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※「黒星と白星の行方」続編


宣戦布告をされ、土日を挟んでから迎えた月曜日。何か仕掛けてくるかと思って身構えていたというのに、宮君は私に接触を図ってくるどころかすれ違うこともなく昼休みになってしまった。もしかしてあの発言は冗談だったのだろうか。勝手に本気で言ったこととして捉えていたけれど、よく考えてみたら宮君が私なんかに執着するわけがないので、遊ばれたのだと理解する。
馬鹿馬鹿しい。またもやあんな最低男に振り回されてしまった。私はいつもお昼ご飯を食べる友達数人で集まり、少し乱暴にお弁当箱を取り出す。


「名前、何かあったの?」
「なんでもない」
「ふーん…あ!そういえば宮君への告白、どうなったの?」
「その話なら…」
「名前チャン。待たせてごめんなぁ?」


友達からの質問に、その話ならもう忘れて、と言おうとした私の言葉を遮ったのは、話の渦中にいる宮君だった。なんとも下手くそな笑顔で私を見つめてくる宮君に嫌気がさす。
大体、待たせてごめんってなんだ。私は宮君のことなど、少しも待っていないというのに。
友達は学校のちょっとしたアイドル的存在である宮君を前に、目を輝かせている。この男の本性を知らないからそんなキラキラした眼差しを送ることができるのだ、と思ったけれど、つい最近まで私も友達と同じように宮君を見つめていたことに気付いて絶望した。


「名前、宮君とお昼ご飯の約束してたの?」
「いやいや!まさかそんな…」
「なんや名前チャン、照れて言えへんかったん?ちょっと借りてもええ?」
「どうぞどうぞ!」
「もー…怒らないから言ってくれたらよかったのにー!」
「ほら、早く行きな!」
「え、ちょ、ちが…」


にこやかな作り笑顔を張り付けたまま強引に事を運ぶ宮君に腕を引かれ、私は辛うじてお弁当を引っ掴むことに成功した。友達に愛想よくお礼を言って教室を出た宮君は、どこかに向かって私を引き摺りながら歩く。抵抗を試みてはみたけれど、圧倒的な力の差には勝てないので早々に諦め、私は今後の対策を練ることにした。
こんな強引な方法で私がまた惚れ直すとでも思っているのだろうか。だとしたら宮君は結構なお馬鹿さんだ。この勝負、私の勝ちは見えたな。


「やっと会えたな」
「私は望んでないけど」
「せやろなぁ。ま、俺も望んでこないなことしてるわけやないし」


見覚えのある空き教室に入ってから漸く私の腕を離した宮君は、先ほどの笑顔はどこへやら。冷めた表情でそんなセリフを吐き捨てた。この男は本当に私を惚れ直させる気があるのだろうか。甚だ疑問である。


「…負けた時のペナルティ、覚えてる?」
「当たり前やろ」
「勝つ気ある?」
「勝つ気しかないけど」
「……あっそ」


会話はそこでぷつりと途切れて、訪れる沈黙。宮君は体育会系のくせに健康に気を遣っていないのか、コンビニのパンを齧りながらスマホをいじっていて何かを話し出す素振りは微塵もない。
なぜ2人きりで、お通夜かってぐらい重苦しい雰囲気の中お昼ご飯を食べなければならないのか。折角のお弁当も美味しさが半減してしまうではないか。そう思いながらも、すぐにクラスに帰ると友達に何を言われるか分からないので、私は早めにお弁当をたいらげて席を立った。


「私、クラス帰るから」
「ええよ。どーぞ」
「は?何か用事があったんじゃないの?」
「あらへんよ。早よ帰り?」
「…意味わかんない…!」


私は怒りをなんとか押し殺して自分のクラスへ戻った。勿論、宮君は引き止めてきたりなんかしない。一体何がしたいんだ!私を振り回したいだけなのか!ほんっと腹が立つ!
クラスへ帰るなり友達に、宮君とのランチタイムどうだった?楽しかったよねぇ?などと冷やかしの言葉を投げかけられたけれど、私はそれらに、最悪だった!と本音を吐き出すことしかできなかった。友達はそれを照れ隠しだと受け取ったようだけれど、もう弁解する気力もないので好きにしてくれ。
結局その日、宮君が接触してきたのは昼休憩のその時だけ。次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、宮君は必ず昼休憩に現れては私をあの空き教室に連れ出し、無意味な時間を共有するということを繰り返していた。宮君の意図が全く読めない私は、ただただ疑問符を頭の上に浮かべるばかりだ。
そして迎えた金曜日。あっという間に1週間が経って、今日が終われば私の勝ちが確定する。なんだ、口ほどでもない。昼休憩、宮君が訪れるのをなんとなく待っていた私は、宮君にどんな勝利宣言をするべきか考えていた。
けれど、どうにもおかしいことに昼休憩を5分ほど過ぎても宮君は現れない。いつもならものの数分で来るはずなのに。待てど暮らせど宮君は現れず、もしかして何かあったのではないかと心配にすらなってくる。


「もう…なんなの!」


私は悪態を吐きながらも、不覚にも、自らいつもの空き教室へと足を運んでしまっていた。そして、来なければ良かったと後悔する。そこで見たのは、宮君と私の知らない可愛い女の子が楽しそうに食事をする姿。私と一緒にいる時には見せたことがない宮君の柔らかな笑みに、胸が締め付けられる。
なんだ。やっぱり最初から遊ばれていたんじゃないか。きっとこの4日間は、宮君の気紛れで私を弄んでいたに過ぎなかったのだろう。ほんと、最低。だからあんな男のこと、もう好きなんかじゃない、筈なのに。
じわり。なぜか分からないけれど目頭が熱くなって視界が滲む。なんでよ。なんで私、こんなに傷付いてるの。宮君のことなんか何とも思ってないもん。好きじゃない。むしろ、きら、い。きら…い…?
嫌いだ、と。断言できなかった。そう言えば私は、好きじゃないという発言したけれど嫌いだとは一言も言っていない。言えていない。つまりは、そういうことなのか。自分の鈍感さと浅はかさと男を見る目のなさに、溜息と嘲笑しかない。


「…ばっかみたい……」


扉を隔てた向こう側。そこにいる2人は私からひどく遠い遠い世界にいるように見えて、近付くことはできなかった。


◇ ◇ ◇



放課後、私はぼんやりとしたまま日誌にペンを走らせていた。こんな日に限って日直だなんて、相当ツイてない。白状な友達は私を置いてさっさと帰ってしまったし、ペアの日直の子は委員会があるらしいので引き止めることなどできる筈もなく。
早く帰りたい一心で最後の空白にあたる今日の出来事、という欄に差し掛かった私は、1日のことを振り返る。と言っても、思い出されるのは昼休憩の光景ばかりなので空欄が埋まるわけがない。
他に何があったっけ…口元にペンを当てながら何とか思い出そうと頭をフル回転させていると、ガラリと教室の扉が開く音がした。誰かが忘れ物でも取りに来たのかな、と何となく音のした方に顔を向けると、そこに立っていたのは宮君で。途端、身体が強張るのを感じた。


「ご苦労さん」
「……何しに、来たの」
「別に。どないな顔しとんのか見に来ただけ」
「何それ…」


宮君は当たり前のことながらいつもと何も変わらない飄々とした態度で近付いてくると、私の机の横にしゃがみ込んでこちらを見上げてきた。口元に描いている弧は、どういう意味を持つのか。どくり。心臓が大きく跳ねた。


「昼休憩、寂しかったやろ?」
「そんなことない」
「嘘やん。俺のこと探してあの教室来たくせに」
「なっ…!気付いてたくせに無視してたの!?最っ低…」
「最低で結構。で?なんで来たん?」


憎たらしいほど整った顔が益々笑みを深めていくのが腹立たしい。けれど1番苛々するのは、宮君の質問にすぐ答えられない自分自身だ。


「なんとなく…、気になった、だけ」
「へーぇ?」
「彼女、いるんじゃん…」
「ん?ああ…あれは彼女やなくてオトモダチ」
「嘘つき。だって私にはあんな風に笑ってくれたことなかっ、た……っ」


勢いに任せて口走ってしまった言葉を思わず飲み込もうとするけれど一足遅かった。ニヤニヤと笑う宮君の顔を視界の端に捉えて、自分の失態に後悔が募る。だって今の発言は、自分に笑いかけてくれなかったことに対する嫉妬心剥き出しではないか。


「俺に笑いかけてほしかったん?」
「違う、」
「またこんな最低男のこと好きになったん?」
「ちが…う、」
「素直に言うてみ?なぁ…名前?」


そっと、信じられないぐらい優しく頬に添えられた手は明らかに宮君のもので、心臓が勝手に暴れ出す。名前を呼ばれるだけでこんなに動揺するなんておかしい。逃げたっていい筈なのに、少しずつ近付いてくる宮君の顔にこの先の展開をほんの少しでも期待している私も、どうかしていると思う。けれど。
私はぎゅっと強く目を瞑り、訪れるであろう感触を待っていた。…が、いつまで経っても予想していたことは起こらない。恐る恐る目を開けてみると、吐息が交わりそうな距離に宮君の顔があって、一瞬息をするのを忘れてしまう。


「ちゃーんと答えてくれへんと、一生このままやな?」
「っ……ほんと、最低だよね」
「そんなん言われ慣れとるわ」
「でも、そんな最低男にまた惹かれてる私も最低だと思うよ」
「フッフ…よぉ言えました」


俺の勝ちやんな?
そう言って満足そうに笑った宮君は、いとも簡単に私の唇を奪っていった。すぐに離れてしまったそれが名残惜しかったのと、やられっぱなしが悔しかった私は、離れていく宮君の胸倉を掴んで乱暴に唇を押し当てる。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした宮君はレアで少しスカッとしたけれど、その後、ニヤァと心底意地悪そうな表情を浮かべたことに危機感を覚えた。ヤバい。何がヤバいかは分からないが、兎に角ヤバいと思う。


「ほんま…おもろいわぁ」
「…で?ペナルティーは?」
「ああ…今はまだ使わへんよ」
「は?今は、って…」
「今日から俺のカノジョなんやろ?これからエエ時に使わせてもらうわ」


カノジョ。私が、宮君の…彼女?かなり遅れてから、えっ!?と大きな声を出してガタリと席を立った私を、宮君はケラケラと笑う。てっきり気持ちを弄ばれて終了だとばかり思っていたのに、こんな展開で良いのだろうか。


「私のこと、好きじゃないんでしょ?」
「……どう思う?」


立ち上がった私に合わせて宮君も立ち上がり、私を見下ろしてきた。その表情は、初めて見る。まるで慈しむかのような優しさを孕んだ瞳は、私をじっと見つめているから。目を離すことなんてできない。


「今度は俺を本気にさせてみ?」
「……その勝負、のった」
「楽しみやわぁ」


でもま、とりあえず…カレシの特権は使っとくわ。
そう言って再び重ねられた唇は、さっきよりも熱を帯びているような気がした。
エンドレスグレー

沙来様より「短編「黒星と白星の行方」続編」というリクエストでした。これからも勝敗がつかない関係、って意味を込めてタイトルにグレーを入れてみました。性格悪めな宮侑、とっても楽しかった…!この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.06.18


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