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11月も半ばを過ぎ、本格的な受験シーズンが到来した。徹は例の日を境にすっかり復活し、いつもの調子を取り戻している。元気すぎてウザいぐらいなので、私はここ最近、励ましてしまったことをほんの少し後悔していた。
今日も相変わらずうざったいほどのキラキラオーラを放ちながら私の席へとやって来た徹だったが、その顔は珍しく深刻そうだ。何かあったのだろうか。私は不安になる。


「名前、俺、大切なこときいてなかった…」
「何?そんな深刻そうな顔して」
「名前ってどこの大学目指してんの?」
「は?」
「ねぇ!どこ!県内?」


ほんの一瞬でも不安になった自分がアホらしい。深刻そうな顔をしているから何事かと思えば、どうやら徹は私の進学先が気になっていただけのようだ。
徹はバレーのスポーツ推薦でお声がかかり、東京の大学に進学することが内定している。この3年間、バレーに費やしてきた徹の頑張りが認められたようで、その話をきいた時は自分のことのように嬉しかった。そして同時に、その時初めて、私は自分の進路をどうするか真剣に考え始めた。
私の成績は、悪くはない。どちらかというと良い方だ。けれど、なりたい職業もなければやりたいこともない。学びたいことも、経験したいことも、何ひとつない。そんな私が目指す大学など、どこにあるのか。悩みに悩んだ結果、私はひとつの答えに辿り着いた。
その答えに辿り着いた時、私は何度も自分の頭がおかしくなったのではないかと疑った。けれど、何度考え直しても行き着く先は同じで、私はその答えを信じるしかなかった。今、私が優先したいこと。それは、徹の傍にいることだった。
高校3年生になって付き合い始めた、たかが1人の男のために、大切な進路を左右されるなんて馬鹿げていると思う。だから何度も考え直したし、悩み続けた。それでも、徹と同じ大学を目指そうという気持ちは変わらなくて、私は密かに東京の大学について調べていた。
そんなわけで、私は徹と同じ大学を受験しようと思っているわけなのだけれど、問題はそれをいつ、徹に伝えるかだ。このタイミングで話すと、テンションを上げまくった徹が私をからかってくるのは目に見えている。それはなんとなく癪だ。それに、同じ大学を目指していると分かったら、やたらと大学の資料を持ち出して妙な妄想を繰り広げるに違いない。既に進学が内定している徹と違って、私はこれからが本番なのだ。勉強の妨げになるようなことは極力避けたい。
そこまで考えて、私は、いっそ受験が終わってから、実は…と打ち明けてしまった方が良いのではないか、と思い始めていた。そうだ。合格してから言っても、遅くないではないか。


「まだ、決めてない」
「え?この時期に?ほんと?」
「うん。目星は付けてるけど」
「どこ?それ、どこ!?」
「なんで徹に言わなきゃいけないの…まだ決まったわけじゃないんだし」


私の咄嗟のウソは、恐らくバレていないだろう。それからも徹は、県内か県外かだけでも教えて!とか、まさか女子大?とか、色々な質問をぶつけてきたが、全て無視した。これも受験勉強に専念するためだ。
その日の放課後。一緒に帰ろうという徹の誘いを、図書室で勉強して帰るから無理、と言って断った。じゃあ俺も!なんて言うのは分かりきっていたので、集中したいから帰ってね、と釘を刺せば、徹はしょんぼりと肩を落として1人で帰って行った。可哀想な気もしたが、徹と同じ大学に行くためだ。少しぐらい我慢してもらおう。
図書室に行くと、勉強をしている生徒がちらほら座っていて、私も空いた席に腰を下ろす。苦手な数学でもやってみようかと問題集を開いたところで、私の目に飛び込んできたのは徹を除くバレー部3人の姿。あちらも私の存在に気付いたのか、周りの迷惑にならないよう静かに近づいて来る。


「名字さんも勉強?」
「うん。3人も?」
「まぁな」
「ここ、座る?」
「おー。じゃあお邪魔しよ」


私の隣に岩泉くん、正面に花巻くん、斜め前に松川くんが座り、それぞれ勉強道具を広げる。私の脳裏に一瞬、夏休みの勉強会のことが過ったが、あの時は随分と恥ずかしいところを見られてしまったから、できることならみんなの記憶からも自分の記憶からも抹消したい。そんな私の心情を察知したかのように、松川くんがペンを動かしながら、小声で地雷を踏んだ。


「なんか夏休みの時のこと思い出すなー」
「あー。懐かしー」
「あん時はまともに勉強してなかったろ」
「及川が惚気るからじゃん?」
「元はと言えば花巻が脱線したんだろー」


私は3人の会話が聞こえていないフリをして数学の問題に取り組む。けれど、雑念が多すぎるためか、ちっともペンが進まない。これでは徹を追い払った意味がないではないか。


「名字さんはどこの大学にすんの?」
「え?あ、うーん…」
「まだ決めてねぇのか」
「まあ…そんなとこかな…」
「ウソでしょ。本当は決まってんじゃない?」
「え。なんで?」


花巻くんの問いかけに曖昧な返事をしていた私だけれど、岩泉くんの発言に上手く乗っかってその場をなんとか凌げそうだった、のに。松川くんの発言に、私は思わずノートに落としていた顔を上げてしまう。
すると、ニヤつく松川くんと、私の反応を見て何かを察したらしい花巻くんが、私のことをじーっと見つめていた。隣の岩泉くんだけがそんな私達に気付いて、どうした?と首を傾げている。
この2人は、妙なところで鋭い。夏休みの勉強会のことを引き合いに出したのも、もしかしたら私の動揺を誘うための策略だったのかもしれない。だとしたら私は、まんまとその罠にハマってしまったということだろうか。
内心かなり焦っている私だけれど、恐らく表情にはあまり出ていないはずだ。こういう時に限っては、感情が分かりにくいタイプで良かったと思う。


「その問題集。及川と同じ大学じゃん?」
「名字、及川と同じ大学目指してんのか?」
「意外ー。だってそれって、及川のこと相当好きってことじゃんか」
「……徹には言わないでね…」


隠し通せないと悟った私は、3人に口止めすることしかできなかった。それにしても松川くんは目敏い。どこにでもありそうな参考書を見て、よくもまあ徹と同じ大学のものだと気付いたものだ。
続く岩泉くんの発言には答えたとして、花巻くんの発言に対してはスルーを決め込む。そうなの。いつの間にか徹のことすごく好きになってたから同じ大学に行きたいの。…なんて開き直れるほど、私は可愛い性格ではない。
これ以上一緒にいるとボロが出そうなので、私は席を変えて勉強しようと筆記用具を片付け始めた。花巻くんがそれを慌てて止めてくるから、誰のせいですか、という思いを込めて、じとっと睨む。するとなぜか、怯むどころか目をまん丸くさせた後でニヤニヤする花巻くん。
隣の松川くんまで同じ表情をしているものだから、私は自分の顔に何かついているのかと思い、ペタペタと確認してみる。が、当たり前のことながら、顔には何もついていなかった。そんな私の様子をおかしそうに見る2人の目は、なんとなく生温かい。


「名字さん、及川のことになるとそういう顔するよね」
「え?」
「そうそう。普段は全然表情変わんないのに、及川絡みの話になると女の子ーって感じの顔になんの」
「な…、そんなこと、」
「どんな顔だ…名字、こっち向いてみろよ」
「無理無理!」


岩泉くんに呼ばれたけれど、2人からまさかの指摘をされた後では、とても顔を向けることなんてできない。自分でも全く気付かない内に、私はすっかり感情が表に出るようになってしまったらしい。それも、徹に関することに限って。
恥ずかしくて顔から火が出そうな私は、急いで勉強道具をカバンの中に突っ込むと席を立った。これはまさに、夏休みの勉強会の時のデジャヴである。勉強するなら他のところに行けば良い。私は一刻も早くこの場を離れることだけを考えていた。


「名字、帰るなら及川が正門のとこにいたぞ」


立ち去ろうとした私の背中に向かって岩泉くんが投げかけてきた言葉は、私を振り向かせるには十分だった。ほんとに?と確認すると頷く岩泉くん。相変わらずニヤニヤしている花巻くんと松川くんは、愛されてるねぇーなんて言ってくるが、それどころではない。
先に帰ってって言ったのに。私に何の連絡もせず、正門でどれだけ待つつもりだったのだろうか。本当は場所を変えて勉強をしようと思っていたけれど、そんなことをきいたら居ても立っても居られなくて。私は岩泉くんに、ありがと、とだけ伝えると、足早に正門を目指した。


◇ ◇ ◇



正門に行くと、岩泉くんの言った通り、そこには徹の姿があった。岩泉くんが嘘を吐くとは微塵も思っていなかったけれど、いざ目の前に徹を見つけると驚いてしまう。
結局、全く勉強できずに帰宅しようとしている私は、一体何がしたかったのだろう。徹にツっこまれたらどう言い訳しようかと考えている内に、スマホから顔を上げてこちらを見た徹が私の存在に気付いてしまった。その顔は、やはり驚きに満ちている。無駄に長い足で私に駆け寄ってきた徹は、第一声、予想だにしないことを言ってきた。


「俺と帰りたくなかっただけなの?」
「は?」
「だって名前、もう帰るんだよね?絶対勉強してないよね?」
「それは…まあ、気分が乗らなかったというか…」
「俺と帰るの嫌だから、嘘まで吐いてゆっくり帰ろうとしてたんでしょ」


徹は完全に勘違いしている。しかも勝手に勘違いした挙句、かなり機嫌を損ねていた。誰も徹と帰りたくないなんて言っていないし、思ってもいない。それなのに1人でむくれている徹がおかしくて、私は思わず頬を緩めてしまった。


「……可愛いけど、なんで笑うの」
「だって徹、1人で勘違いして怒ってるから…なんかおかしくて」
「勘違いって?」
「私、徹と帰りたくないなんて思ってないよ」


徹はまだ私の言ったことを疑っているのか、訝しそうに見つめてくる。徹は自分に自信があるように見えて、意外と臆病だ。最近はできるだけ徹に自分の気持ちを伝えるように努力しているのだけれど、まだまだ伝わりきっていないらしい。
私はどうすれば誤解が解けるかと暫く思案して、慎重に言葉を紡いだ。


「今日はね、勉強しようと思ったんだけど徹が正門にいるってきいたから帰ることにしたの」
「……ほんとに?」
「私、結構頑張って徹に気持ち伝えてるつもりなんだけど。信じてくれないの?」


私は首を傾げながら徹のことを上目遣いで見つめてみる。徹はたぶん、私のこういう仕草に弱い。それが分かっているから、学校であるにもかかわらず恥ずかしさを堪えて詰め寄っているのだ。きっとこれで、誤解は解けて機嫌も直るはず。
すると徹は、目をパチパチとしばたたかせたかと思うと、ヘナヘナとその場に蹲ってしまった。どうしたのかと思い徹に倣ってしゃがみ込むと、おもむろに手を握られる。


「今の…わざとでしょ……」
「やっぱりわざとらしかった?」
「……うん。でも、わざとだって分かっててもクる…」
「くる?」
「こっちの話。あーもう!分かった!信じる!だから帰るよ」


徹の発言の意味はよく分からなかったが、機嫌が直ったなら何でも良い。手は徹に握られたままで、私は引き摺られるようにして帰路につく。勉強は家でやろう。徹と、毎日一緒に帰るために。
私が密かにそう決めたことなど知る由もない徹は、なぜか急に立ち止まって私に向き直る。どうしたの?と尋ねれば、いつかも見たような男の表情をして微笑まれ、いつどこでスイッチが入ったのかと疑問を抱きつつ、私は自分の身に危機感を覚えた。


「勉強、うちでやろうね?」
「え?」
「誘ってきたのは名前の方だし」
「待って…意味分かんない」
「母さん、夜まで帰らないから」
「勉強する気ないでしょ」
「……だめ?」


無駄に整った顔で有無を言わせぬ一言を投げかけてくるあたり、徹は本当にあざとい。こんな安い手に引っかかるか、と思いつつも、最終的に徹の部屋まで来てしまった私は、どこまで徹に惚れ込んでいるのか。自分でも引いてしまう。
案の定、勉強を始めた直後にキスの雨が降ってきて徹の思い通りの展開になってしまったわけだけれど、勉強は明日から頑張れば良いか、と流されてしまった私も、実は徹に愛されたかったのかもしれない。徹の腕の中でぼんやりしている私の頭に、図書室での去り際、花巻くんと松川くんに言われたセリフが唐突に浮かび上がる。
愛されてるねぇー。
彼らが何をもってしてそう言ったのかは分からないけれど。今なら素直に、愛されて幸せだよ、と答えられるような気がした。


どろどろ、熔ける魔法


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