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黒星と白星の行方


「俺のこと好きなんやろ?」
「そう、だけど…、」
「ほなこういうこと、してほしかったんやないん?」
「んっ…!」


どうしてこんなことになってしまったんだろう。私は今、宮侑にキスをされている。しかも優しい触れるだけのものじゃない、比較的長めのきちんとしたキスを。
ここは校内の空き教室。昼休憩に隣のクラスの子から、宮君が来てほしいって言ってたよ、と言われ、ドキドキする心臓を何とか落ち着けながらここまでやって来た。というのも、私は数日前に宮君に告白したばかりで、その返事をもらえるのだと思っていたからだ。
ところが、私が教室に入るなり鍵をかけた宮君は、告白の返事などする素振りも見せず冒頭のセリフを吐き捨てた。異様な空気を察知して後退りした私に、宮君は口元に弧を描いて近寄って来ると、突然唇を奪って。私は目を瞑ることもできず、その行為を享受している。
こんなのは望んでいたことじゃない。我に帰った私は、宮君の胸を力一杯押して唇を離すと、慌てて距離を取った。宮君は、何で逃げるん?とでも言いたげな様子で首を傾げている。口元には相変わらず笑みを浮かべていて、それが逆に恐ろしさを掻き立てているような気がした。


「宮、くん…なんで……こんなこと…、」
「俺のこと好きや言うてくれた子の気持ちに応えただけなんやけど。嫌やったん?」
「じゃあ、宮君は、私のこと……、」
「好きや」
「…え、」
「…って言うたら、正解?」


一瞬、期待した。宮君も私のことが好きなんじゃないかって。でも違う。宮君は、私のことなんかきっと全然、これっぽっちも好きじゃない。だって好きなら、こんなに冷たい目で私のことを見たりなんかしないはず。
じりじりと、私が必死に取った距離を詰めてくる宮君は、獲物を狙う肉食獣のようだ。逃げたいのに思うように足が動かないのは恐怖のせいか。それとも私が、本気で逃げる気がないからなのか。どちらにせよ、私は袋の鼠だ。


「私のこと、好きじゃないんでしょ…?」
「んー…どうやろ?」
「え…?」
「俺な、そういうの分からへんねん。好きでも嫌いでも、男と女でやるこというたらひとつしかないやろ?」


それはもう、ひとつも悪びれることなく。宮君は、たこ焼きにタコが入ってるんは当たり前やろ?みたいなノリでそう言ってのけた。信じられない。狂ってる。
確かに宮君は、よく女の子を泣かせているだとか、手癖が悪いだとか、そんな噂がチラホラ囁かれていた。けれど、バレーに真剣に取り組んでいる姿を見ていると、そんなのはきっと嘘に違いないと思えたから、私は宮君のことが好きなままだった。
けれど、今目の前にいる宮君は皆が噂する宮君に違いなくて。私は、勝手にがっかりした。バレーに注がれる情熱が、その他のものに注がれることはない。それを目の当たりにして、がっかりすると同時に可哀想な人だとも思った。


「それで、満たされる?」
「?」
「そういうことして、宮君は満足してるの?」
「まあ…身体に余計なモンは溜まらんでエエんちゃう?」


どこまでも壊れている人だ。私は、どうしてこんな人のことを好きになってしまったのだろうと、今更ながらに後悔する。こんな人、もう好きなんかじゃない。
勝手に幻想を抱いて勝手に幻滅されて、宮君からしたら迷惑もいいところだと思うけれど、私は宮君のことを心底軽蔑した。女のことをなんだと思ってるんだ。
こうしている間にも宮君と私の距離は少しずつ近付いていて、とうとう私の背中には冷たい壁がくっ付いてしまった。目の前には宮君の整った顔。固まる私の顔の横にドンとつかれた手。好きな人にやられたら嬉しくてドキドキするであろう壁ドンも、危機的状況でやられるとただただ恐怖でしかない。
このまま、私は何の感情も抱いていない宮君の食い物にされるのだろうか。せめてもの抵抗で俯いていた私だけれど、それすらも許されず、宮君の綺麗な指が私の頬を滑って顎に伸び上向かされる。視線だけは、合わせてやるもんか。


「気持ちエエこと嫌いなん?」
「好きな人とじゃないと意味ないから」
「俺のこと好きなんやろ?」


この教室に来てから言われたことと全く同じセリフ。あの時は、そうだけど、と言ったけれど、今は違う。好きだなんて思った私が馬鹿だった。


「好きじゃない」


重なりかけた唇が、寸前のところで止まる。宮君の吐息だけを感じる中、私は動かない。というより、動けない。そのままの状態で固まること数秒。宮君は何を思ったか、私の顎を解放して離れていった。てっきりまた、何の断りもなくキスをされるとばかり思っていた私は拍子抜けだ。
まあ、助かったといえば助かった。実はファーストキスだったのにあんな形で奪われてしまったし、これ以上は傷付けられたくない。一体どういう風の吹き回しだろうかと思い、逸らしていた視線を宮君の方に向けると、彼はなぜか目を細めて愉快そうに笑っていた。


「さっきまで好きや言うてたやん。どないしたん?」
「本当の宮君見て最低だなって思って幻滅しただけ。勝手に好きになって、勝手に嫌いになった。宮君にはどうでもいいことでしょ?」


ふぅーん、と。宮君はただ楽しそうに笑うだけだった。この人にとって、好きだとか嫌いだとか、そういう感情は本当に関係ないんだということがまざまざと見せつけられたようで、反吐がでる。


「名前、何やったっけ?」
「は?」
「俺、必要ない情報入れるの、ほんま嫌いやねん」
「……だから?」
「名前教えてくれへん?」
「意味分かんない…」


それはつまり、私の名前は宮侑という男にとって必要な情報と見なされたということなのだろうか。だとしても、一体なぜ?もしかして、自分の敵と見なした人間のことはブラックリストにでも名前を残しておいて、後々酷い仕打ちでもするつもりなのだろうか。この男なら十分あり得そうなことで、ゾッとする。
そもそも、告白してきた相手の名前を覚えていないあたり、本当に失礼で最低な人間だ。そんな男に、誰が名前なんか教えてやるもんか、と思ったけれど、ここで名前を教えなかったとしても、調べられたらすぐに分かること。私は諦めて、告白したときと合わせると2回目となる自己紹介をした。こうなったらヤケである。


「名前チャン、な。俺と勝負しようや」
「……勝負?」
「名前チャンがまた最低な俺のこと好きになってくれたら俺の勝ち。好きにならへんかったら俺の負け」
「何それ…勝ったら何だっていうの?」
「せやなあ…俺が負けたら名前チャンの言うこと、なんでもきいたるわ」


自分が負けるなんて微塵も思っていないのだろう。自信過剰なこの男を負かしてやりたい。ファーストキスを奪われた腹いせに、土下座でもしてもらおうか。私は、余裕綽々で薄ら笑いを浮かべる男を睨んで、いいよ、と言い放った。


「名前チャンが負けたら、俺の言うこと何でもきいてくれるんやんな?」
「私が負けたら、ね」
「大層な自信やなぁ…早うその顔が歪むとこ見てみたいわぁ」


宮君は心底楽しそうにそう言うと、ガチャリと扉の鍵を開けた。どうやら解放してくれるらしい。最低男の隣をすり抜けて去り際にもうひと睨みしてやったら、なんとも憎たらしいことに満面の笑顔を返された。もう二度と、こんなやつなんか好きにならない。改めてそう決意して一歩を踏み出そうとしたところで、掴まれた肩。


「1週間で落としたるわ」


耳元で囁かれたのは、宣戦布告とも取れる一言。何それ。そんなの絶対無理に決まってんじゃん。私は肩に置かれた手を払いのけながら、不敵に笑う彼に向かって、土下座する練習でもしてたら?と笑い返してやった。


◇ ◇ ◇



告白されるのなんか日常茶飯事やった。多少強引でも、俺が手を出したら素直に言うこときく子らばっかりでつまらんのもいつものこと。せやから、好きじゃない、なんて拒絶されたんは初めてで。なんやおもろい子やなあて思てしもた。最後まで反抗的な態度やし、この子ホンマに俺のこと好きやって言うてきた子かいな?て疑うたけど、その挑戦的な態度もまたおもろくて。この子なら暇潰し相手にはええんちゃうかなあいう、遊び心が働いた。
バレーよりおもろいことなんかない。俺のバレー邪魔するんは誰やろうと許さへん。せやから女と関わるんも必要最低限にしてきたけど、今回は特別や。俺に土下座させよう思てるみたいやけど、そんなんやらへんに決まってるやん。俺が勝つんやから。ま、言うのはタダやし?お手並み拝見といきましょか。