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いつもそうだ。暴走してしまった後は、自分がしたことを冷静に振り返って、地中深くまで埋まりたい衝動に駆られる。恥ずかしくて死にそうになる。死にたくなる。しかし実際には埋まることも死ぬこともできないからせめてもの抵抗で徹と距離を置こうとするのだけれど、いつだって徹はそれを許してくれないのだ。
可愛かったよ。もっと大好きになっちゃった。俺から離れないでね。言われているこちらが恥ずかしくて堪らなくなってしまうようなストレートな愛の言葉を何度も繰り返し唱えて、私から逃げ道を奪う。それが照れ臭くて嬉しい。だから私は、徹から離れられない。

梅雨のじめっとした季節の間に行われた大学入学後初めての試験は、まずまずの結果だった。徹もわりと好成績だったらしい。そんなわけで私達は、2人そろって心置きなく夏休みを迎えることができた。
大学の夏休みは長い。だから、徹と過ごせる時間も長くなるはず…と淡い期待を抱いていたのだけれど、やはりと言うべきか、バレーに勤しんでいる徹が夏休み中に暇なはずがなかった。練習は勿論、遠征や合宿などがあり、自由に過ごせる時間はあまりないらしい。徹の誕生日はかろうじて一緒に夜ご飯を食べることができたけれど、デートには行けなかった。
高校時代もそうだったし、徹がバレーに打ち込んでいる姿を見るのは好きだ。だから私は、思っていたよりも落胆したり不満を抱いたりはしていなかった。それに、今はお互い1人暮らしをしているわけだから、例えば練習終わりに夜ご飯だけでも一緒に…とか、高校時代よりも会おうと思えば会える環境だ。それほど落ち込む必要はない。……と、私は折り合いをつけていたのだけれど。


「私、お盆は実家に帰るからね」
「俺も遅れて帰るよ!」
「あれ?合宿あるんじゃなかった?」
「合宿終わったら3日間オフだから」
「そうだったんだ。でも、もしかしたらちょうど入れ違いになっちゃうかも」
「え。なんで?」
「バイトが入ってるから早めにこっちに戻ってくる予定なの」


徹は分かりやすく肩を落とした。私だって残念な気持ちは同じだけれど、こればっかりは仕方がない。お互いそれぞれの予定があってスケジュールを組んでいるのだから、帰省のタイミングが合わないのはどうしようもないことだ。
私はお盆の期間中に合宿があると聞いて、徹はてっきりお盆ではなく別の機会に帰省するのだとばかり思っていたから、詳しいスケジュールを確認していなかった。こんなことならきちんと徹とスケジュールを合わせておけば良かったと後悔したけれど、もう後の祭りである。まあ今回は仕方がないとして、今後の長期休暇ではもう少し早めに予定を立てておこう。
私が自分の中で今回の反省点を振り返っている間も、徹は落ち込んでいた。お互いの家を行き来してご飯を一緒に食べたり、時には泊まったりして2人の時間を作ってはいたけれど、丸1日一緒に過ごすことはほとんどできていない。だから徹が落ち込む気持ちも分かるけれど、そんなに?と呆れてしまう私は薄情な彼女なのだろうか。


「そこまで落ち込まなくてもいいじゃない」
「だって貴重な3日間のオフなのに……名前がいないと意味ないじゃん…」
「意味なくはないでしょ。実家でのんびりしたり、むこうの友達と遊んだりできるんだから。楽しんできなよ」
「名前は寂しくないの?」
「全く寂しくないわけじゃないけど、仕方ないでしょ」
「名前が冷たい……俺への愛が足りない気がする……」


なんと失礼なことを言う男だろうか。徹以外の人間に執着したことのない私に対して「愛が足りない」なんて。私はむっとしてしまった。
好きだから一緒にいたい。その気持ちは私も徹と同じだ。寂しい気持ちだって当然ある。けれど、会えない時間があるからこそ、一緒にいる時間を大切にしたいと思えるし、一緒に過ごせる時間に有難みを感じるとも思うのだ。
私は愛情表現が下手だと自覚している。だから、徹に「愛が足りない」と思われても仕方がないのかもしれない。けれど、これでも頑張って「好き」を伝えているつもりだし、徹はそれをきちんと理解して受け取ってくれていると思っていただけに、軽々しく「足りない」と言われたら、腹が立つというより残念な気持ちになってしまった。
そんな不安定な精神状態だったからだろうか。私は随分と刺々しい声音で言葉を紡いでいた。


「9月に旅行いくでしょ」
「それはそうだけどさあ……」
「私はベタベタ一緒にいたいと思うことだけが愛じゃないと思うけど」
「え」
「私はこういう人間だから、愛が足りないと思うなら他の人を見つければいいんじゃないの」
「は?」


ああ、しまった。そこまで言うつもりじゃなかったのに。イライラしていたせいで思ってもないことを口にしてしまい慌てて撤回しようとしたけれど、今まで見たことがないぐらい怒気を含んだ徹の表情を見た私は口籠ってしまった。
そういえば私、本気で徹に怒られたことって一度もないかもしれない。私の言動が引き金となって、徹が拗ねたり不機嫌になったり落ち込んだりすることはあった。けれど、私に対して怒りという感情をぶつけてきたことはないと思う。それが、今はどうだろう。徹は明らかに怒っている。この状況には、全身で「やばい」と感じざるを得なかった。


「それは俺が他の人のところに行ってもいいってこと?」
「そういう意味じゃ、」
「名前は俺がいなくてもいいんだね」
「だからそういう意味じゃなくて、」
「名前の方こそ、俺が重たくて嫌なら他の男見つければいいんじゃない?」


ぱりん、と。身体の中心部で何かが割れる音がした。と同時に、思考が停止する。目の前が真っ白になったと思ったら真っ暗になって、音も聞こえなくなった。
先に私が言ったことをそっくりそのまま返されただけ。売り言葉に買い言葉。ただの口喧嘩の延長だ。徹はきっと本心で言ったわけじゃない。どうにかして自分を取り戻そうと色々な言葉を使って自分に言い聞かせてみたけれど、状態が変化することはなかった。
徹もこんな気持ちだったのかな。本心じゃなかったとはいえ、勢いとはいえ、私に拒絶するようなことを言われて、傷付いて。だからあんなに怒っていたのかもしれない。怒って、私を拒絶したのかもしれない。だとしたら、私に傷付く権利はない。


「……ごめ、なさ、」
「ちょ、ごめん、違う、本気で言ったわけじゃないって分かってたんだけど、」


ここで泣くのは卑怯だと分かっていた。私の方が悪いのに、泣いたら徹が悪者みたいになってしまうから。けれども勝手にぽろぽろと溢れ出てくるものを止めることはできなくて、私は俯いて必死に手で涙を拭いながら声を押し殺すことしかできない。
徹が慌てて私を抱き締めて、背中や頭を撫でながら「ごめん」を繰り返す。それは私のセリフなのに、私よりも先に私よりも多くの「ごめん」を重ねていく。私は徹の胸の中で、言葉の恐ろしさと大切さを身をもって感じた。


「他の人のところになんて、行ってほしくないよ」
「うん、ごめん、分かってる」
「ちゃんと、さみしいし」
「それも、分かってる」
「ごめんね。上手に好きって伝えられなくて」


ぐすぐす鼻を啜りながら、みっともなく謝る。徹に比べたら謝りようが足りないはずなのに、また私より多く「ごめん」を紡ぐ徹が、私を離すまいとするように抱き締める腕の力を強めた。


「ちゃんと伝わってる。俺がガキなだけで、足りないっていうのは本心じゃないっていうか……」
「私だって分かってるよ」
「俺、名前がいないと生きていけないから」


それは大袈裟すぎるでしょ、と言おうとして、やめた。たぶん私も、徹がいなくなったら生きていけないような気がしたから。たかが恋愛。ただの彼氏と彼女。本当の意味で生死に関わるわけじゃないことはお互い分かっている。
これは単なる依存だ。それも超重症の病気みたいな依存。どんどん深みにハマって抜け出せなくなっていく麻薬みたいな依存。私も徹も、もう抜け出せないのだ。


「私も」
「えっ」
「何その反応」
「大袈裟、って言われると思ってたから」
「そう言った方が良かった?」
「……ううん」


徹が目尻を下げて情けなく笑う顔が好きだ。だから私もつられて笑ってしまう。たぶんこういうのを幸せって呼ぶんだろう。
何はともあれ、季節は夏。私達の熱が、また1度、上がる予感がした。

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