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黄色い幸福の行方


幸せを絵に描くと、きっと今の状態になる。そう思えるぐらいに、私は今、幸せを感じていた。よく考えてみれば、自分から初めて好きになった異性と結ばれるって凄いことなんじゃないだろうか。
元々、御幸先輩と付き合っているということは周りの人達に知れ渡っていたので、普段の生活で大きく変化があったわけではない。ただ、ほんの少しだけ。大学構内で御幸先輩と擦れ違った時に微笑まれたり、携帯でのやり取りが増えたり、放課後に会う回数が増えたり。たったそれだけのことなのに、いちいち顔が綻んでしまうのだ。


「なんか名前、幸せそうだねぇ…」
「そう?」
「御幸先輩とうまくいってるんだ?」
「え。あー…どうだろ…」
「照れなくてもいいって。御幸先輩も雰囲気変わったもん」
「そうかな」
「前より取っつきやすくなった気がする」


仲の良い友達との昼食タイム。食堂でそんな会話を繰り広げる。御幸先輩の雰囲気が変わったとも取っつきやすくなったとも感じたことはないけれど、傍から見ればそうなのだろうか。確かに、本当の意味で付き合うようになってからは以前よりも気遣ってくれているのかなと思うことは増えた。でも、御幸先輩の本質は変わっていないと思うし、そもそも人間の性格ってそう簡単に変わるものでもないと思うから、その取っつきやすさは元来持っているものなんじゃないだろうか。
今日のお昼ご飯はうちの大学の食堂で人気の唐揚げ定食を選んだ。そういえば、御幸先輩と食堂で一緒にご飯を食べた時はオムライスを選んだけど、自分が作ったやつの方が美味しいって言ってたなあ。ふと思い出した、何気ない会話。あの時、意地を張らずに、冗談じゃなくて本気で御幸先輩の作ったオムライスを食べたいって言っておけば良かった。
御幸先輩は、男の人にしては、というか、かなり料理が上手い。なぜかは分からないし、きいたこともない。昔からやっていたということは、お母さんのお手伝いをしていたとか、そういう意外な一面があったりするのだろうか。お母さんと並んで台所に立っている御幸先輩が想像できなくて思わず笑ってしまった私を、友達が怪訝そうな顔をして見つめていることに気付き、慌てて唐揚げとご飯を頬張る。


「今日の3限、休講になってたから帰るね」
「そうだったっけ?」
「うん。アンタも帰りなよ。お迎え、来てるし」
「え」


友達が指さしたのは私の背後。振り返れば御幸先輩が立っていて、その姿を見るだけで胸がざわつく。じゃあね、と席を立った友達と入れ替わりでその席に御幸先輩が座って、頬杖をつきながら私を眺めてくるものだから、まだ半分ほど残っているご飯も唐揚げも味噌汁も、喉を通らなくなってしまった。私、こんなに乙女だったっけ。自分でも自分の状況に戸惑ってしまう。


「食わねぇの?まだ残ってんじゃん」
「もう…お腹いっぱいで」
「勿体ねぇな。じゃあ俺がもらう」
「ど、どうぞ…」


御幸先輩はもうお昼ご飯を食べたのだろうか。小さな疑問を抱きながら、残っているものをあっと言う間に全てたいらげた御幸先輩をぼーっと見つめる。そして、目が合った。反射的に視線を逸らしたのは不自然だっただろうか。でも、御幸先輩と見つめ合うなんて無理だ。たとえ、キスもハグもそれ以上のことも、経験しているとしても。


「もう講義ねぇなら帰るか」
「一緒に?」
「…そのつもりでここにいるんだけど?」


ニヤリと悪戯に上がった口角に、また、心臓が跳ねた。すっかり恋する乙女モードに突入してしまっている私は、御幸先輩にフィルターをかけすぎなのかもしれない。
席を立って食器を片付け、食堂を出る。御幸先輩の後ろをついて歩きながら、その背中の大きさに、やっぱり男の人なんだなあと当たり前のことを思っていると、突然御幸先輩が足を止めた。何の前触れもなく立ち止まるものだから、私はその背中に激突してしまい、ぶふっ、という女の子らしからぬ声を発してしまったけれど、これは不可抗力だ。どうかきかなかったことにしてほしい。


「急に止まらないでくださいよ…」
「いや、ずっと後ろにいるから」
「え…」
「隣、歩かねぇのかと思って」


御幸先輩の隣を歩く。そんな普通のことに特別を感じる。だっていつも、少し後ろを歩くのが当たり前だったから。ちょっと緊張しながら御幸先輩の隣に立つ。それを認めて歩き出した御幸先輩に遅れないようにと、ちらりちらりと横を確認していたら、急に、はっはっは、と笑い出す御幸先輩。この笑い方を見るのは2度目だ。私が知らなかった御幸先輩の表情。心を許してくれたらとても楽しそうに笑うんだって、なぜか安心した。


「そんなに見られたら緊張するから、やめてくんない?」
「緊張するなんて嘘でしょう」
「バレた?」
「バレバレです」
「今までの彼氏と並んで歩いたことねぇの?」
「そういうこと意識したことなかったので…」
「ふぅーん。じゃあなんで俺の時だけ意識してんの?」


初めて心から好きだって思えた人だからです。とは、恥ずかしくてとても言えなかった。自分でも思うのだ。こんなに純情ぶってどうするんだって。異性と付き合うこと自体が初めてというわけでもないくせに、何をいちいちドキドキしたりドギマギしたりしてるんだって。それでもコントロールできないから困っているのだけれど。
私は何も返事をせずに、逃げるように歩調を速めた。けれども当たり前のことながら、私より背が高くて脚の長い御幸先輩は簡単に追いついてきて、隣からは視線を感じる。大学からは既に結構離れていて、もう少しで御幸先輩の家だ。御幸先輩の家が大学から近くて助かった。このまま御幸先輩の家の前で、それではまた、って挨拶をしよう。そんな浅はかな考えは御幸先輩にお見通しだったのか。
折角無事に御幸先輩の家に着いたのに、先輩は家に入る素振りを見せない。むしろ、なんで立ち止まってんの?と言いたげな雰囲気すら感じる。


「ここ、先輩の家ですよね?」
「そうだけど。何?うちに来たいの?夕飯食っていく?」
「オムライス…、」
「オムライス?…ああ、食いたいの?」


口をついて出たのは昼食中に考えていたこと。御幸先輩は一瞬、なんでオムライス?という顔をしたけれど、すぐに過去のやり取りを思い出してくれたらしく、ニヤつきながら尋ねてきた。


「今日は…遠慮しときます」


本当はもう少し御幸先輩と一緒にいたいし、もっと言うなら御幸先輩の家にお邪魔したい。オムライスもご馳走になりたい。けれども、あの日以来、私は御幸先輩の家に行ったことがなかった。軽い女だと思われて嫌われたくないという気持ちと、あの時の、情事中の諸々を思い出して恥ずかしいという気持ちと、色々な感情が混ざり合った結果だ。


「じゃあ家まで送るわ」
「大丈夫ですよ…まだお昼だし…」
「心配してんのもあるけどそれだけじゃなくて」
「もう少し一緒にいたいな、って、思ってくれてるとか…?」
「え」
「嘘です冗談です調子乗りました」
「…俺、違うとか言ってねぇけど」


少しバツが悪そうに、いつもより小さめの声でぼそりと零した御幸先輩を、可愛いと思ってしまった。どうしよう。また。私の知らなかった御幸先輩の一面を見てしまった。きゅんと切なく疼く胸は、恋をしているという確かな証拠。
じゃあ私の家まで付き合ってくれますか?そう言おうとした時だった。御幸先輩のポケットが震え始める。ヴーヴーとバイブの音が続いているところを見ると着信ではないだろうか。おもむろにポケットから取り出した携帯を見て、御幸先輩が固まったのを、私は見逃さなかった。
御幸先輩の初めての表情をこれからも沢山みていきたいと思っていたけれど、その表情は見たくなかったな、なんて。こんな我儘は飲み込まなくちゃ。


「悪ぃ。ちょっと電話…」
「大丈夫ですよ、ここで」
「…ごめんな。今度オムライス作ってやるから」
「楽しみにしてます」


私に軽く手を振って背を向けた御幸先輩は、鳴り続ける携帯の通話ボタンを押して電話相手の人と話し始めた。ただの電話。普通なら気にするようなことじゃない。けれども、携帯に表示された人物の名前を確認した直後の御幸先輩の表情を見てしまったら、胸騒ぎがするのは仕方のないことだ。
家の方に向かって歩いて行く御幸先輩の会話はきこえない。ただ、その背中を見送りながら、オムライスを作ってくれる「今度」というのは一体いつになるのかなと、途轍もない不安に襲われてしまったのはなぜだろう。私、幸せなはずなのに。こんなに不安になるのは、おかしいよね。