が一気に縮まり、それに比例して心拍数が上がっていく。


「で、どこ行こか?」
「どこでも良いです…」
「ほな名前ちゃんち」
「それ以外で」
「俺んち?」
「なんで家っていう選択肢しかないんですか」
「雨やし屋内がええやんか」
「ショッピングモールとか、映画とか、他に色々あるじゃないですか」
「どこでもええって言うたの名前ちゃんやん」
「ちょ、どこ触ってるんですか!」
「ワンピース似合うなー可愛いなー思て」
「それで腰を触る意味が分かりません!」


ちょっとときめいて心を許しかけたら油断も隙もない。狭い傘の中、腰を抱き寄せられても逃げ場はないけれど、ワンピース姿も褒めてもらえたことだし、今回だけは大目に見ることにしよう。


少しずつを絆すのです