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ep.07[Once]

 村長たちが西のノワールと接触を図ってから早一ヶ月と少し。一月も半ばに差し掛かり、いよいよ大学入試の時期だとかで、学内もなかなかあわただしい。今週末には東国のセンター試験に当たる、全国統一の学力試験があるようで、大学内だけでなく焔たち三年生も随分と落ち着かない様子だった。
 三年前、雅も同様の経験をしているだけに、懐かしいような、同情のようなものを覚える。言葉の不自由な異国の地で学ぶ苦労は筆舌に尽くしがたいものだ。

 雅は冬の寒さに肩をすくめながら、大学内のコンビニで買ったホットコーヒーを飲む。もちろん、砂糖増し増しで。次の講義までまだ時間がある。暖房はあまり好きじゃない。仲のいい者同士で固まって座って、合コンの話をしたり、遊びの予定を立てたりとかいう若者のノリもよくわからない。
 日当たりのいい中庭のベンチに座っていると、一人の生徒が「隣いい?」と声をかける。雅は軽く会釈をしてどうぞと少し左による。声をかけた男子学生は雅の右に腰を下ろした。

「きみさ、混血?少し東洋の顔立ちだね」
「そ。東国とレトリアの混血」

 母は東国人、父はレトリア人──らしいが、父は雅が生まれる前に逃げたとか何とかで、母は父のことを語ろうとはしなかったし、雅も尋ねたら母の機嫌を損なうことを身をもって知っていたから、雅は父のことを知らない。

「おれは二年のアイザック。きみも教育学部かい?」
「いいや」

 アイザックと名乗った男はためらいもせず雅に話しかけてくる。正直この手の人間はめんどくさいから相手にするのは苦手だ。だけど嫌いではない。

「……心理学部三年の雅。よろしく」

 名乗られたら名乗り返すのが彼なりの礼儀でもある。

「ミヤビのほうが先輩だったな!」

 アイザックは雅の返事を待つわけでもなしに、そうだ、と付け加える。

「俺の弟、東国にいるんだ。今は高三かな」

 名前はルーカスというらしい。かわいいだろ?と携帯の写真を見せてくれた。赤毛に緑目。ぱっちりとした目元なんかは兄によく似ている。

「へえ、そっくりじゃん」
「はは、よく言われる」

 ふと、写真の中の一枚に目を止める。気になった雅は「これは?」と尋ねる。

「ああこれ、弟の通ってる高校の文化祭での写真だよ。なんだっけ、東国の花の名前がついた──」
「さくら?」
「そう、さくらグローバルスクール」

 見覚えのある校舎、見覚えのあるアーケードの廊下。まぎれもなくさくらグローバルスクールだ。

「やっぱり。そこ、俺の母校」
「えっまじ!?うわーすっごい偶然!これはもう運命!ね、せっかくこんな運命的な出会いなんだから仲良くしてよ。メアド交換しない?てかメッセンジャーやってる?」

 とまさにナンパするような調子で詰め寄るアイザック。雅が少々呆れ気味に

「いいけど、俺そっちのシュミないよ?」

というと、当のアイザックは

「ああ、そういうわけじゃないから!単に友達になろうってことだよ。ちなみに彼女は募集中ー」

などとおどけてみせる。その必死さがおかしくて、雅は思わず笑ってしまう。

「あ、笑った。笑ったね?お前全然笑わないけど、やっぱ笑ってたほうがかっこいいよ?」

 慣れない誉め言葉に戸惑いながらありがとうと礼を言い

「まあ、冷めてるってよく言われる」

と返した。しばらく二人は話しながら次の講義までの時間をつぶして、連絡先を交換した。そろそろか、と立ち上がろうとしたアイザックが何かを思い出したようにはっとして、雅に耳打ちをする。

「そういえば、最近この学校に特別班が来てるみたいだから、お前も気をつけろよ」
「やっぱり、あんたもか」
「そ。俺それを言うためにミヤビに話しかけたんだったわ。まあお互い頑張ろうぜ!」

 アイザックはぐっと親指を突き立てて「やべえ、次の教室遠いんだった」と走り去っていく。雅もまた腰を上げて、冷めたコーヒーを飲みながらゆっくりと次の教室へ向かった。

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