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冷静になって考えてみれば、そこまで自分を追い詰めなければならないような出来事ではなかった。自信がないとか、周りの目がどうとか、そんなことは高校生の時から少なからず思っていたことである。
けれども今までは、それを表に出さないよう気を付けていた。徹に気を遣わせないために。無駄な心配をかけないように。その反動もあったのかもしれない。
大学生になって、環境が変わり、私が徹と付き合っていることを見ず知らずの人はどう思うのか、自分のことよりも徹が私のような女と付き合っていることでどう思われるのか、高校生の時には抑えきれていたはずのことが、どんどん気になり始めた。私は誰に何と思われてもいい。でも、徹のことは悪く言われたくないし、そのことで高校生の時のように迷惑をかけたくない。
しかし、徹が他者評価を気にしない男だということも、私に関することで「迷惑だ」なんて思わないということも、少し考えれば分かることだったのだ。今までずっと徹を見てきたくせに、隣にいたくせに、私はいまだに徹のことを理解しきれていないのかもしれない。
ただ、これは仕方のないことなのかもしれないとも思う。好きだという気持ちの大きさに比例して、不安は大きくなるものだから。失いたくないという気持ちが膨らみすぎて、失ったらどうしようって恐れてしまうから。つまり私は、惚れている、なんて言葉じゃ足りないぐらい、及川徹に溺れている。


「珍しいね」
「何が?」
「そんなに分かりやすく気持ち良さそうな顔してくれるの」
「……いつも、ちゃんと気持ちい、よ」
「ほら。そういうことも言わないし」
「だめなの?」
「嬉しいからいつもこうだったら良いなとは思うけど、それじゃあ俺がもたないよなあとも思うから葛藤してるところ」


そう言って徹は、ちっとも追い詰められている素振りを見せず、繊細な指先を動かした。

部活を終えて帰ってきた徹は、おかえりを言う前に私の身体を潰したいのかと思うほどの強さで抱き締めてきた。私が徹を避けていたのは1週間ほど。そう、たったの1週間だ。けれども徹は、これじゃあ足りないと言わんばかりに私に擦り寄ってきた。
付き合い始めたばかりの頃だったら、重たい、大袈裟、と、照れ隠し半分で引き剥がしていたかもしれない。あの頃の私は、徹からの好意を嬉しいと思いながらも、それをすんなり受け入れるだけのキャパシティがなかったから。
しかし今はどうだろう。彼の重みを心地良いと感じ、抱き締めてくれる強さに安心感を覚え、このまま骨が折れちゃってもいいや、とすら思っている。どうやったら徹の気持ちに誠実に応えることができるだろうかと、必死に考えている。
私の感情を育てたのは徹だ。私の心を、心臓を、徹は飽きもせず毎日愛でることで育んでくれた。だから今の私がいる。それならば私が徹にできることは何だろう?

暫く抱き締め合ってからお互い名残惜しそうに離れて、でもやっぱり離れたくなくなって唇を重ねた。何度も角度を変えて吸い付きながら、そのまま器用に寝室へと向かう。
やがて、ベッドの端に私の脚がぶつかった。そのまま背中から倒れ込む一瞬でさえも離れたくなくて、すぐにお互いを求め合うように貪り合う。両耳を徹の手で覆われているせいで、舌が絡まり合う音しか脳内に響かない。まるで洗脳みたいだと思いながらも、私は抵抗せずに酔いしれる。
そうして、ただ口付けを交わしているだけなのに身体がどんどん熱を上げていき、徹が私の素肌をなぞった時には、その手がやけにひやりと冷たく感じるほどだった。何度触れられようとも、そういう雰囲気になって初めて触れられる時には必ずピクリと反応してしまうのが悔しい。
どこをどう触られても気持ち良くて、ふわふわして、その合間に口付けで溶かされる。だから気持ち良さそうにするなと言う方が無理な話なのだ。そんな状況下で繰り広げられたのが先ほどの会話である。

肝心なところには、まだひとつも触れられていない。それどころか際どいところにすら指先が届いていない。それなのに、私の心拍数も呼吸数も、病気じゃないかと心配になるほど跳ね上がっていた。
徹はきっと私が「早く触って」とお願いしたら、ちょっと驚きながらもすんなり聞き入れてくれるだろう。与えるのが上手な男だから。でも今日は、私が与える側になりたい。
そんな気持ちから、徹の素肌に手を滑らせた。まだどちらも服を着たままだから、服と素肌の隙間から差し込むような格好で、鍛えられた胸元やお腹の筋肉の形を確かめていく。そのままの流れで服の上から下半身を撫でたところで、徹があからさまに身を引いた。


「やけに積極的だけど無理してない?」
「私が無理してこんなことすると思う?」
「今回は色々あったから、懺悔の意味で仕方なく…とかさ」
「……そんなつもりないけど、もう触るのやめる」


身体中の熱が一気に冷めていくような感覚に襲われて、徹の身体から手を離す。好きだから触りたいと思ったし、少しでも私の昂りと同じぐらいの高揚感を与えられたら嬉しいなと思った。全部私の意思だ。
それなのに徹は、私が今までのことを嫌々していると思ったらしい。非常に心外である。


「名前、ごめん、怒んないで」
「怒ってないよ」


言葉とは裏腹に、私の声音は不機嫌さを纏っていた。こんなにもわかりやすく感情をあらわにするのは、相手が徹だからだ。私は徹以外の人にここまで感情的になったりしない。
信頼しているからこそ、気を許しているからこそ、こんな態度を取ってしまう。徹からしたら迷惑な話かもしれないけれど、これが私の愛情表現のひとつなのである。
私の様子を見て、このままではまずいと悟ったのだろう。徹は、やってしまったと言わんばかりに端正な顔を歪めていて、バツが悪そうだ。


「すごいカッコ悪いんだけどさ」
「何?」
「緊張しちゃうんだってば。名前に触られるの」
「自分は好き放題触ってるくせに?」
「遠回しに文句言ってる?」
「文句言ってるつもりはないけど、私だって好きな人に触りたいって下心ぐらいあるよ」
「そうやって毎回絶妙なタイミングで俺の理性崩そうとするのやめて」
「嫌」
「えっ」
「理性崩してほしいから、やめない」


我ながら随分と自分勝手で、どうしようもなく我儘な女だと思う。徹に愛されすぎるあまり、いつの間にか傲慢になってしまったのかもしれない。
先に断っておくけれど、私はそこまで打算的な思考の持ち主ではないので、徹の理性を崩してやろうと思って行動を起こしたり発言したり…なんてことは、今まで1度もしたことがない。そんなことができるほど器用で頭の回転が早かったら、こんなに苦労していないと思う。
それでも、私は去勢を張る。そうすることで徹の理性を崩せるならお安い御用だ。徹が優しいのは知っている。けれど、その優しさを振り撒けなくなるぐらい必死に求められるのは、本気で愛されているという気分になれるから。


「そんなに求めてくれるほど俺のこと好きなんだ?」
「うん」
「俺の方が好きだけど」
「ありがと」
「……よく笑うようになったね」
「徹のお陰」
「他のヤツには見せないで」
「見せてないよ」


徹は時々、すごく困ったように笑う。無理して笑っているわけではないのだろうけれど、笑っているのに嬉しさや楽しさとは相反する感情を交えているのが伝わってくる。
私はお世辞にも表情豊かとは言えないけれど、徹も本当の意味で表情豊かとは言えないと思う。表情を作るのは確かに上手。しかし、それが心からの表情じゃないことの方が圧倒的に多いと思うのだ。
徹のふわふわの髪を撫でて、綺麗な耳の形や頬骨の輪郭をなぞる。私の指先でも、徹の指先のように、触れたところから愛おしさが伝われば良い。あなただけは特別なのよ、って、あなた以外いらないの、って、歯の浮くようなセリフの代わりに皮膚から愛情が染み込んでくれたら良い。
でもそんなの無理だって、伝わりきらないって知っているから。私はいつも、シンプルで陳腐な一言に有りったけの気持ちを込める。


「徹、大好きだよ」
「うん。俺も」


幼稚園児でも言えるようなそれに、私達はいつだって翻弄されていた。たぶんそれが、愛ってものなのだ。
私がやったように、徹の手が髪や耳、頬をなぞる。同じ動作をしているはずなのに、やられる側になるとゾクゾクが止まらない。


「名前、触って」
「いいの?」
「俺の理性崩してよ」


たぶんこの時点で、徹の理性は崩れていた。それを分かっていても、私は徹に触れる。自分の理性を崩すために。

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