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Ms.ダーリン守ってあげる


※社会人設定


メディアで取り上げられる及川徹は、8割がイケメン(もしくはカッコ良い)、2割が可愛いで構成されている。確かに試合中の彼はカッコ良いし、ヒーローインタビューでの笑顔はキラースマイルと呼ばれるほど整っているから、間違いだとは言わない。ごく稀にスポーツバラエティー番組に出演した時の様子も、試合中には見られない可愛い一面が垣間見えて、それがまたファンの心を鷲掴みにする要因となっていることも納得はしている。
けれども、私の知る及川徹は世間の皆様が認識しているような男ではない、ということもまた、揺るぎようのない事実だ。


「ただいま!会いたかったよ〜名前!」
「うん。おかえりなさい」


大きなキャリーケースをごろごろと引いて現れた及川徹は、私の家の玄関の前で渾身のハグをしてきた。外国での生活が長くなると、こういうスキンシップに抵抗がなくなってしまうのだろうか。するならせめて家の中に入ってからにしてほしい。このご時世、誰がどこで見ているか分からないのだから。
私は控え目にハグを返して、やんわりと距離を置く。勿論と言うべきか、彼は非常に不服そうな顔をしているけれど、ここは日本であり、私は生粋の日本人なので、誰に見られているかも分からないところで長時間熱烈なハグができるようなメンタルは持ち合わせていないということを、少しは理解してもらいたい。
とりあえず入ったら?と家の中に招き入れると、彼は不機嫌そうな表情のままではあるけれど、重たそうなキャリーケースを押して家の中に入ってくれた。


「反応薄くない?地球の裏側で頑張ってる愛しの彼氏が帰国したんだよ?もっと飛び跳ねて喜んでくれてもいいのにさあ…
「喜んでるってば。すっごく」
「名前は相変わらずドライだね…」


私がドライなのか、彼がホットすぎるだけなのか、そのあたりは判断しかねる。付き合い始めた当初から、客観的に見た私達の温度差はこんなものだと思う。彼のことはすごくすごく好きだけれど、私は愛情表現が下手だからどうも冷たいと思われがちだ。かたや彼はというと、ご覧の通り、自分の気持ちを全身で表現してしまう人だから、私とは正反対と言っても良いだろう。
彼は不機嫌そうな顔からしょんぼりとした表情に変わっていて、私は、またやってしまった、と密かに溜息を吐いた。だって、いまだにどう反応したら良いか分からないのだ。彼と同じテンションで反応するのは性格上難しいし、傍目から見ても鬱陶しいカップルだと思われるに違いない。冷たすぎず熱すぎず、ちょうどいい温度で接することができたら申し分ないのだけれど、それができたら毎回苦労していないというのが正直なところである。


「今回はどれぐらいこっちにいられるの?」
「1週間の予定」
「岩泉くん達とも会うんだったよね?」
「明後日の夜にね」
「私は仕事だから行けないけど、みんなによろしく」
「名前、来ないの?」
「何時に終わるか分かんないもん」


私と彼が付き合い始めたのは高校2年生の冬だった。だから岩泉くんを始めバレー部の皆とはよく話をしていたし、久し振りに会いたいとも思っていたのだけれど、社会人になると仕事を優先させなければならないのが悲しいところ。どうやら彼は私が一緒に行くと思い込んでいたようだけれど、仕事がある日の夜はどれぐらい残業しなければならないか本当に検討がつかないのだ。
キャリーケースを開けて荷ほどきをしていた彼は動かしていた手を止めて、またもや眉尻を下げ私を見つめてきているけれど、残念ながら仕事はどうにもならない。私は困ったように笑って誤魔化すしかなかった。


「ご実家には連絡したの?顔見せに行くんでしょ?」
「うん。名前も一緒に行ける?」
「徹だけで行ってきたら?ゆっくりしておいでよ」
「……名前が冷たい」
「冷たくないよ。普通だってば」


不機嫌を通り越して、やや拗ねた様子の彼が、お茶をコップに注いでいる私の背後から抱き付いてくる。こうなった時の彼がなかなか離れてくれないことは今までの経験上よく分かっているので、私は無理矢理引き剥がそうとはせず、動きにくいと思いながらもテーブルまでお茶の入ったコップを2つ持って行った。
成人男性の平均身長をゆうに上回る大の男が、国内外問わず活躍中でイケメン・カッコ良いが主なイメージとなっているプロバレーボール選手の及川徹が、まさかこんなにベタベタ甘えてくるような、ともすればちょっと面倒臭い重ための男だなんて、世間の皆様は微塵も思っていないのだろう。
別にいいのだ。世間の皆様は知らなくても。私と、近しい人間が数人知っていてくれればそれだけで。私は最初からイケメン8割、可愛い2割の及川徹を好きになったわけじゃない。面倒臭い3割、重たい3割、可愛い2割、その他諸々2割で構成されている及川徹を好きになったのだから、世間のイメージする及川徹と全く違ったとしても、どうってことない。


「こんなこときいたら怒るかもしれないけど」
「何?」
「浮気してる?」
「そう見える?」
「えっ!否定してくれないの!?」
「いや、してないけど。してるとしても浮気してますよって言うわけないから否定しても意味ないでしょ」
「……じゃあしてるかもしれないってこと?」


背後から弱々しい声音で尋ねられて、ちょっと腹が立った。だってそんなの、私のことを信じてないって言ってるようなものじゃないか。
遠距離恋愛し始めてどれだけの年数が経っていると思っているのか。1年のうち、彼に会えるのは数週間程度。テレビ電話だって、時差の関係があるから毎日はできない。普通なら心が折れていると思うけれど、私は今この瞬間も、そしてたぶんこの先も、彼と別れたいなんて思えないと断言できる。それぐらい、彼のことが好きだ。
私だって、彼が金髪ナイスバディの美女に迫られて浮気しているかもしれないと不安に思ったことはある。けれど、そこはもう突き詰めたって仕方のないことだし、信じる以外の選択肢はないと思って深く考えないことにした。
彼は私のことが好き。だから忙しい合間をぬってこうして会いに来てくれているのだ。そして、再会する度に目一杯愛情表現をしてくれているのだ。そうやって自分に言い聞かせて信じ続けてきた。
それなのに、彼は私を信じられなくなってきたらしい。そりゃあ彼曰く、私はドライな反応しかできない女だから、愛情を感じられなくなったとしても仕方がないのかもしれない。けれどやっぱり、ショックなものはショックだった。


「そう思いたければ思ってれば良いんじゃない?」
「え」
「ごめん。私はこういう女だから」


背中に張り付いていた彼から逃げるように距離を取り、リビングを出る。トイレに引きこもって、少し頭を冷やそう。
そんなことを思って引きこもったのがいけなかった。冷静になろうとすればするほど、感情のコントロールができなくなっていく。もしかしたらこれで別れてしまうことになるかもしれないと思ったらもう駄目で、私はとうとう泣き始めてしまった。
泣いたのなんていつぶりだろう。しかもこんな、冷静さを欠いて止められなくなるほど涙を流すなんて。子どもじゃあるまいし、恥ずかしい。
とりあえずトイレットペーパーで必死に涙を拭いてトイレを出る。彼と顔を合わせるのは気まずいから、このまま外に出てしまった方が良いだろうか。と、玄関の方に足を向けたところで、リビングから文字通り飛び出てきた彼が、私の腕を掴んだ。
咄嗟に顔を隠すように俯いたけれど、どうやら隠すことはできなかったらしい。彼が、泣いてたの?と、驚きと困惑の色を混ぜた声音で尋ねてきた。私はそれに対し無言を貫く。そうしなければ、また涙が溢れてしまいそうだったから。


「ごめん。泣かせて」
「……」
「信じてなかったわけじゃなくて、俺がどうしても名前は自分のものだって、絶対に離れないって安心したかっただけなんだ」
「そんなの、」
「だから、決めた」


掴まれていた腕を引っ張られ、涙と鼻水で汚れた顔を彼の胸に埋めることになってしまった。高そうなシャツが、これでは台無しだ。
いつもの癖というのもあって彼から離れようとしたけれど、今回は離れることを許してはもらえなかった。彼の手が、私を強く抱き締めて離してくれないのだ。


「そろそろ俺について来てくれませんか」
「……は?」
「すぐは無理っていうならいつまででも待つよ」
「それは、プロポーズ、なの?」
「うん。そうだね」
「私を選んでくれるの?」
「選ぶも何も、俺には名前しかいないんだってば」


見上げた先にある端正な顔立ちの男は、自信なさそうに力なく笑っていた。ついでに、名前は俺じゃ駄目かな?って、また私を怒らせるような質問を投げかけてきたりして。駄目だったら何年も遠距離恋愛なんかしてないに決まってるのに。
何の返事もせず、ぎゅうぎゅうと彼にしがみ付いてみる。私なりの精一杯の甘え方だ。愛情表現だ。それを彼は丁寧に、きちんと受け止めてくれる。


「やっぱり一緒に行こうよ。うちの実家」
「……うん」
「岩ちゃん達ともご飯食べよう」
「仕事、頑張って終わらせるね」
「じゃあ今日は2人でゆっくりしよ?」
「うん」


私が全てに頷くと、彼はとても幸せそうに顔を綻ばせる。カッコ良いというより可愛いというか、綺麗というか、整ってはいるけれどちょっぴり頼りなさを感じるというか、そういう、私しか知らない及川徹らしい笑顔に、安心した。
私も決めた。世界中の誰よりも、あなたを幸せにしてみせるって。