×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

Mr.ハニー委ねてあげる


※「Ms.ダーリン守ってあげる」の及川視点


遠距離恋愛を続けられる自信は、正直なかった。彼女への気持ちが薄らいでしまいそうだからという理由ではなく、彼女と会えない期間が長すぎたら寂しくて死んでしまいそうという、とんでもなくみっともない理由で。
彼女に出会うまでは軽い気持ちで付き合うことが多かったから、俺は自分を軽い男だと思っていた。たぶん周りもそういう認識だったと思う。
それが、名前に出会ってからは世界が一変した。これが恋をするということなのかと、衝撃を受けたほど。
高校卒業後のことを考えていた時期の俺は、岩ちゃん曰く「死にそうだった」らしい。自分のやりたいことと彼女との時間、どちらを優先させるかべきか。俺はそれでずっと悩んでいた。…というのは、実は嘘だ。
正確に言うと、全く悩まなかったというわけではない。けれど、心のどこかで最初から決めていたのだと思う。俺はやっぱりどう転んでもバレーが好きで、自分の力を試したいという気持ちを抑えることができるほど器用な性格ではなかったから。
つまり俺は欲張りなのだ。だから、バレーも彼女も諦めることができなかった。どちらか、ではなく、どちらも、選んだ。その結果が遠距離恋愛という選択である。
俺は彼女のことを本当に大切に想っている。大好きだ。絶対に手離したくない。けれども、どれだけ俺が別れたくないと思っていても、彼女の方は年に数日しか会えない彼氏と付き合うことなんて望んでいないかもしれない。だからダメ元でお願いした。俺と遠距離恋愛をしてほしい、と。


「いいよ」
「え」
「徹は海外に行くんだっけ」
「そうだけど……え?いいの?年に何回会えるか分かんないんだよ?そんな彼氏嫌じゃない?」
「その条件は徹も同じでしょ。年に何回会えるか分からない彼女は嫌だと思う?」
「思わない」
「ほらね。だから、私も同じ」


私はちゃんと徹のことが好きだから離れてたって大丈夫だよ。名前はそう言って、俺を笑顔で送り出してくれた。こんなに物分かりが良い彼女いる?こんなに最高な彼女いる?世界中どこを探したっていないよ。
もしかして俺がいないのを良いことに好き勝手浮気するつもりじゃ…?なんて考えは、自分でもびっくりするぐらい思い浮かばなかった。名前は俺のことが好きで、俺も名前のことが好きで、それが当然のことだと信じて疑わなかったのだ。その結果、俺達の関係は今もこうして続いている。

何度も言うように、俺は彼女のことがどうしようもなく好きだけれど、会うたびに疑問に思う。俺の気持ちを、彼女はどう受け止めているのだろうか、と。
お互い好きだから付き合っている。遠距離恋愛を何年も続けることができている。俺はそう思っているけれど、果たして彼女はどう捉えているのだろうか。…などと妙な不安を抱え始めた頃に、久し振りの帰国。
毎度のことではあるけれど、俺は名前に飢えているので、これでもかとスキンシップを取ろうとする。そして名前はそれを受け入れるフリをして、やんわり離れていくのがお決まりだ。
照れ隠しなのは分かっている。本気で嫌がっているわけじゃないということも。けれども今日は、そのいつもの対応をされただけで、ほんの少しの不安がムクムクと膨れ上がっていくのを感じた。
長年の付き合いになるから、恋愛から遠退いて親戚みたいな感覚になっているのかも。とっくに冷めているけれど、情に駆られて別れを切り出すタイミングを逃しているのかも。そんなネガティブな考えばかりが、頭の中を埋め尽くしていく。そんな矢先の会話だった。


「こんなこときいたら怒るかもしれないけど」
「何?」
「浮気してる?」
「そう見える?」
「えっ!否定してくれないの!?」
「いや、してないけど。してるとしても浮気してますよって言うわけないから否定しても意味ないでしょ」
「……じゃあしてるかもしれないってこと?」


彼女は明らかに怒っていた。いや、怒っているというより絶望しているような、悲しみを含んだ表情を浮かべていた。それを見て俺は漸く、自分がとんでもない過ちをおかしてしまったことに気付く。
彼女は強いから、俺はいつも甘えてばかりで。けれども彼女だって、絶対的に強いわけではないと分かっていたはずなのに。
捨て台詞のように、そう思いたければ思ってれば良いんじゃない?と吐き捨てる彼女は、触れたら崩れてしまいそうなほど弱く見えた。こんな時、俺が強い男だったら、頼り甲斐のある男だったら、メディアの前でそう見せているように余裕がある男だったら、彼女を傷付けずに済んだのだろうか。
またもやネガティブな思考に陥りそうになったけれど、今はそんな仮定の話を考えている場合ではない。トイレから出てきた彼女が玄関の方に足を向けたのを見て、慌てて追いかける。そして、腕を掴んだ一瞬のうちに見えたのは、泣き顔。
びっくりした。付き合い始めてからというもの、名前の泣き顔なんて見たことがなかったから。卒業式の時も、俺が日本を離れる日に空港まで見送りに来てくれた時も、よもや別れの危機ではないかというぐらいの大喧嘩をした時も、1度たりとも、彼女は俺に涙を見せなかった。それなのに今、彼女は間違いなく泣いている。必死に隠そうとしているけれど、隠しきれるわけがない。

俺が泣かせた。俺が彼女を傷付けた。自分が情けないばっかりに、彼女に甘えてばかりだったせいで、涙を流させてしまった。そんな自分をこの上なく恥じた。
浮気なんて本当に疑っていたわけじゃない。名前がそんなことをする子じゃないってことは、俺が1番分かっている。愛情表現は苦手なのかもしれないけれど、ちゃんと俺のことを受け入れてくれていた。それだけで十分だったのに。
離したくないとずっと思い続けてきた。それは今も変わらない。けれども、それを確実なものにするためには、このままの俺じゃ駄目だ。いつもどれだけ情けなくて頼りなくても、ここぞという時にキメられる男でなければ。
ごめん、と謝罪の言葉を述べても、彼女の顔が上がることはなかった。当然だ。このままじゃ今までと変わらない。だから、決めた。本当はずっとずっと前から言おうと思っていたけれど、なかなか言い出せなかったことを、今言おうと。嫌がられても絶対に離してやるもんかと、強引に胸元へと引き寄せて。


「そろそろ俺について来てくれませんか」
「……は?」
「すぐは無理っていうならいつまででも待つよ」
「それは、プロポーズ、なの?」
「うん。そうだね」
「私を選んでくれるの?」
「選ぶも何も、俺には名前しかいないんだってば」


思っていた以上に弱々しい声だったし、笑顔も上手に作れなかった。だって、選ぶのは俺じゃない。名前の方だ。名前がどうしたいか。それに尽きる。だからもし断られてしまったら、俺はたぶん生きていけない。その不安が、声と表情に出てしまったのだろう。
最も重要な決断を彼女に委ねる俺は、根本的に駄目な男なのだと思う。それでも彼女は、こんな俺から離れていかない。咎めたりしない。責めたりもしない。むしろ、ぎゅうぎゅうとしがみ付いてくれる。離れないよと伝えてくるみたいに。
彼女は弱くて、でもやっぱり強くて優しいから。俺は性懲りもなく、また、甘えてしまう。つくづく駄目な男だ。


「やっぱり一緒に行こうよ。うちの実家」
「……うん」
「岩ちゃん達ともご飯食べよう」
「仕事、頑張って終わらせるね」
「じゃあ今日は2人でゆっくりしよ?」
「うん」


珍しく俺の提案全てに肯定の意を示してくれた彼女に、思わず頬が緩む。好きが溢れて止まらない。だから俺は、この気持ちを一生かけて注ぎ続けようと思った。
幸せにしてあげる、なんて言えるほど良い男にはなれないけれど、名前が幸せになるためならどんなことだってしてみせるというやる気だけはあるから。俺と幸せになってね。