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徹は、クリスマス一緒に過ごそうね!とか、早々に言ってくるとばかり思っていたのに、蓋を開けてみればちっともそんなことを言い出してこないものだから、意外にもイベントごとに興味がないのかと思って、柄にもなくがっかりしていた。こう見えて密かにクリスマスプレゼントまで用意していた私は、昨日、思い切って徹に電話をして、結果的にクリスマスデートをすることになったわけだ。受験生だからとか、勉強の邪魔をしたくないからとか、徹は徹なりに色々考えてくれていたらしく、それは素直に嬉しかったのだけれど、電話が終わってからの徹のLINEの量ときたら…正直、勉強の妨げにしかならなかった。けれども、不思議と怒りはなく苦笑するにとどまったのだから、私はかなり徹に毒されていると思う。
そんなわけで、今日はクリスマスイブ。この場合ラッキーというべきか、今年はクリスマスイブとクリスマスが土日に重なっている。きっと経済効果は絶大だろう。
待ち合わせ場所にやって来た徹は悔しいけどやっぱり格好よくて、今更ながらに、よくもまあこんな整った顔の人間が私なんかの彼氏になってくれたものだと、他人事のように思った。私服姿は見慣れなくて余計にドキドキする。背も高いし、さながらモデルである。その証拠に、擦れ違う女性達は揃いも揃って徹に見惚れているようだ。


「ごめん、待った?寒かったよね?」
「大丈夫。そんなに待ってない」
「うそ。手冷たいじゃん」


私の存在に気付くなり駆け寄ってきた徹は、それはそれはスムーズに、流れるような動作で私の手を握ったかと思うと、自分のポケットに突っ込んだ。こんなの、少女漫画でしか見たことがない。しかも何の恥ずかしげもなく、堂々とやってのけて、それが様になっているから腹が立つ。


「よくこんな恥ずかしいこと平気な顔してできるね…」
「恥ずかしくないってば。手、寒いからさ。これなら暖かいでしょ?」
「…今日だけ特別ね」
「えー?今日だけー?」


当たり前だ。こんなことを毎回されたら、こっちは心臓がもたない。クリスマスイブということで街全体が浮き足立っている今日なら、あまり目立たないから良しとしているだけで、普段のデートでされたら迷わず振り払う自信がある。
私が照れ隠しで俯いていることなんて、徹にはきっとお見通しなのだろうけれど、今顔を上げる勇気はない。熱を持った頬は、林檎のように赤く染まってしまっているだろうから。


「そんなに分かりやすい反応するの、珍しいね?」
「…誰のせいよ」
「そんな顔しても可愛いだけだからダメ」


ほんの少し視線を上げてじとっとした目で睨みつければ、そんなことを言って眉尻を下げながら困ったように笑う徹。この表情の、一体どこが可愛いというのだろう。もしかしたら徹の目は腐っているのかもしれない。
結局、私は徹のコートのポケットに手を突っ込んだまま移動することを余儀なくされた。離してくれないのだから仕方がない…とは言いつつも、私だって実は本気で嫌がるつもりがないのかもしれないから、徹を責めることはできないのだけれど。
映画を観たり、徹が調べてくれた美味しくてオシャレなカフェに行ったり(こういうところは私なんかよりずっと女子力が高い)、ウィンドーショッピングを楽しんだり。勉強漬けだった日々に潤いを与えてくれるような時間は、あっと言う間に過ぎていった。
冬は陽が沈むのが早く、18時近くになると辺りはもう真っ暗になっていて、帰りの時間が迫っていることを嫌でも思い知る。ツリーでも見に行こっか、と。徹が提案したことに、私は頷くことで同意を示した。
ショッピングモールを出てイルミネーションがキラキラ輝く並木道を抜けたところに、大きなクリスマスツリーがあるのだ。多くの恋人達がそれを取り囲む中、私達もその集団の中に混じってツリーを眺める。あまりの綺麗さにうっとりしていると、徹が私の名前を呼んだ。顔をそちらに向けると、そこには柔らかな笑みを浮かべる徹の姿があって、なんだか照れてしまう。
徹は、ずるい。その表情だけで、まるで好きだよ、と伝えてくるみたいだから。私の心は乱されっぱなしだ。


「名前、メリークリスマス」
「……私に?」
「当たり前でしょ」


徹が私に差し出したのは上品そうな手提げの紙袋に入ったものだった。そのサイズからして、恐らくアクセサリーの類だろう。徹に、開けてみてよ、と言われたのでその場で開けてみると、やはり中身はネックレスとブレスレットのセットだった。シンプルながらもさりげなくあしらわれたハート型がオシャレで、徹のセンスの良さを感じさせる。
試しにつけてみると徹が嬉しそうな顔をして、似合ってるよ、なんて言うものだから、思わず頬が緩んでしまった。徹はそんな私を見るとさらに目を細めて愛おしそうに笑う。ああ、私って愛されてるなあ、と。感じずにはいられない。
私は自分も用意していたプレゼントを取り出すと、徹に差し出した。ぎょっとして、え?なにこれ?なんて問いかけてくる徹には呆れる他ない。


「クリスマスプレゼントに決まってるでしょ」
「俺に?名前から?ホントに?」
「なんでそんなに疑うの…いらないならあげないけど」
「いる!いります!嬉しい!ありがとう!」


見た目は申し分なく格好良いくせに、こういうところはヌけているというか、なんというか。私からのプレゼントを、開けて良いとも言っていないのにガサガサと開け始める徹を、私は苦笑しながらも黙って見つめる。まるで子どもみたいだ。


「わ!キーケースだ!高そう…」
「悪いけどそんなに高いもんじゃないよ。徹、春から東京で一人暮らしするでしょ。使えるかなと思って」
「使う使う!今すぐ使うよ」


そう言って自宅の鍵らしきものを取り出した徹は、私があげたキーケースにそれを取り付けてくれた。こんな自分よりも大きな男に向かって言うのはおかしいかもしれないが、こういう素直なところは、なんとなく可愛いと思う。私にもそんな素直さが少しでもあったら、可愛げってものが身に着くのだろうか。クリスマスプレゼントをもらえたこともそうだが、こうしてクリスマスイブを一緒に過ごせているだけで実は結構嬉しいのに、きっと私は不器用すぎてその気持ちを伝えきれていないと思う。
友人である琴乃や和音に指摘された。たまにはもっと素直に気持ちを表現しても良いのではないか、と。きっと及川君も喜ぶよ、と笑っていた琴乃は、先日からちゃっかり岩泉くんと付き合い始めたらしく、とても幸せそうだった。岩泉くんといる時の琴乃はとても愛らしくて、岩泉くんの方も照れながらも満更ではない様子だし、これが恋人同士のあるべき姿なんだろうなあ、と感じたのは記憶に新しい。
恥ずかしい気持ちも、照れ臭い気持ちもきっと同じはずなのに、どうしてこうも私は表現力に乏しいのだろう。今更性格なんてそう簡単に変えられるものではないから、今すぐにどうこうできる問題ではないのだけれど、私は勝手に落ち込み始めてしまった。


「名前?どうしたの?」
「え?あ、ううん、何でもない」
「…ふーん?」
「それより、どうしようか。そろそろ帰る?」


私の僅かな表情の変化を見逃さない徹は少し眉を顰めていたけれど、続く私の言葉に、その眉間の皺を深くさせた。どうやら、まだ帰るつもりはないらしい。
はあ、と。なぜかわざとらしく息を大きく吐いた徹は、手に持っていたキーケースをポケットに仕舞うと、おもむろに私の手を取って自分の方に引き寄せた。必然的に身体は徹に近付いてしまうわけで、後頭部と腰に手を回されてしまえば、私は徹の胸の中に顔を埋めざるを得ない。ここが公共の場だということを思い出して咄嗟に離れようとしたけれど、勿論徹がそれを許してくれるはずもなく。私はもう、こうなったら顔を見られないようにすることに徹するしかなかった。


「なんで今日、そんな格好してんの」
「おかしい?」
「ニットのワンピースはだめ…」
「ごめん。徹こういうの好きかと思ったんだけど違ったんだね」
「いや、大好きだけど。ていうか名前が着る服ならなんでも好きだけど」


頭上で聞こえてくる徹の声は、どこか落ち着きがないように感じた。徹の好みを考えて選んだ白いニットワンピース。お気に召さなかったわけではないようだけれど、徹にとって何か不都合があったようだ。まさかスカートの丈が短すぎるとかお父さんみたいな発言はしてこないだろうけれど、口籠っているということは言いにくいことなのだろうか。


「…名前はもう少し危機感持った方が良いよ」
「う、ん?」
「男は馬鹿ばっかりだから、そういう格好されると勘違いするの。…俺も含めて」


私の後頭部を支えていた手を緩めて私の額に自分のそれをコツリと合わせてきた徹は、熱っぽい視線を向けてくる。近い。近すぎる。視界いっぱいに徹しかいなくて、どこに視線を落ち着ければ良いのか分からない。
さりげなく徹の胸を押して距離を取ろうと試みたが、腰に回された手の力は弱まるどころか強くなって、益々事態は悪化しているような気がする。


「とお、る、ちかい、」
「うん。わざと」
「なんで、」
「ドキドキしてもらうため」


こんなことされなくたって、私は今日、徹に会った瞬間からドキドキさせられっぱなしだ。絡みとられた手も、隣で幸せそうに笑う顔も、私を愛おしそうに見つめる瞳も、全部私のドキドキに繋がる。こんなむず痒い恋愛なんてしたことがなくてなかなか受け入れられないけれど、私は徹にどんどん溺れていく。このままでは、息ができなくなってしまうんじゃないかってぐらい。


「ずっと、ドキドキ、してる、けど」
「…余裕そうなのに?」
「それは徹の方でしょ」


色々慣れてる感じだもん、と。私が言った直後、再び頭を徹の胸に押し付けられた。厚い胸板越しに、どくどくと脈打つ心臓の音がきこえて、先ほどは気付かなかったその速さに驚いてしまう。
徹もドキドキしてくれてるんだ。そう悟るまでに、それほど時間は要さなかった。


「余裕ないの、分かった?」
「うん、」
「……帰したくないって言ったら、怒る?」


腰を抱き寄せる徹の力が、また少し強くなった。頭上の徹は、今どんな表情をしているのだろうか。自信なさそうに恐る恐る紡がれた問い掛けに、私は1人、頬を緩める。
結構強引に色々仕掛けてくるくせに、なんでこんな時だけ弱気なんだろう。私、なんだかんだで完全に拒否できたことないと思うんだけどな。
素直になるのは私にとって凄くハードルが高いことだ。けれど、今日は。頑張ってそのハードルを超えてみたい。私はおずおずと徹の腰に手を回した。その瞬間、ぴくっ、と。僅かに徹の身体が揺れる。


「うち、来る?」
「……いいの?お母さん達は?」
「いな、い」
「え、」
「お父さん出張行ってて、お母さん、お父さんとクリスマス過ごしたいからって、出張先、行っちゃって、」
「仲良いね」
「うん」


それがどういう意味なのか、ちゃんと分かっている。何回かそういうことだってしたし、今日はそういう雰囲気になったら思いきって自分から誘ってみようと最初から決めていたのだ。
徹の元気がなかった時は勢いでどうにでもなった。けれど、なんでもない時に自分から誘うようなことを言うなんて、はしたないやつだと思われないだろうか。そんな不安が、声に反映されてしまったのだろう。たぶん私の声は少し震えていたと思う。徹は何も言ってくれなくて、けれど離してくれる気もないようで、私は沈黙に耐えられない。


「あの、ごめん、変なこと言って…」
「名前」
「な、に?」
「それは、期待して良いってこと?」
「……そのつもりで誘ったって言ったら……どうする?」


ハードルは飛び越えたかもしれない。けれど、そこから先、私はどうしたら良いのだろう。素直になってみたはいいものの、徹に受け入れてもらえる自信がない。
そんな絶望感に苛まれた刹那、徹が私の身体を突き放した。かと思うと、すぐさま手を取って歩き出すものだから、私は突然の展開に頭がついていかない。
帰るってこと?やっぱり引かれた?


「名前んちってこっちだったよね」
「え、あ、うん、」
「ごめん、今俺、最高に余裕ない」
「え?」
「帰ったらすぐ手出しちゃうかも」
「あの、え?」


急ぎ足で、どうやら私の家を目指しているらしい徹の声は、確かに余裕がなさそうだった。すぐ手を出すかも?ってことは、引かれたわけじゃない?


「引いて、ないの?」
「引くわけないでしょ。おかげで嬉しすぎて余裕なくなったけどね」
「そう、なんだ…よかった…」


思わず安心しすぎて心の声が漏れてしまった。途端、徹が立ち止まって私の方に振り返るものだから、私は徹の身体にぶつかってしまう。今日の徹は、やけに忙しい。
安堵からいつもより緩んだ表情を浮かべているであろう私を視界に入れた徹は、それはもう唐突にキスをしてきた。まだ外なのにとか、誰か見てるかもとか、そんなことを考える隙を与えないぐらい一瞬の出来事を終えて、徹は再び歩き出す。


「とおる、待って、今の…」
「後でいくらでも謝るから、今日は我慢できない」
「う、ん…」


繋がれた手から徹の熱さが伝わってきて私の方まで熱くなってしまう。どうやら私は、とんでもないハードルを飛び越えてしまったようだ。


熱量伝染警報


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