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愛が足りない、なんて、俺が嫌なら他の男を見つければいいんじゃないか、なんて、口が裂けても言うべきではなかった。冷静に考えれば、そんなことは当然である。
しかし、名前から突き放されるようなことを言われた直後の俺は、頭に血が上りすぎていて正常な言葉選びができなかった。その軽率な俺のセリフによって愛しい彼女を泣かせてしまったのは一生の不覚だ。
なんとか仲直りをすることはできたけれど、あれ以来、俺と名前は擦れ違いが続いていて会えていなかった。お盆休みに突入して実家に帰省した時に少しぐらい会えないかなと期待していたけれど、本当に絶妙なタイミングで入れ違いになってしまったので会えずじまい。高校時代の同級生や後輩達に会うことができたのは良かったけれど、俺は浮かない気持ちのままだった。
お盆休みを終えて東京に戻ってからも、俺は部活、名前はバイトで忙しい毎日。とはいえ、夜は会える状況にもかかわらずどちらからも「今日会おう」と切り出さないのは、やっぱり何か引っ掛かることがあるから……ということになるのだろう。
何が、って具体的に言えるような引っ掛かりがあるわけじゃない。ただ、自分の方から「会いたい」と言って遠回しにでも拒絶されてしまったら、さらに自分から近付けなくなるような気がして怖かった。つまり俺は臆病なだけなのだ。
しかし、あと数週間後には待ちに待った旅行が迫っているというのに、このままの空気ではまずい。ここは勇気を出して俺から動こう!と意気込んでいた矢先に、名前の方からあっさりと「今日の夜そっちに行ってもいい?」と連絡がきたものだから、俺の気合いは無と化した。
もしかして俺があの日の喧嘩のことを重く受け止めすぎているだけなのだろうか。なんだかんだで名前と2週間近く会っていないのも、単純にスケジュールだけの問題だったのか。
そこらへんのことが自分の中で解決しないまま久々に名前の姿を見た俺は、なんだかもう全身の力が抜けてしまって、情けなくも「会いたかった」と縋り付いてしまったのだった。「私もだよ」と俺を受け止めてくれる細い身体をぎゅうぎゅう抱き締める。ついでにすんすんと鼻を鳴らして名前の香りを確かめていると「まだお風呂入ってないから」と引き剥がされてしまった。全然臭くなんかないのに。むしろいい匂いなのに。
名前と目を合わせてどちらからともなく微笑み合うのも随分と久し振りのことで、胸の奥がじんわり温かくなる。やっぱり俺は名前がいないとダメなんだなあって、実感せざるを得ない。


「ごめん」
「え?何が?」
「あの日言ったこと、名前を傷付けたよね」
「それはもうお互い謝ったでしょ。元はと言えば私の方から思ってもないことを言ったのが原因だったんだし……」
「もう何とも思ってない?」
「うん。徹は私のこと好きってちゃんと伝わったから」


今までも感じてはいたんだけど改めてっていうか、などと珍しくもごもご焦った様子で言葉を続ける名前が可愛くて、俺は「うん」としか言えなかった。今まで小さなことでうじうじ悩んでいた自分が心底馬鹿馬鹿しい。
今まで名前が俺を拒絶したことなんてないじゃないか。俺がどんな名前でも受け入れるように、名前もまた、どんな俺でも受け入れてくれる。付き合い始めてからずっとそうだったのに、ちゃんとわかっているはずなのに、好きになればなるほど臆病になって不安が生まれるから厄介だ。


「お風呂だけ借りてもいい?」
「うん。あ、なんなら一緒に入る?」


燻り続けていたわだかまりがなくなった爽快感と久し振りの名前にテンションが上がりすぎて、うっかり調子に乗ったことを口走ってしまった。そういうの嫌いだもんね、知ってるよ、冗談です。冷たくあしらわれる前に自分の方からそう言おうと思っていたのに、まさかのまさか、俺より先に名前の方が口を開いた。


「いい、けど」
「え……?」
「何その反応。自分から誘ってきたくせに」
「だって名前、今まで絶対嫌だって言ってなかった?」
「今までは今まででしょ。別に嫌なら、」
「嫌じゃない!入ろう!名前の気が変わらないうちに!お湯たまってるから!ほら!」
「ちょ、徹、そんな焦らなくても、」


天変地異の前触れか、そうでなければ100年に1度の奇跡ってやつだろうか。となれば、この機会を逃してはならない。俺は浴室まで名前の背中をぐいぐい押して行く。逃げも隠れもしないことはわかっているけれど、テンパってしまうのは仕方がないことだ。
名前が持ってきた荷物は丁重におあずかりしてリビングに運ばせていただいた。先に入っていいよ、と言ったのだけれど名前は来た時のままの状態で待っていて、今更のように恥ずかしがっていることを悟る。その姿がまた可愛くて、ついでに言うとムラッとしてしまう。……だって俺、男だもん。


「脱がしてあげようか?」
「調子乗らないの」
「はい。ごめんなさい」
「徹が先に入って」
「脱がしてくれる?」
「ねぇ、同じこと何回言わせるつもり?」
「はい。ごめんなさい」


上がりっぱなしのテンションを元に戻すことができなくて空回りしまくっているのに、名前は「もう一緒に入るのやめる!」とは言わなかった。俺に背を向けているところを見ると、俺が先に入るのを待ってくれているのだろう。
ドキドキそわそわしながらさっさと服を脱いで浴室に入る。とりあえずシャワーを浴び始めてはみたものの、俺の意識は完全にドアの向こう側へ注がれていた。すりガラスの向こう側の肌色がうごめくたびに、今か今かと胸が高鳴る。そしてその時はやってきた。
カラカラと控えめに引き戸が開いてタオルで身体を隠した名前が入ってくる。俺はシャワーを止めて浴槽の中へ。そして名前が俺の座っていた椅子に座ってシャワーを浴び始める姿をじっくり眺める。これでは彼氏というよりただの変態オヤジだ。


「……そんなに見ないで」
「無理」
「じゃあ髪洗ってあげるからこっち来て」
「え!名前が洗ってくれるの!?」
「ついでに背中も洗ってあげようか」
「なに……?もしかして夢……?」


何言ってるの、大袈裟、と言われたけれど、大袈裟じゃない。だってあの名前が一緒にお風呂に入ってくれている上に髪や背中を洗ってくれると言うのだ。夢ではないかと疑いたくなるのは当然である。
おずおずと湯船からあがって椅子に座ると、俺の背後に名前が膝をついてスタンバイしたのを気配だけで感じとった。やばい。めちゃくちゃ緊張する。
いつも使っているシャンプーなのに、名前の指で洗われると高級サロンで使われているような特別なもののように感じるのだから不思議だ。ふわふわする。気持ち良い。これが天国か。丁寧にシャワーで泡を流した後はコンディショナーを優しく纏わせてくれる。どんな美容院よりも最高なサービスだ。
髪を洗い終わったら、いよいよスポンジで背中を擦られ始めた。背中を洗ったら「あとは自分でどうぞ」と言わんばかりに泡がついたままのスポンジを渡されたけれど、ここまできて俺が大人しくスポンジを受け取るわけもなく。


「な、っ!」
「今度は俺が洗ってあげる」
「それはお願いしてないんだけど……っ」


スポンジを受け取って、すぐさまくるりと身体を名前の方に向ける。タオルで隠しているのだから何も見えやしないのに、名前はどぎまぎしながら慌てて俺に背中を向けた。背中なんて無防備な部分を俺に向けたらどうなるか、分かってないのかなあ。
俺が少し強めにタオルを引っ張ったら、するりとほどけて落ちていく。胸元をタオルで隠す名前だけれど、背中はあらわになっているからスポンジを当てるのは簡単だ。
俺が背中を洗い始めると、名前は大人しくなった。何の文句も言わず洗われてくれている。さて、これはどこまで許されるのだろうか。怒られることを覚悟して、腕や首元、腰の周りまでスポンジを滑らせてみたけれど、名前から制止の声はかからない。あれ?このまま止まらなくてもいいの?


「全部洗っちゃうよ?」
「……うん」
「へ」


ちらり、後ろを向いて俺の様子を窺った名前はすぐに前を向いてしまったけれど、俺の心臓は忙しなく暴れ回っていた。何。俺今日死ぬの?幸せすぎない?大丈夫?
戸惑いながらもおそるおそるタオルの下、胸元にスポンジを当てる。揉むのとは全然違う。揉むよりも悪いことをしているような気分になる行為を続けること数秒。


「気持ちいい?」
「う、ん」
「手で洗ったら怒る?」
「……」
「名前?怒った?」
「一緒にお風呂に入ってる時点でわからない?」


お風呂の熱気で暑いから、じゃなくて。名前の身体全体がほんのりピンク色になっていた。ああ、もう、ダメだなあ、俺は。欲張りすぎる。なんとなくわかっていても、わかっているからこそ、決定的な言葉が欲しくて堪らない。
スポンジを投げ捨ててタオルをぎゅっと持ったままの名前の手をほどいて絡める。お互い泡でぬるついているのが、気持ち悪くて気持ち良い。


「わかんない」
「これ以上意地悪したらもう一緒に入ってあげない」
「それは困るなあ」


困るなあ、と言う俺の声はちっとも困っていなくて、びっくりするぐらい弾んでいた。

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