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告白現場から逃げ出して掴まって、屋上に向かう私の気持ちは最悪だった。何と言われるか怖くて仕方なかった。
けれど及川は私を責めるどころか、とても優しく微笑んで話しかけてくれた。それでも及川の問いかけには動揺が隠せなくて、顔を覗き込まれた時は目を合わせることができなかった。
そして及川は、好きだよ、と。前にも言ってくれたそれを、再び口にした。嬉しいはずなのに不安で、臆病な私の質問にも、及川は真剣な顔で答えてくれた。
いつもヘラヘラしてるくせに、ずるい。けれど、そんな及川だから好きになったんだろうなあ。
きっと、及川は本気で私に気持ちを伝えてくれた。だから、私もきちんと答えよう。


「私も、及川が好きだよ」


思っていたよりも簡単に出てきたその言葉に自分でも驚く。恥ずかしい、けれど、嬉しい。好きな人が自分のことを好きでいてくれることって、すごいことだ。
及川が私を包むようにすっぽりと抱き締めて、どう反応しようかと悩む。嫌じゃない。けれど、いくら誰も来ないだろうとはいえ、ここは学校だし。今更、少しずつ冷静になっていく頭で考えて、今までの自分の言動の数々を振り返り、顔から火が出そうなほどの羞恥を覚えた。
勝手に落ち込んで、嫉妬して、泣いて、挙げ句の果てに好きだと言って。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。


「及川、ちょっと、」
「ん?どうしたの?」
「ここ学校だし」
「えっ、そんなの今更じゃない?屋上なんて誰も来ないよ?」
「そうだけど。そういう問題じゃないの」
「……もしかして名前ちゃん、照れてる?泣き顔も不安そうな顔も可愛かったよ?」
「〜っ、忘れて!」


私が嫌がることを分かっていてニコニコしながらそんなことを平気で言う及川は、本当にいい性格をしていると思う。私は及川から距離を取って顔を逸らすことで精一杯だ。
及川を好きになってから、私は壊れてしまった。こんなに余裕がなかったことなんて、今までなかった。


「忘れないよ。どんな名前ちゃんも、忘れない」
「…ねぇ及川、」
「ん?何?」
「及川は告白される時、いつもあんな感じなの?」


及川の言葉で甘い雰囲気になりかけたけれど、私には気になっていることがあった。先ほどの告白現場で見た、アレである。
及川はモテるし、たとえ私と付き合うことになるとしても、きっと今まで通り呼び出されるだろう。告白されるのは仕方ない。けれど、毎回抱き着かれて嫌がりもしなければ引き剥がすこともなくなされるがままというのは、些か引っかかる。


「あんな感じ?……あ、もしかして抱き着かれたこと気にしてる?」
「…、誰にでも許すの、そういうこと」
「ちょっと待って。名前ちゃん、嫉妬してくれてるの?もしそうなら嬉しすぎるんだけど!」
「そうだよ、嫉妬してる。悪い?」
「…何それ…、」


なかばヤケになりながら言い放った言葉に、及川は思った以上に幸せそうだった。及川はニヤニヤしっぱなしでだらしない。


「名前ちゃん以外には自分から抱き着いたりしないよ」
「あっちから来たら?」
「今度からは、すぐ離れる。約束するよ。ていうか、告白の呼び出しにはもう行かない」
「えっ…でも……」
「だって名前ちゃんがいるもん。他の子の告白なんて、必要ない」


どうしよう。嬉しい。私だけを見てくれていることが、こんなにも。
及川の言動に一喜一憂する自分が馬鹿みたいで、けれどそんな自分もたまには良いかも、なんて思ったりして。自分の頬が緩むのが分かった。
そして及川は、やっぱりそんな私の小さな変化に目ざとく気付いてしまうのだ。


「名前ちゃん、可愛い」
「そういうこと平気な顔していうからチャラチャラしてそうって思われるんだよ」
「好きな子にしか言わないし!」
「ふーん…そっか」
「でも、みんなの前であんまりそんな顔をしちゃダメだよ」
「なんで?」
「名前ちゃんの可愛さは俺だけが知ってればいーの」


この男ときたら…よくもこんな歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく言ってのけるものだ。言われた方が恥ずかしい。及川と一緒にいたら心臓がおかしくなりそうだ。
はいはい、ありがとう。
私は平静を装ってそんな反応をして見せたけれど、及川には私の気持ちなんてお見通しらしい。少し離れていた距離をぐいっと縮められて、見上げればすぐそこには及川の顔がある。


「好き」
「知ってる…」
「照れてるね、可愛い」
「うるさい」
「ね、名前ちゃん、」


目瞑って。
耳元でそんなことを囁く。噎せ返るほど甘ったるい声音なのも、きっとわざとだ。そんなこと分かりきっているのに、逆らえない私はどれだけ及川のことが好きになってしまったんだろう。
ぼんやり考えながら、私は静かに目を瞑る。
唇に及川のそれが重なって、やがて、離れる。嘘みたいに優しくて、触れ合った唇だけが熱くて。薄っすら目を開けると、今まで見たことがないぐらい柔らかく笑う及川が映る。


「名前ちゃん、幸せそう」
「及川もね」
「だって俺、幸せだもん」
「…私も、だよ」
「うん。知ってる」


恥ずかしくて死にそう。きっとそんな感情も彼にしか伝わらない。誰に分かってもらえなくても良い。及川にだけ、伝われば良い。
これからきっと私は、自分でも知らない表情をこの男に晒すことになるのだろう。思いもよらない感情を、抱くことになるのだろう。それが怖くて、けれど少し、楽しみで。
自然と絡んだ手を離すことなく、私達は屋上を後にした。いつもと同じ帰り道。少しはやい心臓の鼓動が、なんだか心地よかった。


孵化した心臓


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