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思い出は青い

俺の高校3年間を注ぎ続けたバレーが終わった後も日常は変わらず流れ続けて、俺の毎日も、バレーの練習がなくなったこと以外は何も変わらなかった。俺は都内のそれなりの大学に無事合格。バレンタインデーなんていう浮かれた行事は受験というピリピリしたもののせいでそれほど盛大には行われぬまま終了した。まあ俺個人としては名前からの手作りチョコを有難くいただきましたけど。
そんなこんなで、月日は一瞬にして過ぎ去った。そうして迎えた3月。俺は今日、遂に高校を卒業する。胸元に花なんかさして、体育館で在校生に見守られながら歌なんか歌って、同級生の女子達がすすり泣く声が聞こえてくれば、嫌でもしんみりとした空気が漂う。別に今生の別れってわけじゃないのに、卒業式ってもんはどうしてこうも愁いを帯びたものになるのだろう。


「なんで泣いてんの」
「だって…卒業しちゃうんですよ…?」
「そうだけど。これで会えなくなるってわけじゃねぇんだから…」


例に違わず、名前も泣いていた。俺は都内の大学に通うのだから遠距離恋愛ってわけじゃないし、何なら春休み期間中だって遊びたい放題、会いたい放題だ。にもかかわらず、名前は泣く。もう4月からは一緒に登下校することができなくなるって。泣いちゃいけないのは分かってるんですけど、なんて涙声で呟く名前は、俯いたまま顔を上げてくれない。
バレー部の奴らには一通り卒業を祝ってもらった。同級生の奴らとも、大体話をしたり写真を撮ったりした。だから名前は1番最後。つまり、他の奴らの横槍が入る心配もなければ時間を気にする必要もない。それが分かっていたから、2人きりになれる場所に誘ったのだ。喧騒から離れた特別教室棟は恐ろしく静か。そのせいか、俺達の話し声も、名前の泣き声も、この教室内ではいつもよりクリアに聞こえるような気がした。
俯いている名前の頭をゆるりと撫でて、自分の胸へと引き寄せる。これはもはやお決まりの動作と言っても過言ではない。だって泣かれてたら抱き締めたくなるのは当然のことだし。まあ泣かれていなかったとしても何かしらの理由をつけて同じことをしていたとは思うけど。
前は誰にも見られていないと分かっていてもこういうことをされるのは嫌がっていた。というか、恥ずかしくて無理!って感じだったのに、今や拒絶されることはない。もしかしたら今日限定かもしれないけれど、それはそれで良いとして。


「一人暮らし、するんですよね」
「実家から通えない距離じゃないんだけどな。社会勉強的な?」
「…引っ越し、お手伝いしますね」
「ん、助かる」
「時々遊びに行ってもいいですか…?」
「そりゃ勿論」
「大学に行っても、ちゃんと私と会ってくれます?」
「当たり前でしょーが」


ひとつひとつ、俺との繋がりを確認するみたいに。名前はゆっくりと言葉を紡ぐ。俺が離れていくかも、とか。きっとそんなくだらないことを考えているのだろう。心配する必要なんてどこにもないのに。いつになったらもう少し自信をもってもらえるのか、といつも思う。けれども分かっているのだ。名前はいつまで経っても変わらないって。俺はたぶん、そういうところを好きになったから。
自分にはない純粋さと真っ直ぐさを持っていて、裏なんかひとつもなくて。ちょっと憧れみたいなものもあったのかもしれない。女をとっかえひっかえして、名の如く真っ黒に染まっていた俺にとって、名前みたいに真っ白な存在は触れることすら躊躇われた。でも、だからこそ、触れたくなった。近付きたくなった。そして今、俺は名前にこうして触れることができるようになっている。じわりじわり。少しずつ互いの体温が混ざり合う。
ほんの出来心。高校最後の思い出に、なんて爽やかな理由じゃなくて、ただの欲。俺は無駄に大きくなりすぎた身を屈めて、名前の口を塞いだ。学校でそういうことしちゃいけません、って、そんなことは知ってますけど。残念ながら過去の俺は色々とやらかしてしまっているので、今更キスぐらいで躊躇うようなタマじゃないんですよね。


「ちょ、ここ、学校ですよ…!」
「知ってますけど」
「誰かに見られたら…」
「俺、今日でここ卒業するし」
「私はまだあと1年あります」
「俺の思い出作り、手伝ってちょーだいよ」
「…そういう言い方はズルくないですか…」
「ん、ごめんね」


ズルいのは百も承知。だから言い訳はしない。嫌なら逃げて、って一応言ったけど、逃げないってことは分かってる。それもズルいって知ってるよ。
もう1度、唇を重ねる。名前は俺の制服をぎゅっと握っているだけで抵抗はない。ちょっとだけ、あともう少し。触れるだけのキスで留めるつもりだったのに、いつの間にかもっともっとと深くなって。ガタリ。名前が後退りしたことで机にぶつかり大きな音が聞こえ、そこで漸く我に返った。はあ、と。お互いの口から息が漏れる。やばい、調子乗りすぎた。さすがにこれは大激怒かと思いきや、そんな元気はないのか、はたまた俺の行為を受け入れた上で諦めているのか。名前は困ったように笑っていた。


「帰ろ」
「え?」
「一緒に、帰ろ」
「…思い出作りは、もう良いんですか」
「続き、させてくれんの?」
「鉄朗さんが、そう、したいなら」


どっちがズルいんだって言ってやろうかと思った。このシチュエーション、このタイミングで俺の名前を呼んだりして。そのくせ、本当は緊張しまくってどうしようって思っているはずなのに、俺の気持ちを優先させようとしているのが丸分かり。俺のためにそういう無理をしてくれるのは嬉しい、けど。
名前の額にデコピンを1発。それから、何言ってんの、って笑ってやる。俺がここでキス以上のことをしても、仮に押し倒すようなことをしたとしても、名前はきっと戸惑いながら受け入れるだろう。だからこそ、そういうことはしなかった。したくなかった。衝動的に勝手にキスした奴が何言ってんだって感じだけれど、ちゃんと大切にしたかったのだ。


「もう十分」
「ほんとに…?」
「んー…」
「我慢してるんでしょう…?」
「そりゃあね。オトコですから」
「じゃあ、」
「でも、ここではもう十分」
「ここでは?」
「そ。ここでは。だから、帰りませんか」


返事はきかずに手を繋いで教室を出る。斜め後ろから感じるのは、少しの安心感とこれからに対する緊張。まったく、分かりやすい子だ。
1年間お世話になった教室の前を横切って、1階に降りて、体育館を横目に正門を出る。帰りがけに、じゃあな、って何人かに手を振って、漸く卒業したんだって実感が湧いてきた。何度も言うが、これでこの高校と一生のお別れってわけじゃない。春休み中にはバレー部の練習に顔を出してやろうかと思っているし、卒業後にも様子を見に来ることは可能だ。けれども、そうじゃなくて。やっぱり、寂しいものだ。仲間と別れるってのは。意外と俺も繊細な人間だったんだな。


「卒業おめでとうございます」
「今それ言う?」
「泣いてばっかりで言えてなかったので…」
「はい、どーも」


学校から家までの道のり。歩く足取りはそんなに重たくない。このまま俺んちで良いですか?って尋ねたのは最終確認のつもり。はい、って答えた名前の声に迷いは感じられなくて安堵。それでは遠慮なく、思い出作りに付き合っていただきましょうか。


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