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色々なことがあった夏休みを終えて、二学期を迎えた。季節は秋になろうとしていて、教室内は受験モードに突入しつつある。そんなある日、私は他のクラスの女子3人組に体育館裏へ呼び出された。徹と付き合っていたらいつかはこんなことがあるだろうと思っていただけに、特に驚きはしない。むしろ、今まで何事もなく過ごせていたことが不思議なぐらいだ。
私は素直に呼び出しに応じ、言われた通り、放課後に体育館裏へ向かった。確か呼び出してきた女子は、徹のファンクラブのトップみたいなポジションだったと思う。くるくる巻いた髪と鼻につく香水の匂いが、あまり好きになれなかったことを覚えている。
既に3人は先に体育館裏に来ていて、私が来るなりぐるりと取り囲んできた。背後には冷たい壁。本当にこんなシチュエーションがあるんだなあ、と他人事のように感心する。


「あんた、及川くんのこと本当に好きなの?」
「うん。それがどうしたの?」
「ちょっと綺麗だからって調子に乗らないでよね」
「調子に乗ってるつもりはないんだけど」
「そういう上から目線な態度がムカつくって言ってんのよ!」


上から目線と言われても、これが私なのだからどうしようもない。理不尽な言い分ではあるけれど、適当に受け答えして終わらせよう。私はひどく冷静にそんなことを考えていた。


「大体ね、及川くんがあんたみたいな子に本気なわけないでしょ?」
「…それ、徹にきいたの?」
「きかなくても分かるのよ!今まで付き合ってきた子だって結局別れたんだから」
「あ、そう」
「何余裕そうな顔してんの?ムカつく!」
「あなた達に何を言われても、私、別れないから」


今まで、面倒ごとは避けて生きてきた。波風立てないように、うまく立ち回ってきたつもりだ。だから、本来ならば徹と別れるのがベストな選択だと言えよう。昔の私だったらそうしていたかもしれない。
けれど、チャラチャラしているように見えて肝心なところでは真面目で、少し臆病で、優しくて。そんな徹を、もっと知りたいと思ってしまった。徹がいつも私を大切にしてくれるように、私も徹を大切にしたい。だから、別れるなんて選択肢は微塵もなかった。
本気か本気じゃないかなんて、そもそも徹にしか分からない。少なくとも現段階では遊ばれているとは思えないし、たとえ遊ばれているとしても、それは徹本人の口から聞くまで信用できない。


「痛い目見なきゃ分かんないの?」
「好きにしたら良いよ」
「…生意気!」


ぱちん、と。乾いた音が響いた。頬に走るジンジンとした痛みから、平手打ちを食らったことを理解する。頬、腫れないかな。もし腫れちゃったら徹に勘付かれちゃうんだけど。こんな時でも徹のことを思い出す私は、なかなかに徹のことが好きなんだなあ、と思う。
私が無反応なことが気に食わなかったのか、再び相対していた女子が手を振りかざす。また叩かれる。そう思って目を瞑った時だった。


「おい、そんなところで何してんだよ」
「あれ?名字さんじゃね?」
「ほんとだ。どうしたー?」


聞きなれた声がきこえてそちらに目を向けると、そこには徹を除くバレー部3人の姿があった。どうやら状況を一瞬で理解したらしい彼らは、私達の方へ近付いて来る。私を責め立てていた女子3人はさすがにヤバいと思ったのか、そそくさとその場を離れて行った。
とりあえず助かった。私は鈍い痛みを抑えるように叩かれた頬を撫でながら3人にお礼を言った。


「ありがとう。助かった」
「いや…ちょっと遅かったな」
「頬、赤くなってない?」
「大丈夫。それより…このこと、他の人には言わないでね」
「及川にも?黙っとくの?」
「うん。迷惑かけたくないし」


心配そうに見つめてくる3人に、私はなんでもないことのようにそう言った。私が1番恐れているのは、徹にこのことがバレていらぬ心配をかけてしまうことだ。今はバレーで大切な時期だということを知っている。そんな時に私のことなんかで時間を割かせるわけにはいかない。
この場に徹がいなくて本当に良かった。3人によると、ちょうど部長会に出席しているため不在だという。私は再度、3人に口止めをしておいた。


「絶対言わないでね」
「でも…なあ?」
「後から知った方がうるさいと思うけど」
「知られる前に解決するよ」
「どうやって?」
「それは…まあ、考える」
「名字、さっき迷惑かけたくないって言ったよな?」
「え?あ、うん」
「アイツはバカだし、ヘラヘラしてるし、どうしようもねぇヤツだけど」
「散々な言われようだね」
「けど、名字のことは本気で考えてると思う。迷惑だとは思わねぇんじゃねぇか」


岩泉くんがそんなことを言うなんて、意外だった。けれど、岩泉くんだからこそ、その発言には説得力がある。伊達に長年、一緒に過ごしてきたわけではないのだろう。
私は素直に嬉しいと思った。だからと言って徹に頼るつもりはこれっぽっちもない。自分の問題は自分で解決するべきだ。


「ありがとう。でも、言うとしても、私から言うから」
「…そうか」
「なんかあったら俺らに言って」
「うまくやれる自信あるし」
「うん。練習中にごめんね。じゃあ、また」


私は3人に手を振ってその場を後にした。カバン、持ってくれば良かったなあ。いまだにじわじわと痛む頬をさすりながら教室に戻ると、恐らく先ほどの女子3人の仕業だろう。教科書類がぐしゃぐしゃに破かれていた。こんな分かりやすい嫌がらせをしたら、他の人にもバレてしまうだろうに。とりあえず、明日からの授業どうしようかな。誰かに借りればいいか。
辛いとか悲しいとか、そんな感情が全くないわけではない。けれど、ここで泣いたところでどうにもならないのだ。私は無残な姿になった教科書類をカバンに詰め込んで帰路に着いた。さすがに靴には何もされていなかったが、明日からまた何かされるんだろうなあ。
私は1人、とぼとぼと歩きながら徹にLINEを送った。忙しいから今日はLINEも電話もできない、と。勿論、そんなの嘘だ。けれど、今日、徹の声をきいたら。優しい言葉をかけられたりしたら。縋り付いてしまうような気がしたのだ。それだけはしたくない。
再び、頬を撫でてみる。じんわりと熱いながらも少しずつ冷えてきたそこは、私の心を物語っているようだった。


呑み込んだ嗚咽と心中


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