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新入生歓迎会と銘打って開かれた飲み会の席で、俺は何度目になるかも分からない溜息を吐いた。飲み会って言っても新入生である俺達はまだ未成年なわけだから、お酒なんて飲めやしない。つまり、シラフなわけで。ドンチャン騒ぎをしているのは、成人済みの元気な先輩達だけだ。ああはなりたくないと思うけれど、お酒が飲めるようになったら俺もあんな風になってしまうのだろうかと思うと末恐ろしい。
酔った先輩達に絡まれている顔見知り程度の同学年の奴らを遠目に見遣りつつ、俺はウーロン茶を啜った。時計を見れば、時刻は飲み会が始まってもうすぐ2時間が経過しようとしている。確かここは2時間の飲み放題コースだったし、ラストオーダーも少し前に終わったはず。ぼちぼち解散になったりしないかな、なんて淡い期待を抱く。
というのも、今日は名前がうちに泊まりに来てくれることになっているのだ。なんだかんだで忙しくてうちに遊びに来てくれるのは今日が初めてだったりする。しかも、今日は金曜日ということで俺が頼み込んだ結果お泊りコース。早く帰りたいと気持ちが逸ってしまうのも無理はない。
飲み会が開かれているのは大学の最寄り駅近くにある居酒屋で、うちの大学生御用達らしい。駅の近くということもあってこの居酒屋の周りには他の飲食店も軒を連ねていて、名前はその中のひとつであるカフェで待ってくれている。やっぱり、先に家に行っておいてもらうべきだったなと後悔しても今更遅いので、俺は幹事の先輩達の動向をそっと見つめていた。


「ねぇねぇ及川くん。及川くんってやっぱり彼女いるの?」
「いるよ」
「ほらぁ、いるってー」
「カッコいいもんねー」
「私、浮気相手立候補しちゃおうかな」
「はは、遠慮しとく」


定番のネタを振られて愛想笑いを返さなければならないこっちの身にもなってほしい。浮気なんて、絶対するわけないじゃん。何言ってんの。内心ではそう毒吐きながらも、表情には笑みを絶やさない。高校の時から培ってきた無駄な演技力は、大都会東京でも十分通用するらしい。
これ以上、この手の話題は振られたくない。俺が密かに、トイレにでも立ってこの場をさり気なく去ろうかと考えている時だった。背後からぬっと黒い影が現れて、空いている隣のスペースに腰を下ろした。


「さっすがオイカーくん。大人気じゃん?」
「…人のこと言えないんじゃないの」
「いやいや!俺はイケメン爽やかオイカーくんには敵わないから」


とても胡散臭い笑みを向けてきたのは、同学年で同じバレー部に所属している黒尾だ。バレーにおいてこれほどオールマイティーにこなせる奴はそうそういないと、その技量に関しては認めているものの、プライベートのことは正直よく分からない。たぶん、相当食えない奴だとは思う。裏がありそう、と言ったら失礼かもしれないが、良くも悪くもオンとオフを使い分けている感じが俺と似ているような気もする。


「この後どーすんの?カラオケだってよ」
「俺はパス」
「えー!及川くん、行かないのー?」


俺と黒尾のやり取りをきいていた女の子達が残念そうなのは申し訳ないけれど、ぶっちゃけ今すぐにでも帰りたいのだ。隣の黒尾は、女子が寂しがってんぞー?なんてニヤニヤしているけれど、2次会なんか死んでも行ってやらない。
そこへドタドタと大きな足音を立てて近付いて来たのは、もう1人の同学年且つバレー部である木兎だ。どうやらトイレから帰って来たところらしく、木兎は当たり前のようにこちらへやって来て黒尾の隣に腰を下ろす。そういえば2人は高校時代からの仲だと聞いたので、そこそこ仲が良いのかもしれない。
木兎は黒尾とは正反対に裏表のなさそうな奴で、それによって逆に扱い辛さはあるけれど、精神的に駆け引きをしなくていい分、楽ではある。よくもまあこんなに性格の違う2人が上手く噛み合っているなと、最初は感心したものだ。


「及川も行こうぜー!カラオケ!」
「行かない」
「付き合い悪ぃなー!」
「あー…もしかして彼女?」
「……だったら何なの」
「いや?別に?」


え?及川って彼女いんの?どんな子?なんて五月蝿い木兎を黒尾がたしなめているのを横目に見ながら、俺は今度こそさり気なく席を立った。なんていうか、嫌な感じがするんだよなあ。
トイレから帰ってくるとタイミングよくお開きになりつつあって、俺はそのままそそくさと店を出る。会費は既に払ったし、このままフェードアウトしても問題ないだろう。俺はすぐさまスマホを取り出すと今から向かうとだけ連絡をして、名前が待っているというカフェへ急ぎ足で向かった。
数分後、漸く辿り着いたカフェに入り、のんびりと紅茶を飲んでいる名前を見つけてホッとする。俺が近付くと、飲み会お疲れ、と声をかけてくれて、それだけで心がほんのり温かくなるのだから不思議だ。


「お待たせ」
「いいよ。それより、帰って大丈夫だったの?」
「名前が来るのに2次会になんか行くわけないでしょ」
「別に徹の家にはいつでも行けるんだし、今日じゃなくても良かったのに…」
「いいの。俺がそうしたいだけだから」


お泊まりセットが入っているであろうカバンを持って、俺は早く帰ろうと言わんばかりに名前の手を引いた。お店を出て大学の方向へ向かって歩くスピードは、いつもより心なしか速いかもしれない。
飲み会どうだった?という名前の質問には、楽しかったよ、と無難な返答をしておく。本当は名前のことばっかり考えていたから楽しいなんて微塵も思えなかったけれど、余裕のなさすぎる自分を悟られるのはなんとなく嫌だったのだ。
今日はこれから明日までゆっくりできるし、DVDでも借りて2人で観るのもいいかもなあなんて思いついて、名前に提案しようとした時だった。暗闇の向こう。俺達の進行方向から、2つの長細いシルエットがぼんやり見えた。そのシルエットは次第に俺達に近付いてきていて、顔が特定できるほどの距離まで来たところで俺は顔を顰めてしまう。そのシルエットの正体が、先ほど居酒屋で別れたはずの黒尾と木兎だったからだ。
あちらもこっちの正体に気付いたようで、木兎が、あー!及川じゃん!と、失礼なことに指を差してきた。隣の名前は、徹の知り合いなの?と首を傾げている。ちょうどそこで2人と対峙した俺は、渋々ながらも名前に紹介することにした。


「2人とも俺と同じ学科で1年のバレー部。黒尾と木兎ね」
「そうなんだ」
「どーも」
「及川の彼女?」
「名字名前です」


名前は律儀にも自ら2人に自己紹介をしている。自分の彼女と友達が仲良くなるのは嫌じゃない。高校の時だって、岩ちゃんやマッキー、まっつんとそれなりに仲良くなってくれて、俺はちょっと嬉しかった。
けれど、今回はどうだろう。まだ2人とそこまで仲良くないからというのもあるのだろうけれど、妙な胸騒ぎがするのだ。そもそも、2人はカラオケに行くんじゃなかったのか。なぜこんなところにいるんだろう。
そんな俺の心情が表情に出てしまっていたのだろうか。きいてもいないのに黒尾がここにいる理由を説明してくれた。


「俺がちょっと大学に忘れもんしちまったから取りに行ってたんだよ。カラオケは今から行くとこ」
「へぇ…忘れ物ね」
「さっすがモテモテオイカーくんの彼女サン。美人ー」
「及川ずっりー!飲み会の時も女の子達と楽しそうに話してたくせに!」
「別に楽しそうにはしてなかったでしょ」


木兎のいらぬ脚色に、俺は焦りながらもなんとか平静を装って否定の言葉を述べる。名前は例の如く何も気にしていないようで、楽しかったなら良かったね、なんて言うものだから拍子抜け。今更いちいち嫉妬されるとも心配されるとも思っていなかったけれど、何とも思われないというのも複雑だ。
そうこうしているうちに、なんで及川と付き合ってんの?いつから?などという木兎の質問責めに名前が戸惑い始めたので、見兼ねた俺は、ストーップ、と制止をかける。


「お前ら、カラオケ行くんでしょ。俺達ももう帰るから。名前、行くよ」
「え、あ、うん」


先ほどよりも少しばかり強く名前の手を引いて。この子は俺のものなんだと言わんばかりに牽制しておく。去り際に黒尾が、またね?と声をかけたのは、俺にではなく名前に対してだろうか。きちんと顔は見ていなかったけれど、きっとあのニヤニヤした胡散臭い笑みを浮かべていたのだろう。
振り返れば背の高い2人の男は駅の方に向かって歩いて行っていて、こちらを気にする様子は見られなかった。俺の考えすぎだったら良いんだけど。飲み会の時にも感じた嫌な予感。できることなら、当たってほしくない。


「徹?どうしたの?」
「ううん。何でもない」


俺は自分の脳内で繰り広げられる嫌な予感を払拭すべく軽く頭を左右に振ると、名前の柔らかな手をぎゅっと握り直した。

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