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10月下旬。私は初めて徹が活躍するバレーの公式試合を観に行った。順調に勝ち進んでいた青城だったが、惜しくも準決勝敗退。徹達の戦いは終わった。そしてそれは同時に、徹達の部活引退を意味する。セッターとして、主将として、チームを支えてきた徹は本当に立派だったと思う。気休めに聞こえるかもしれないけれど、試合に負けたとしても、私の中で1番輝いていたのは間違いなく徹だった。
けれど、そんなことを徹に言ったところで、きっと何の意味もないし慰めにもならない。だから私は、敢えて電話もLINEもしなかった。学校でも自分からは声をかけなかったし、徹の方からもいつものように絡んでくることはなく。そんな状態が1週間ほど続いた金曜日。私はついに決心して徹に声をかけた。
このままでは、徹がずるずると沈んでいってしまうような気がする。自分に何ができるかは分からないけれど、気分転換の相手ぐらいにはなれるかもしれない。そう思ったのだ。


「徹?」
「ああ…どうしたの?」
「今日の放課後、時間ある?」
「え…うん、まあ部活もないし。暇だよ」


部活もないし、と言った時の徹の顔は、ひどく歪んでいた。徹はきっと、高校生活のほぼ全てをバレーに費やしてきたのだろう。だから私なんかでその穴を埋められるとは思っていない。けれど、せめて、ほんの少しでも笑ってくれないだろうか。


「デート、行こ」
「…名前からそんなこと言うなんて、珍しいね」
「嫌?」
「ううん…デートなんてゆっくりできなかったもんね。良いよ。行こっか」


徹はやっと、力なく笑ってくれた。けれど、無理して笑ってくれていることは明白だ。私はいまだに元気のない徹の元を後にすると、らしくないなと思いながらも、放課後のデートプランを考え始めるのだった。


◇ ◇ ◇



放課後。約束通り、徹と学校を出てぶらぶらと商店街を歩く。徹はよく、月曜日はオフだからと私のために時間を作ってくれていたけれど、大会が間近になった10月からは月曜日も自主練に励んでいたから、放課後デートも随分久し振りかもしれない。賑やかな商店街の雰囲気に似合わず、徹はどこかぼーっとしている。


「徹、行きたいところないの?」
「えー?うーん…名前が誘ってきたんだから、名前が決めてよ」
「じゃあ、クレープ食べよ」
「え?ホント、珍しいね。そういう普通のデートっぽいことするの、恥ずかしくて嫌って言ってなかった?」
「前、そういうことしたいって言ってたから。行こ」


自分でも柄じゃないとは思う。普通の高校生がするようなデートは、甘ったるくてむず痒くて、正直苦手だ。けれど、徹は私とそういうことをしたいと言っていた。だから、もしかしたら喜んでくれるんじゃないかと思ったのだ。
クレープ屋さんで、バナナチョコとイチゴ生クリームのクレープをそれぞれ買って歩きながら食べる。なんとなくお互いに交換し合って味を食べ比べたりして、これはなかなかにデートっぽい。
いつものデートと言えば、あてもなくウィンドーショッピングしてみたり、公園のベンチに座って紙パックのジュースを飲みながら徹の話を延々と聞いたり、徹のバレー用品を買いに行くのに付き合ったりと、そこまで甘い雰囲気にはならなかった。だから、今こうして、はたから見れば付き合っている男女なら当たり前かもしれないデートをしているのは、すごく新鮮だ。
その後も、ゲームセンターでUFOキャッチャーをしてみたり、付き合って初めてプリクラも撮ってみたりした(徹発案でこれにはもの凄く抵抗があったが今回ばかりは仕方がない)。そして、少しずつ日が暮れてきた頃、私達は夕陽が綺麗に見えるという、デートスポットとしても名高い高台の広場に来ていた。平日ということもあってか、カップルは学生ばかりでそこまで人も多くない。


「今日…ありがとね」
「何が?」
「俺のこと、元気付けようとしてくれたんでしょ?」
「うーん…まあ、そう…かな」
「嬉しかったよ。プリクラも撮れたし」
「誰にもあげないって約束、覚えてるよね?」
「分かってるよ。俺だけの宝物にする」


はは、と。乾いた笑いを零す徹は、まだいつもの徹ではなかった。学校にいる時に比べれば幾分かマシになったような気はするけれど、本調子にはほど遠い。


「徹」
「ん?何?」
「私ができること、他にある?」
「もう十分だよ。いつまでも引き摺ってられないし。大学でもバレーやるし。次は、勝つよ。絶対」
「…うん。徹のバレー、応援してる」
「あ。あった」
「は?」
「名前にできること」
「何…?」
「ぎゅーってしてよ」


人の弱みに付け込んでそんなお願いをしてくるなんて狡いような気もするが、力なく笑いながら手を広げている徹を見たら無下にはできない。周りはカップルだらけで自分達のことを見ている者などいないだろう。私はそう思い込むことにして、徹を抱き締めながら頭を撫でてあげた。なんだか私は、どんどん徹に甘くなっているような気がする。


「…よく頑張ったね」
「ん。ありがと」
「これからも頑張って。バレーしてる徹、カッコいいから」
「バレーしてなくてもカッコいいでしょ」
「自分で言うと台無し」
「えー?そう?」


自分よりも随分大きいはずの徹が、今日は子どもみたいだった。そろそろ良いかな、と思い抱き締める力を緩めた私を、今度は徹がぎゅっと抱き寄せる。首筋に徹のふわふわした髪が当たって擽ったい。


「勝ちたかったなぁ…」
「うん」
「もっとあいつらと、バレーしたかった」
「うん」
「もっと、もっと…強くなりたい」
「なれるよ。徹なら」


徹の声がほんの少しだけ震えていたことには気付かないフリをした。ただ黙って抱き締められながら、私は再び柔らかい徹の髪を撫でる。
どれぐらいそうしていたかは分からないが、辺りが段々と暗闇に包まれ始める頃。徹がやっと沈黙を破った。


「このまま、名前のこと帰したくないな」
「え?」
「…ごめん。うそうそ。冗談」
「ほんとに?冗談?」
「……本気だって言われても困るでしょ?」


完全に夕陽が沈み真っ暗になった世界で頼りない電灯だけが光る中、ぼんやりと照らし出された徹の顔は、泣きそうだった。
徹は本当に馬鹿だ。自分が弱っている時まで私のことばっかり考えて、心配して。私、そんなにヤワな女の子じゃないつもりなんだけど。


「徹、私に言ったよね。私のためなら何でもするって。私のこと大切だからって」
「うん?言ったけど…」
「私も同じこと思ってるよ。徹ほど上手に優しいことは言えないけど、私だって徹のこと大切だと思ってるから…こういう時は、私に甘えても良いんじゃないの?」
「…なんか名前、オトコマエだね」
「でしょ?」
「じゃあさ、」
「ん…っ」
「うち、来てくれる?…今日、誰もいないんだけど」
「……良いよ。一緒にいてあげる」


口付けられて、また唇が触れそうな距離でそんなことを言われれば、私に断ることなんてできるわけがない。たとえ今のような状況でなくとも、徹を拒絶することなんてなかったとは思うけれど。
再度ちゅ、とリップ音を響かせてキスをしてきた徹はゆるりと笑う。もしかしたら、これも罠だったのかもしれない。まんまと騙されてしまったのかもしれない。けれど、それでも、私の手を握る徹の手は余すことなく優しいから。私はいつだって、徹を受け入れてしまうのだ。


それをあいとよぶのですか


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