西暦2307年
西暦2307年――世界は大きく三つの国家群に分かれていた。
一つは、米国を中心とした世界経済連合――通称ユニオン。
一つは、中国・ロシア・インドを中心とした人類革新連盟。
一つは、新ヨーロッパ連合――AEU。
この三カ国群は、赤道上に建造された三本の軌道エレベーターのいずかれを、枯渇した化石燃料に代わる太陽光発電システムのエネルギー供給源として、それぞれ一基ずつ所有していた。
軌道エレベーターの主な目的は二つある。
一つは、宇宙・地球間の物資の移送。エレベーター内を走るリニアトレインによって、宇宙空間と地球の往復は、旧時代のロケットに比べ安価で安全に行うことが可能となった。
一つは、太陽光発電システムによるエネルギーの供給。
この軌道エレベーターを建造するため、世界は三カ国に集約されることとなる。全長五万キロメートルという巨大な建造物を完成させるためには、それだけの資金と技術が必要だった。
半世紀という長い歳月と巨額の費用が投じられ、軌道エレベーターが建造。エネルギー不足の不安は一掃され、宇宙開発という新たな道が開かれた。
しかし、争いはなくならなかった。
三つの国家群は己の威信と繁栄のため、常に他の国家群の動向に目を光らせていた。それは、かつての冷戦時代を思わせる。
もちろん、それだけではない。世界には紛争があった。宗教戦争もあった。内乱もあった。
人は争うことをやめられたない。
二十四世紀に入ってもなお、世界には戦争の影が色濃く残っていた。
△▽
「240082、エクシア、目標地点を視認。GN粒子の散布、目標到達と同時に終了させる。目標対象確認。予定通り、ファーストフェイズを開始する」
晴天の日――今日は、AEUが莫大な開発費を投入して作ったモビルスーツの演習日であった。
AEUの演習基地には、ユニオンや人革連のパイロットや技術者などもモビルスーツを目にするために参加していた。
そこへ、白と青を基調としたモビルスーツが不思議な青い粒子を散らしながら、演習基地の中心へ降り立つ。
『いい度胸してるなァ! 他人様の領土に土足で踏み込んでくるたァ! ユニオンか人革連か!! どっちにして、ただで済むわけねーよなァ!!』
新型モビルスーツ――AEU-09イナクト――のテストパイロットを務めたパトリック・コーラサワーは、コックピットのハッチを閉め、活動状態を確保する。
外部スピーカーで挑発しているにも関わらず、謎のモビルスーツは微動だにしない。イナクトは右腕に収納されていてソニックブレイド抜き、寸分の狂いなく敵に向けて突き出した。
「エクシア、目標を駆逐する」
瞬間、敵機の右腕が空に向かって大きく振り上げられた。気付いた時には、イナクトはソニックブレイドを握ったまま転がっていた。そして左腕から肩口を切り取られ、右腕が落ち、頭部が宙を舞った。
一瞬にして圧倒する、謎のモビルスーツに、観客は言葉を失った。
「失礼」
「な、何を?」
「失礼だと言った」
観客にいた一人の金髪の男が、前列に座っていた観客から望遠鏡を半ば無理やり奪い取り、目の前の機体を見上げた。
「ガン……ダム? あのモビルスーツの名前か?」
「ガン、ダム……?」
隣にいた、茶髪の髪を一つにまとめた眼鏡をかけた男が、そう繰り返しガンダムを見上げた。
「エクシア、ファーストフェイズ終了。セカンドフェイズに移行する」
目的を達成したエクシアは、再び青い粒子を放って空へと浮上する。ガンダムエクシアは、空へと姿を消した。
▽△
「トレミーの周辺濃度、ミッション濃度を持続」
「エクシア、ファーストフェイズの予定行動時間を終了しました。セカンドフェイズに入ったと推測します」
静止衛星軌道上、発電衛星のかげに隠れるようにしてソレスタルビーイングの多目的輸送艦プトレマイオスが航行していた。
そのブリッジには四人のクルーが各々のシートに座ってキーボードをたたいている。
「ちゃんとやれてんのか、刹那は?」砲撃担当のラッセ・アイオンが呟く。
「やってくれなきゃ、初っ端からうちらはゲームオーバーですよ」操舵士のリヒテンダール・ツエーリが軽い調子で返す。
「無駄口叩かないで。まだ作戦中よ」
クリスはねえ? と同じ戦況オペレーターであるフェルト・グレイスに同意を求めるが、彼女は興味なさげに彼らを一瞥し、再び自分の作業に戻った。ソレスタルビーインの中で一番年下である彼女は、きっと誰よりもクールだろう。
「もうじきサードフェイズの開始時間です」
すると、このソレスタルビーイングの戦術予報士であるスメラギ・李・ノリエガがブリッジに入ってきた。
「そう固くならないでクリス。初のお披露目よ、ド派手にいきましょ」
「あーっ、 お酒飲んでる!」
「マジですか!?」
「いいでしょう。私は作戦を考える係り、あとのことは任せるから」
スメラギはまた一口、ボトルに入った酒をグビリといく。
一方、プトレマイオスの格納庫ではサードフェイズを開始するため、ガンダムをコンテナへ移動していた。
移動されたモビルスーツは変形型の白とオレンジを基調とした機体だ。
『コンテナ、ローディング終了。キュリオス、カタパルトデッキへ移動』
サイドモニターにオペレーターのフェルトが映し出されている。冷静で落ち着いた声が淡々とオペレートをしていた。
パイロットはヘルメットを手に感慨深い表情を見せる。
「実戦だ……ハレルヤ。待ちわびた? フ……僕は憂鬱だよ」
『キュリオス、カタパルトデッキに到着。リニアカタパルトボルテージ、230から520へ上昇。キュリオスをリニアフィールドへ固定。射出準備完了。タイミングをキュリオスに譲渡』
「アイハブコントロール。キュリオス、作戦行動に入る」
青い粒子を尾にプトレマイオスから飛び去った。
▽△
そこかしこに立っている優雅な人々。華やかなパーティが開かれているのは人革連の静止軌道ステーション。軌道エレベーターが完成し太陽光発電による電力送信が10年目という節目を迎え、彼らは記念式典を開いているのだ。
多くの上流階級の面々、大物政治家やセレブ、軍上層部の高官など、ここは世界の中でも富という恩恵を受けている人がいる。
その中を1人の美少女がふわりと浮いていく。彼女の名は王留美。年齢から見れば若い彼女だが資産家の娘であるためにここに呼ばれ参加しているのだ。とはいえただ家の名目のためにパーティに参加しているのではない。彼女には別の目的があるのだ。
ウェイターにドリンクをもらった留美に長身の男性が近付いていった。
「お嬢様、始まりました。」
付き人の名は紅龍。彼がそう小さく告げると、今まで優美な微笑みを浮かべていた留美はすっと厳しい表情を浮かべる。
「ついに、彼らが動き出すのね。ソレスタルビーイングの、ガンダムマイスターたちが……」
つぶやくと彼女は黒く深い宇宙という無限の海を見つめた。
△▽
AEUの演習基地を飛び立ったガンダムエクシアは、真っ直ぐAEUの軌道エレベーターに向かって飛行していた。
そのコックピットの中で、幼い顔立ちを残した刹那・F・セイエイは身体をシートに預け、軽く城住管を握っている。
「ファーストフェイズは完了した」
ガンダムというモビルスーツの存在を知らしめるのが今回のミッション。
コックピットの中でアラートが鳴る。モニターに後方から接近する機影の情報が表示される。
刹那は操縦桿を軽くずらし、向かってくる三機編隊のヘリオンと対峙する。
今回与えられたミッションの本当の目的は、別施設に配備されているはずのAEU軍部隊を動かし、その軍隊規模が条約以上のものかどうかを露呈させることだった。
そしてその目的は過ぎに達せられた。
AEUが所有する軌道エレベーターから、飛行型ヘリオン編隊が発進してくる。
「やはり、AEUはピラーの中にまで軍事力を……条約に違反している」
エクシアは上昇し、迎撃に向かう。
ヘリオンは部隊を増援、エクシアを取り囲んでのロングレンジからのライフル射撃。近接戦闘能力に特化したエクシアにはやりづらい展開だ。だが、それもこちらの戦術予報士は見通している。
▽△
「エクシア、カコマレタ! カコマレタ!」
巨大な岩石の林立する」荒野の一角、モスグリーンと白を基調としたモビルスーツが岩壁を背に寝転がるような格好で上空を見据えていた。ガンダムデュナメス。
コックピットの中で、パイロットシートにリラックスしたポーズで足を組んでいる、ロックオン・ストラトスがいた。
「ははっ、さすがの刹那でも手を焼くか」
ロックオンは、デュナメスのコックピットの特徴である大型ランチャー並みの精密射撃用スコープシステムを引き下ろしてセットした。
「行こうぜ、ハロ。ガンダムデュナメスと、ロックオン・ストラトスの初陣だ!」
△▽
「ファーストフェイズが終了。セカンドフェイズに移行し、サードフェイズも動いたか」
ガンダムデュナメスとガンダムエクシアの両機をモニターで確認しながら、もう一機のガンダムのコックピットの中で呟いた。
「ミッション、カイシ! ミッション、カイシ!」
「ええ、ついにこの時が来たのね、ハロ」
灰色がかった腰まで伸びる銀色の髪が特徴のディーア・アルカディアが、ヘルメットをかぶり、銀色の瞳がモニターを見つめた。
操縦桿をにぎり、待機態勢をとっていたガンダムを起こし、迎撃態勢に移る。
「ガンダムラズグリーズ、ディーア・アルカディア、目標を討つ」
操縦桿を前に倒し、ラズグリーズが発進する。
エクシアは上空でエリオンを駆逐していき、遠方の地上からデュナメスが狙い撃つ。良いコンビネーションだ。
運よくエクシアとデュナメスの攻撃を回避し、かいくぐったヘリオンが地上のデュナメスに向かっていく。そのヘリオンの攻撃を突如現れたラズグリーズは難なくGNシールドで防ぎ、ビームサーベルで隙をつく。
「ディーアか」
「相変わらず、サポートが速えーな」
ヘリオンを迎撃しつつ、すぐさまサポートに入ったラズグリーズを見て、刹那とロックオンはコックピットの中で呟く。
三機のガンダムは次々にヘリオンを撃墜し、あっという間に増援部隊を叩きのめした。
『セカンドフェイズ、終了だ』
デュナメスのV字型センサーが元の場所に戻り、ガチリとハマった。
▽△
「大したものだ、スメラギさんの予報は」
宇宙内では、天柱へ現れたテロ組織を迎撃するため、アレルヤ・ハプティズムの乗るガンダムキュリオスとティエリア・アーデの乗るガンダムヴァーチェが向かっていた。
サードフェイズのミッションは二人にかかっている。
「特攻……!? まったくテロリストってのは!」
アレルヤは吐き捨てるようにいった。
しかし、それすらも戦術予報士は予測している。
「ヴァーチェ、目標を破壊する」
構えた武器から放たれたビームは容赦なく機体を飲み込み、この世からその存在を消失させる。爆発の煙を残し、ビームの光だけが尾を引いて彼方へと消えていく。
「サードフェイズ、終了」ティエリアが言った。
「やりすぎだよ、まったく」アレルヤの声には呆れの色が混じっていた。