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幸福を始めましょうか


ほぼ俺のせいではあるけれど、なんだかんだあった俺と名前の関係は漸く落ち着いた。もう何も隠していることはないし、恐らく誤解も解けたはず。けれども、俺達の距離感が縮まったかというと、実はそうでもなくて。
名前は元々、そんなにベタベタする性格ではないのだと思う。俺も、どちらかというと淡泊な付き合い方の方が有難いと思っていたので、最初のうちはちょうど良いと感じていた。それが、どうしたことだろう。
俺の家に誘えば断られ、それならば名前の家に行っても良いかと尋ねればそれも断られ、挙げ句の果てには買い物に付き合ってくれという誘いまで断られてしまっては、さすがの俺でも、もう少し一緒にいる時間があっても良いんじゃないのか?と考えてしまうようになった。
なんとなくだけれど、名前は俺のことを避けているような気がする。恐らく、俺からしてみればとてもくだらない理由で。


「今日も予定あんの?」
「え…どうしてここに…」
「俺もこの大学に行ってんだし、いてもおかしくないだろ?」


今日という今日は逃すまいと大学の正門で待っていた甲斐あって、俺は約2週間ぶりに名前と会うことができた。こうしてまともに会って話すのは、想いが通じあったあの日以来だ。
目を左右に彷徨わせて俺を直視できない様子の名前は、何か用事があったんですか?と、興味などないであろう適当な内容を問い掛けてくる。ほんとに、分かりやすいやつだ。


「名前が逃げないように捕獲しに来た」
「え!私、逃げたりなんかしませんよ!」
「へぇ?俺の誘いことごとく断っといて、よく言うなぁ?」
「それは…たまたま…予定があって」
「じゃあ今からは?」
「……ない、です、けど」
「けど?」


うう、と口籠った名前は、そのまま黙り込んでしまった。話している場所が大学の正門付近ということもあって、そこを通る学生達がチラチラと俺と名前を見遣って行く。まあ俺は気にしねぇけど。きっと名前はそろそろ気にし出す頃だ。
案の定、名前は道行く学生達の視線に気付いたようで、とりあえず行きましょう、と歩き始めた。どこに向かっているのかは分からないけれど、俺は黙って名前の隣を歩く。そうして歩いて辿り着いたのが俺の家の前なのだから、名前もなかなか俺のことが好きじゃねぇか、と、密かにほくそ笑んでしまった。


「俺んち来たかったの?」
「そ、そういうわけじゃ…!」
「無意識に足が向いた?」
「…ほんと、先輩って意地悪…」
「とりあえず入る?」


俺の提案に、名前は意外とすんなり頷いてからおずおずといつものリビングまで来ると、ソファに座った。俺は適当にお茶を入れると、名前の斜め前に置いてある2人がけのソファに座る。
沈黙が嫌だとは思わない。けれど、名前は居た堪れないようで、先ほどから何かを言おうと口を開きかけては噤むという素振りを繰り返していた。やっぱり、今更2人きりのこの状況に緊張してる?だとしたら、なんで?


「名前」
「は、い」
「なんでそんな緊張してんの?」
「…だっ、て、」


俺と交わった瞬間、さっと逸らされた視線。俯いて自分の足元を見つめる名前は、一体何を考えているのだろうか。だって。その先の答えを、俺はじっと待つ。この沈黙は、居心地が悪い。


「恥ずかしくて…」
「は?」
「私、よく考えたら勢い任せに色々言っちゃったような気がするし、その後も…その…」
「まあ確かに、ヤってる時は随分積極的だったけど」
「先輩!」
「はっはっは!冗談だって」


もう!と頬を膨らませる名前の表情は、少しだけ和らいだようだった。それにしても、両想いだって実感したら逆に緊張するってどういうことだ。そんな理由で避けられ続けるなんて堪ったもんじゃない。


「名前」
「今度は何ですか」
「こっち来て」
「…え、」
「俺、名前に避けられ続けて傷心なんだよね」
「そんなこと言って…どうせまた冗談でしょう?」
「名前…おいで」


理由はなんでも良かった。本当に傷心中かそうじゃないかも関係ない。ただ名前に触れたかっただけ。もっと言うなら、名前の方から俺に触れてほしかっただけ。俺はいつからこんな風に甘っちょろい男になってしまったのだろうか。たぶん、いや、絶対に名前のせいだとは思うのだけれど。
らしくないとは思いつつ、両手を広げて名前の反応を待つ。かなり躊躇った様子ではあったけれど、最終的に観念した名前が恐る恐る俺の胸に飛び込んできたことに、俺はホッと胸を撫で下ろした。
久し振りの柔らかい感触とほんのり香る甘い匂い。遠慮がちに俺の腰に回された手の温度も心地良い。なんだっけ、こういうの。安心するってやつ?


「あの、先輩」
「…ん?」
「今度から、一也先輩って呼んでも良いですか?」
「どーぞ。どうせなら先輩もいらねぇけど」
「呼び捨ては無理ですよ」
「え?でも確か…」
「あの時は!例外です!」


あんなに甘ったるい声で俺の名前を呼んでいたくせに、そういう時以外は駄目なのか。俺には違いがさっぱり分からないけれど、まあ名字呼びから名前呼びに変わっただけでも今日のところは良しとしようか。
俺の上に跨って座ったまま首元に擦り寄ってくる名前の柔らかい髪を撫でる。まあ俺から、おいで、と言ったのだから自業自得なのだけれど、この状況って結構ヤバいよなあ、と冷静に考え始めたところで、ねぇねぇ先輩、と耳元で呼ばれた。コイツ、狙ってんじゃねぇだろうな。


「ん?」
「私、ずっとお願いしたいと思ってたことがあって」
「何?」
「先輩の作ったオムライス、食べたい」
「ああ…そういえばそんな話したこともあったっけ」


もう遥か昔のことのように思えるけれど、確かに作ってやると言ったような記憶がある。なんだそんなことかと思い、良いよ、と軽いノリで答えれば、名前はそれはそれは嬉しそうに顔を綻ばせて、嬉しい!と、再び飛び付いてきた。
そんなに喜ぶことか?と疑問に思いつつも、名前があまりにも幸せそうなので、俺までつられて頬を緩めてしまう。


「買い物、行きます?」
「ああ…行く。けど、その前に」
「な、んッ!」
「この状況でコレだけで終わらせてやるんだから文句言うなよ」


唇に吸い付くようなキスを落としてニヤリと笑ってみせる。口元を手で隠して顔を赤らめる仕草には正直クるものがあったけれど、名前の願いを叶えるべく買い物に行かなければならないので、今はここでストップ。お楽しみは後に取っておこう。
名前を足の上からおろして、行くぞ、と立ち上がる。するりと俺の手に自分の手を絡ませて、こうやって歩いちゃダメですか?と尋ねてくる名前はあざとい。一体どこでそんな視線の使い方を覚えてきたんだか。


「ダメって言ったら諦めんの?」
「…嫌なら諦めます」
「ふーん」
「嫌?」
「俺、何も言ってないけど」
「素直じゃない!」
「生意気言うな」


傍から見れば、これはバカップルってやつに見えるのだろうか。今まで白い目で見ていたはずのそれに、まさか自分がなる日が来ようとは全く予想だにしていなかった。こんな姿を高校時代のやつらが見たらどう思うだろう。気が狂ったとでも思われるかもしれない。
まあ、でも。困ったことに俺は今のこの状況に満足しているので、行動を改める気はない。とりあえず手を繋いだまま買い物に行って、一緒にオムライスを食べて、他愛ない話をして。こういうのを、人は幸せと呼ぶのだろう。