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シンデレラナイト

冬の一大イベントと言えばクリスマスだ。と言っても、まともに恋人同士で過ごしたことは1度もない。大体は部活で潰れるし、それほど重要視していなかったというのが大きな要因だろう。クリスマスプレゼントとやらも、もらったことはあるけれど俺の方から渡したことはなかった。そんなわけで俺は、またもや悩まされている。まさか、彼女にあげるプレゼントでこんなに悩む日がこようとは思わなかったけれど、名前ちゃんのためならば仕方がない。自分でも呆れるほど溺愛していて、いっそ笑いが出てくる。
普通の女だったら、アクセサリー類で喜ぶのだろう。けれど、俺の中で名前ちゃんとアクセサリーというのがどうにも結びつかない。きっと名前ちゃんのことだから何をあげても喜んでくれるとは思う。それがたとえ安物のアクセサリーでも、普段使わないような化粧品でも、名前ちゃんは何かを用意してもらえたということ自体に喜びを見出す。そんな子だ。だからと言って、適当に選ぶわけにはいかない。どうせなら本当にほしいと思っているものをあげたい。1人の女の子のためにこれほど頭を使ったことはいまだかつてなかった。


「なんかほしいもんある?」
「どうしたんですか?急に…」
「なんとなく」
「うーん…特にほしいものは思いつきませんね…」
「まあそうだよなあ」


部活の帰り道、今日も待っていてくれた名前ちゃんと並んで歩く。物欲のなさそうな名前ちゃんからの返答はなんとなく想像できていたけれど、やはりそうか。クリスマスが近いのだから、こんなド直球な質問をしたら少しは勘付かれるか期待されてもおかしくないのに、名前ちゃんは恐らく何も気付いていない。良くも悪くも鈍感で助かる。


「そういうクロ先輩は何かほしいものってあるんですか?」
「んー…ある。何か分かる?」
「バレー関係のものとか?」
「ちがいまーす」
「じゃあ…授業で使えそうなもの?」
「はずれ」
「うーん…降参です。分かりません」
「正解は、名前ちゃんの愛でした〜」
「な…!またそうやって揶揄って…!」


確かに、半分は冗談だ。けれど、半分はわりと本気だったりして。まあそう言ったところで名前ちゃんは信じてくれないだろうから、俺はニヤリと笑うだけに留めた。暗い夜道では分からなかったけれど、街灯に照らし出された名前ちゃんの顔は赤く染まっていたので、とりあえず今はそれだけで満足する。
いつもの分かれ道で、また連絡するから、と手を振れば、控えめに手を振って踵を返した名前ちゃん。結局、何のリサーチもできなかった。けれど、とりあえずクリスマスの予定だけは取り付けておかないとなあ。名前ちゃんの後姿を見送ってから歩き出した俺は、せめてデートプランでも練っておこうと頭を悩ませるのだった。


◇ ◇ ◇



迎えたクリスマス当日。運よく今年のクリスマスイブは日曜日。部活は元々午前中で終わる予定だったので、午後から会おうと約束をしていた。さっとシャワーを浴びて着替えを済ませ、なんとか待ち合わせ時間ギリギリに到着。寒いから中で待っておけと言ったはずなのに、名前ちゃんはコンビニの前で待っていた。


「クロ先輩!お疲れ様です」
「なんで外で待ってんの」
「もう少ししたら来るかなあと思って…さっきまで中で待ってたんですよ」
「へぇ…」


その発言の真偽を確かめるべく、俺は名前ちゃんの手を取った。こんなに冷たい手で、中で待ってたわけないじゃん。


「うそつき」
「だって…外で待ってた方が少しでも早くクロ先輩に会えるじゃないですか」
「……そんなに早く俺に会いたかった?」
「もちろん!クロ先輩は違うんですか?」
「あー…もー…ほんと、名前ちゃんってずりぃわ…」


その姿を確認した時から、僅かながらどきりとしていた。私服姿を見るのはこれが2度目で、しかも夏以来。ぐるりと首に巻き付けたマフラーから覗く顔はほんのりピンク色で、それが寒さによるものなのか、はたまた別の要因によるものなのか、俺にはまだ判断しかねる。
制服から私服に変わるだけでなんとなくいつもより大人びて見える名前ちゃんは、いまだに握ったままの手を振り払うこともせずキョトンとしていて、こういう時は照れねぇのかよ、と心の中でツッコミを入れた。名前ちゃんの照れポイントがちっとも分からない。


「とりあえず行くか」
「どこに?」
「デートに?」
「…なんだか緊張しますね…」
「今更?」


握った手はそのままに、俺は名前ちゃんを引っ張って歩き出す。いつもより少し距離が近いのは、名前ちゃんがヒールの高いブーツを履いているからだろう。大人びて見えるのは、服装とこの靴のせいかもしれない。
中身は普段と何も変わっていないのに外見だけが大人っぽくなった名前ちゃんはアンバランスで、綺麗な顔立ちなのに可愛い性格してんだなと思った初対面の時のことを思い出す。あの時から俺は、名前ちゃんに一目惚れしていたのだろうか。冷静に振り返ってみればそんな気もする。
遅めの昼ご飯を食べ、適当にぶらぶらして、少し歩き疲れた頃にカフェに入ってコーヒーを啜る俺の前で、名前ちゃんは甘そうなチョコレートワッフルを、それはそれは美味しそうにたいらげてくれた。緊張すると言っていたわりに不自然な様子もなく、デートは順調に進んでいる。


「幸せそうに食うね」
「甘いもの食べてたら幸せな気持ちになりません?」
「じゃあ一口ちょーだい」
「え?」
「俺にも幸せ分けてよ」


言った後、あーん、と口を開けて待っていると、ほんの少し躊躇ってから口の中に放り込まれた甘ったるい食べ物。別に甘いものはそこまで好きじゃないけれど、美味いね、と笑うと、でしょう?と顔を綻ばせる名前ちゃんを見たら、特別なもののように感じた。
なるほど、こういう状況を幸せというのか。漠然とそんなことを実感しながら過ごしているうちに、世界はあっという間に暗くなる。気付けばあちらこちらでイルミネーションが光り輝いていて、クリスマスイブの雰囲気が町中を包み込んでいた。
綺麗ですね!ツリー大きいですね!
隣できゃっきゃと騒ぐ名前ちゃんは子どもみたいで、外見と合わせて見るとやっぱりアンバランスだなあと思った。本当ならもっと一緒にいたいところだけれど、名前ちゃんはきっとそろそろ帰らなければならない時間だろう。
腕時計をチラリと確認して、最後にプレゼントでも渡して家まで送るか。そんなことを考えている時だった。くいくいとジャケットの裾を引っ張られてそちらに顔を向ければ、寂しそうに揺らぐ双眸と目が合って胸が騒つく。


「もう、帰りますか…?」
「あんまり遅くなったら心配されるだろ?」
「…今日は、日付けが変わる前に帰るなら良いよって、」
「へ?」
「クリスマスイブだから」
「……何それ。もしかして誘ってる?」


心臓がうるさい。期待と、焦りと、嬉しさと。色んなものがごちゃごちゃになっていて、いつも通りに余裕ぶって笑えているのか、よく分からない。


「そうだって言ったら、どう、しますか」


極め付けがコレである。プレゼントのことなんて、考えている場合ではない。誘ってる?名前ちゃんが俺を?こんな日が来るなんて、誰が予想できただろうか。
据え膳食わぬは男の恥とはよく言ったものだけれど、果たして俺はここでホイホイと欲望に身を任せてしまって良いのだろうか。大切にしたいと思った初めての子。理性をフル稼動させて考えてみたけれど、俺の脳はすっかり使い物にならなくなっていた。結局、男は馬鹿で単純な生き物なのだ。


「うち、来る?」
「良いんですか?」
「誰もいねぇけど」


その言葉の意味が分からないほど、無知ではないだろう。返事に迷っているのがその証拠。寒空の下、イルミネーションの明かりに照らされた名前ちゃんの顔は不安そうで。けれど、俺のジャケットをぎゅっと握ってから向けられた瞳に迷いはなかった。


「私は…クロ先輩と、一緒にいたいです」


もう1度、時間を確認。タイムリミットまでは、あと5時間弱。果たして俺は時間までにお姫様を帰すことができるだろうか。


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