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静謐の棺に眠れ

「お邪魔します…」
「はいどーぞ」


俺の家に来るまでの道中から、既に名前ちゃんが緊張していることはありありと伝わってきていた。だからその緊張が伝染して、俺もそれなりに緊張していたりする。柄じゃないのは分かっているので表面上は平静を装っているけれど、名前ちゃんに俺の様子を気にかける余裕など皆無だろうから動揺を悟られることはない。
招き入れた汚い部屋。掃除機をかけた記憶は少し前のことになるのでカーペットの上に座らせるのは憚られ、とりあえずベッドへ座るようすすめる。こんなことなら掃除ぐらいしておけば良かったと思いつつ荷物を避けている俺の隣で、名前ちゃんは動かない。


「座っていーのに。飲み物、持ってくるし」
「ここ、ベッド…」
「椅子ないし。床汚ないかもしんないから」
「…でも」
「もしかして警戒してる?」


探りを入れるつもりで冗談めかして言った言葉に、名前ちゃんは分かりやすく硬直した。いや、まあ確かに、今までの俺だったら問答無用で押し倒していただろうけれど、残念ながら今のところ、名前ちゃんを取って食おうとまでは考えていない。ただし、名前ちゃんが望むのであれば、こちらはいつでも臨戦態勢だ。
じゃあお好きなところへどーぞ。
これ以上警戒心を剥き出しにされると同じ空間にいることすら気まずくなりそうなので、俺は軽い口調でそう言い残して部屋を出た。こんな時にうちにはジュースなんて洒落たもんはなくて、とりあえずお茶だけ用意して部屋に戻る。すると、名前ちゃんがちょこんと俺のベッドに座って待っていた。
机の上にお茶を置き、俺も名前ちゃんの隣に腰をおろす。腕がぶつかりそうで、ぶつからない。そんな絶妙な距離感。


「…ごめんなさい」
「何が?」
「私が一緒にいたいって言ったのにこんな感じで…」
「…名前ちゃんは何に緊張してんの?」
「何にって、」
「初めて俺の家に来たことに対して?それとも俺の部屋で2人きりっていうこの状況?…そういうことするんじゃないかって思ってるから、とか?」


捲し立てるように、矢継ぎ早に問いかけてしまった後で、まるで責めているようだと後悔した。俺の方こそ、何に対して焦っているのか。悪ぃ、と口を開きかけたところで、名前ちゃんが小さな声で何か呟く。けれど、あまりにも小さすぎた声を拾うことはできなくて、俺は名前ちゃんの顔に耳を寄せて、もう1回言って?と強請るしかなかった。


「…今日、とっても楽しくて」
「俺も」
「こんな特別なクリスマスは初めてで」
「…そりゃどーも」
「でもクリスマスはまだ終わってなくて」
「まぁね」
「クロ先輩は、どう、したい、ですか」


俺からの質問には答えず、問いかけで返された。それも飛びっきりの難題で。どうしたい、とは。随分と漠然としていて、けれど、かなり的を得た内容である。ほんと、ずりぃなぁ。でもさ、俺もズルさなら負けねぇよ?
ベッドに置かれていた名前ちゃんの手に自分のそれを重ねる。ピクリと反応したけれど、手を引っ込められることはなかった。


「俺がどうしたいか答えたら、名前ちゃんはそれに応じるんですか」
「…は、い」
「うそつき」
「っ、!」


少なからず怖がらせるだろうと覚悟して、その華奢な身体をいとも簡単にベッドに沈めた。トン、と肩を強く押せば呆気なく倒れていった上半身。簡単にマウントポジションを取ることに成功し、そういえばこの眺めは久し振りだなあと感慨深くなる。
こういうことされるの、まだ怖いだろ?そんな脅しめいた確認のつもりだった。ほーら、応じるなんて無理っしょ?怯える名前ちゃんにヘラリと笑って、やっぱり今日は家まで送るわ、と。そういう流れに持ち込む予定だった。ほんの、数十秒前までは。
けれど、予想に反して、怯えた様子もなければ怖がっている素振りも見せない名前ちゃんに、内心、俺の方が戸惑ってしまって。そういえば名前ちゃん相手に俺のシナリオが上手くいったことなどないのだと今更のように思い出した。


「私、うそつきじゃありません」
「…強がんないの」
「こういうことしないと、ちゃんとした彼女になれないんでしょう…?」
「何それ。誰から言われた?」
「色んな、人に」
「そいつらこそウソツキだな」


額に触れるだけのキスを落として、頭を撫でる。今までが今までだからそう思われても仕方がないのかもしれないけれど、飛んだことを吹き込んでくれたものだ。


「こういうことしなくても名前ちゃんは列記とした俺の彼女ですぅ」
「…クロ先輩は、やっぱり優しいですね」
「今頃気付いた?」
「そういうところが、好きです」
「今日はいつもより素直じゃん。クリスマスサービス?」


ドキドキしているのは、名前ちゃんがあまりにも綺麗に微笑んだから。なんでこういう時に大人びた表情見せるんだよ。反則じゃね?必死に抑えてるものとか、茶化して誤魔化そうとしていることとか、全部見透かされているような気がする。
俺に組み敷かれるという危機的状況の中、名前ちゃんがすうっと息を吸い込むのが分かった。ああ、とても嫌な予感がする。


「はい、クリスマスサービスです。だから、私を、もらってください」
「…そんな言い回し、誰に教わったんだか」
「……幻滅、しましたか」
「なぁ、俺の名前、知ってる?」
「え?えーと…」
「はい時間切れ〜正解は鉄朗でした〜鉄に朗らかと書いて鉄朗くんで〜す」
「そ、それがどうしたんですか?」
「俺のこと名前で呼んでみ?」


突然の俺の提案に、名前ちゃんは目を丸くさせて困っていた。けれど、不思議そうな顔をしつつも口を開いた名前ちゃんはあまり躊躇うことなく、俺の名前を紡ぐ。


「鉄朗、先輩?」
「ほんとは先輩っていらねーけど。…もっかい呼んで」
「急にどうしたんですか?鉄朗、さん?」
「…名前呼ばれるとさぁ、スイッチ入んだよね」
「え…、ん…ッ」


理由なんてなんでも良かった。俺は名前ちゃんを汚すキッカケが欲しかっただけだから。何度もなけなしの理性で、これ以上はダメだと押し留めようとした。けれど、無理だった。
俺は男で、名前ちゃんは女で、しかもこの状況。名前ちゃんはどうやら本気で覚悟を決めてここに来てくれたようだし、実際、俺からのキスを受け入れている。うっすら目を開いて捉えた姿は、慣れないくせに必死に応えようとする名前ちゃんの姿。不覚にも興奮してしまったのは、仕方がないことだと思う。


「は…、はぁ…はぁ…」
「これ以上はやっぱやめとく?」


長めのキスをしただけで苦しそうな名前ちゃんに苦笑しつつ、最後の確認。けれど、最後の逃げ道すらも、名前ちゃんは簡単に一蹴するのだ。


「大丈夫、ですから、」
「んー…」
「鉄朗さん」


俺のちょっとした言動で照れて戸惑っていたはずの名前ちゃんは、いつの間にかオトナの階段を上っていた。もう引き返す気はないと言わんばかりに俺の名前を大切そうに呼んだその口を塞ぐ。
悪いけど、もうどんだけ抵抗されても離せねぇよ。そんな自分勝手な気持ちを込めて。果たして、名前ちゃんには伝わっただろうか。


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