×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
再考に最高を重ねる

年が明けてすぐに始まった春高バレーの大会。3年生の俺にとってはこれが最後の公式試合だ。因縁の相手とも言える烏野の連中もこの舞台に名を連ねているし、今回こそは是非ともゴミ捨て場の決戦を実現するという野望を達成したい。そして何より、悔いの残るような試合だけはしたくないから、どの試合にも全力で挑みたい。ひとつでも多く勝利を積み重ねられるように。
地元での開催ということもあって、会場内には音駒高校の制服を身に纏った連中が多く見受けられる。まあ一応全国規模の大会だし、学校を挙げて応援をしてくれるのだろう。この場合もちろんと言うべきか、名前も会場に応援に来てくれているらしい。けれど、会ってはいなかった。
試合の合間であれば話はできるし一緒に他チームの試合を観戦することもできるのだけれど、そんなことをしたら緊張の糸が解けてしまいそうで。会えば逆に力をもらえそうな気もするけれど、そんな理由があってあえて会っていないのだ。名前もそれを何となく察しているのか、会いたい、などとは言ってこない。それが有難くもあり、少し寂しくもあり。こんなことを考えている時点で緊張の糸は既に解けてしまっているのではないかと僅かに苦笑が零れた。


「名字さん」
「え、どこ?」
「さっき会った」
「なんだよ…」
「会いたいなら会えば良いのに」
「あー…んー…」
「少なくとも名字さんは会いたそうだったけど」
「は?なんか話したの?」
「何も。でも雰囲気で分かるよ」


相変わらずの洞察力の持ち主である幼馴染みは、いつも通り淡々と言葉を紡いでいく。この会場内の浮き足立った雰囲気など微塵も感じていないような、本当にいつもと変わらぬテンション。あっぱれである。


「雑念があったら試合に集中できないんじゃないの」
「…それもそうですかねぇ」
「頼むよ。…主将なんだから」
「研磨がそういうこと言うの珍しー」
「別に。早く行けば?」


研磨なりの背中の押し方なのだろう。視線をこちらに向けてくることはなかったけれど、俺は携帯片手に立ち上がると名前に連絡した。
ちょっと会いたいんだけど。用件だけをシンプルに伝えたそのメッセージにはすぐに返事がきた。どこに行けば良いですか、と。話をするだけだしどこでも良いと言えば良いのだけれど、あまり騒がしいところで会いたくはない。他校の連中に遭遇しそうなところは避けたいし、そうなると必然的に人気の少なそうな場所を探してしまう。
そうして俺が指定したのは、会場を出たところの裏口近くにある小さな空き地のようなところだった。全く人が来ないというわけではないけれど、正面入口の方に比べれば格段に人気が少ないことは間違いない。


「待った?」
「さっき来たばっかりですよ」
「急にごめんね」
「いえ…私も会えたら良いなと思ってたので…」
「激励してくれんの?」
「まあそんなところです」


ふふ、と笑った名前を見て思う。会って良かったって。誰かのために頑張るとか、そういう心理は正直よく分からなかった。今でもそれは変わらない。俺は自分とチームのために最善を尽くすだけだし、誰かのためにバレーを頑張っているわけではないからだ。ただ、誰よりも自分を応援してくれている人間がいるというのはこんなにも心強いものかと、初めて感じた。
名前はきっと、否、絶対にキャーキャーと黄色い声で騒ぎたてるような応援の仕方はしないだろう。応援席の片隅で、ひっそりと、誰よりも俺を見ているだけ。そんな姿が容易に想像できる。それが俺にとってどれだけ嬉しいことかも知らないで。


「迷ったんですけど…これ、」
「ん?何?」
「御守り。こういうのは重たいかなと思って渡してなかったんですけど…折角会えたので」
「変に考えすぎなところ、直んないねぇ」
「だって、やっぱりまだ自信ないですもん…私が彼女で良いのかなって、」


苦笑しながら渡してきた小さな御守り。一体いつから用意していたものだろうか。年越しの時にはもう手元にあったのかもしれない。
散々伝えてきたつもりだった。お前は特別なんだって。今までの女とは違うんだって。ちゃんと、好きだ、って。けれども名前は、まだ俺の彼女であることに自信がないと言う。そういう性格だってことは分かっているけれど、なんだか自分の気持ちが伝わりきっていないようで歯痒い。
どうぞ、と差し出された御守りを暫く見つめて手を伸ばす。そして、御守りを握っている手ごと掴んで、名前の身体を引き寄せた。え、え、と狼狽える名前の反応なんて想定の範囲内だ。


「御守りだけじゃ足んねーなあ」
「え、」
「せめてほっぺチューぐらいはしてもらわないと」
「な…、何言ってるんですか!」
「ちなみにこういうお願い、今まで誰にもしたことないんですけど」
「…本当?」
「ホント。だから俺のワガママ、きいてくんない?」


至近距離でにこりと笑う。視線をキョロキョロと左右に彷徨わせて困っている様子の名前に、名前だからお願いしてんの、と駄目押しの一言を囁けば、なんだかんだで俺に甘い名前は、必死に背伸びをして頬に触れるだけのそれをしてくれた。
キスなんて初めてじゃない。だから今更照れるようなことでもない。けれども、いちいち顔を赤く染めて恥じらう姿は、最初から変わらず可愛いと思った。こっちでも良かったのに、と唇に指を当てれば、誰か見てたらどうするんですか!と、更に顔を赤らめる。ああ、愛おしいなあ、って。そういう感情も、名前に出会ってから初めて抱いた。


「御守りどーも」
「頑張ってくださいね」
「そりゃもちろん」
「時間大丈夫ですか?」
「ん、そろそろ行く」
「応援してます!」


御守りを手に名前から離れて、じゃあまた、と別れの挨拶。でも、なあ。


「やっぱ足んないわ」
「え?」


離れた距離を再びゼロにして、ちゅ、と唇を奪う。ほっぺチューだけだと足んなかったから。ニヤリと笑ってぺろりと舌舐めずりをした俺に、名前は怒るのかと思いきや暫くフリーズした後に小さく笑って。これで頑張れるなら良いですよ、などと言ってのけたのだった。
敵わねぇなあって。こういう時に思い知らされる。こんなの俺、頑張れなかったらダメダメじゃん。
今度こそ、じゃあまた、と手を振って歩き出す。目指すは優勝。ただそれだけ。今までの自分やチームメイトとの頑張りを無駄にしないように。悔いを残さないように。俺は俺にできることを全力でやり遂げよう。


prev | list | next