君のすべてに包まれたい



――誕生日は、あまり好きではなかった。

茨の谷を統べる次期王として、その生誕日には様々な式典に引っ張り出され、様々な者と面会し言葉を交わした。祝祭があり、祝いの言葉も貰いはするが、そこに温もりは無い。
この日には祝いものとしてホールケーキが必ず用意されている。しかし、このホールケーキが嫌いだった。祝いのものであるのに、それを共に食す者はいない。ひとり食卓に着き、用意されたホールケーキをひとりで食べる。美味しい、と感じたことは一度もない。

この日のすべきことを全てし終えたころには、もう日は暮れあと数時間で日を超すような時間だった。就寝の身支度を済ませ、マレウスは自室の扉を開けた。


「おお、やっと戻ってきたか。朝から晩まで引っ張りだことは、次期当主と言うのは大変だな」


部屋には、まるで自分の部屋かのようにくつろぐ魁がいた。のんびりと待ち飽きたなど言う魁を目の前に、マレウスは目を丸くする。取り合えず部屋に入り、魁の目の前まで行く。


「なぜ僕の部屋に居る?」

「何を言っている、お主に会うために決まっているだろう」


不思議そうに目を丸くする。「今日はお主の誕生日だろう」そう言って微笑む魁に、マレウスは瞳を見開く。「部屋に忍び込んだのは許せ。お主からわっちを遠ざけようとなかなか合わせてくれんのだ。ま、わっちは部外者であるし仕方ないんだが」勝手に部屋に上がり込んだことへの謝罪は通し、魁は部屋にあるテーブルに足先を向けた。

「ぼうっと立っておらんで、其処に座れ」立ち尽くすマレウスに、こちらへ来るよう促す。それに従い、マレウスは言われるがまま椅子に腰を下ろした。テーブルには2枚の皿とそれぞれにフォークが備えられ、テーブルの中心には白い箱がおかれていた。


「これは?」

「城下町で今朝買った。祝いのものであるならこれだと聞いたからな」


そう言って箱から丁寧に出されたのは、普通のものより一回り小さい、綺麗に飾られたホールケーキだった。それを見て嬉しくなる気持ちと、一人で食べた味気ない今朝のケーキを思い出し、マレウスは表情を沈ませ俯いた。
「ケーキは嫌いか?」その様子を見た魁が問いかけるが、うつ向いたままマレウスは微動だにしない。魁はそんなマレウスを見つめると、視線をケーキに戻して皿に載せる準備を進めた。


「・・・・・・ひとりで食べる食事は、寂しいものだな」


俯いた顔を上げ、瞳に魁を映した。


「食事はひとりで食べるものではない。誰かと一緒に食べることが何より大切で、一つの会話になる。それが祝いの者であるならなおのことだ」魁はそう語り、小さなケーキに視線を送った。「だからマレウス、一緒にこれを食べようじゃないか」そう言って、優しく微笑む。マレウスは小さく息を吸い込んで、頬を緩ませながら小さくうなずいて見せる。

魁はケーキの箱から小さな蝋燭を取り出した。「誕生日ケーキと言うのは、歳の数だけ蝋燭を並べてその火を吹き消すのが風習だと聞いた。まあ今回は少々数が足らないが」そう言って取り出した蝋燭を3つケーキに立て、フッと息を吐いて蝋燭に火をともした。「ほら、吹いてみろ。言っておくが、間違っても火を吹くなよ」ニヤリと揶揄うように笑いながら言う魁に「む、それくらいわかってる」と拗ねた顔でマレウスは言い返す。

マレウスは万が一まちがえて火を吹かないように気をつけ、控えめにふーっと息を吹きかけた。蝋燭の火は吹き消された。


「誕生日おめでとう、マレウス」


消えた火と共に、魁はそう言って優しく頭を撫でながら祝言を贈る。

――それが、どうしようもなく嬉しかった。

マレウスの表情は、誰が見ても嬉しそうにほころばせていた。今は口を噤むが、やはり妖精族の次期王とやらもまだまだ子供だと魁は静かに笑み浮かべる。
それから蝋燭を取り除き、小さなホールケーキを2人で分けた。今朝のケーキはひとりだったが、今は目の前に魁がいて、共にケーキを食べている。生クリームやフルーツの甘みを舌は感じ取っていた。


「マレウス、誕生日の贈り物だ」

「これは?」


ケーキを食べ終えると、魁はそう言って手渡してきた。「扇子というものだ。わっちがよく持っているだろう?」魁が手を掲げると、そこに同じ形をしたものが現れる。贈られた扇子に視線を落とし、ゆっくりと横にスライドさせる。「お主はよく、わっちの故郷の話を好んで聞いていただろう。だから扇子の柄は、わっちの故郷の絵を記した」スライドすると、そこには綺麗な絵が描かれていた。こちらでは見ない画風や色遣いに、目を奪われた。「魁が描いたのか?」魁の発言を聞き問いかけてみると「ああ。こちらで使っている画材と違うから、手に入れるのに苦労したがな」と魁は応える。


「うーん、やはり少し味気ないモノだったか・・・・・・」

「・・・・・・い」

「ん?」

「これが良い・・・・・・」


魁としては、もう少し面白みがあるものが良いかもしれないと思っていたが、マレウスはじっと扇子を見つめて満足そうにしている。此処では手に入らない、外の世界のものに目を輝かせるマレウスを横目に、魁「そうか」と微笑み頷いた。

「さて、そろそろ床に就くか。あまり夜更かししては明日のお主に響くからなあ」時計に目を向ければ、あと少し針が動けば日を越してしまう時間になっていた。「そう早く寝なくても問題ない」だがマレウスとしては早く切り上げてしまうのは勿体なく、まだ続けていたい欲求があった。駄々をこねるように言うと魁はやれやれと笑った。


「やれやれ、わかった。だがベッドには入るぞ」


夜更かしするのは別にいいが、それを明日に響かせてしまうと城の者やリリアに怒られてしまう。だからベッドには入ろうと、少し不満げなマレウスの手を引っ張って、子どもにしては大きく広いベッドに入らせる。しっかりと布団をかけたのを確認し、魁もその隣に横たわり肘を立てる。


「さて、じゃあお主が眠るまで寝物語でもするか」

「魁は布団に入らないのか?」

「お主が寝たら帰るからなあ」

「・・・・・・良い。今夜は此処に泊まっていけ」


ムッとした顔をするマレウス。布団に入れと訴えてくるのに仕方がないと笑い、魁も同じベッドに潜り込む。そしてマレウスが眠るまで、故国の寝物語や自分が見聞きしてきた外の世界の話をする。それを聞いているうちにマレウスはうとうととしていき、しばらくすると瞼を下ろして寝息を立て始める。眠ったマレウスを起こさぬように布団をかけなおし、小さい身体を包み込んで、そっと額に口づけを落とす。


「おやすみ、マレウス」


――この一時が、好きだった。



* * *



ディアソムニア寮では、寮長であるマレウスを祝うために盛大なパーティが行われた。今年はセベクが入学してきたことにより同郷の者が揃ったこともあって賑やかだった。長く続いた誕生日パーティもようやく終わり、マレウスは寮の自室に向かった。


「おお、やっと終わったか。案外長かったなあ」


扉を開ければ、窓辺に座っている魁がいた。マレウスは驚いた様子は見せず、知っていたように部屋に入る。「どうだ、学園での誕生日パーティは楽しかったか?」魁の問いかけに「まあまあだな」と返す。「そう言ってやるな。セベクを筆頭に寮生たちは気合を入れていたぞ」それは可哀想だという魁に「そうみたいだな」と相槌を打つ。

そしてしばらく間が開いた。どちらも言葉を発することは無く、時計の針が進む。そして待ちかねたように、ぼそりと呟くようにマレウスが口を開く。


「お前からは無いのか」


少しむくれた顔をしている。それを見て、魁は仕方がないと一笑した。

少し待てと言って魁は部屋に持ちこんだ私物を漁る。部屋に置いてある椅子に腰を下ろしたマレウスの目の前に、持ってきていたものを広げる。「ケーキはもう散々食べただろう? だから今回は和菓子にしてみた。ミステリーショップにはなんでも揃っていて助かる」机に置かれたのはミステリーショップから買い求めた和菓子と言う、東洋の菓子だった。

「パーティ中に渡しても良かったんだが、お主、茨の谷に居た頃は毎年この日の夜を楽しみにしておったからなあ。ああでも、もう夜を待ち遠しく思う子供も卒業したか」揶揄うように笑ってマレウスを見やる。ムッとした顔でまた言い返してくるだろうと魁は思ったが、その予想は外れたらしい。


「お前からの贈り物は、最後が良い」


拗ねた表情もなく、至って真面目な顔でマレウスはまっすぐこちらを見つめて言い放つ。その言葉に呆けたのは自分のほうだった。「・・・・・・フ。なんだ、まだ子供だったか」と言えば「僕はもう子供ではない」と眉間にしわを寄せて拗ねた顔をする。「フフ、そうか」魁はそう言って笑った。

和菓子というのは1つ1つが小さく、用意された数も少ない。味わいながら丁寧に口に運んでいき、感想を言い合った。あっという間に食べ終えてしまうと、恒例のように贈り物を差し出される。


「今年の贈り物はいつもと比べて豪華だぞ」


そう言って渡してきた魁の表情は得意げで、箱は平たく大きかった。ベッドの上で広げて開けてみると、そこには上等な生地で作られた魁がいつも着ているものと同じものが入っていた。


「ほう、僕に着物か」

「雅の伝手で一から仕立てたものだ、今までの中で一番高級品だな」


生地は黒を基調としていて、帯やワンポイントは深緑で飾っている。魁のように派手な色でも柄でもないが、趣があって気品があふれるデザインをしていた。「着るかどうかともかく、まあ一着ぐらいなら持っていても良いだろう」そう言って一緒になって仕立てた着物を見つめる。「そうだな。早速明日にでも着てみよう」マレウスがそう言えば「そうか、ならわっちが着付けてやる」と魁は応える。

贈られた着物は魁の指示のもと綺麗にたたみなおし、箱にしまいなおす。そして少し2人での会話を弾ませる。
しばらく話し込んだ後、魁は「さて、マレウス。今夜の寝物語は必要か?」とニヤニヤした笑みを浮かべて問いかける。そんな魁に仕返すように「ふ、そうだな。僕としては寝物語以外でも構わないが」とニタリと笑みを浮かべ答えた。そんなマレウスに「可愛くないなあ、添い寝で我慢しろ」と言い放ち、マレウスはククと喉で笑った。

お互い身支度を済まし、一緒のベッドに潜り込む。寮のベッドは1人分のため少々狭いが、眠るのに問題はない。部屋の明かりを消し、向き合うように横たわると「マレウス」と魁は名前を呼んだ。


「誕生日おめでとう、マレウス」

「――ああ」


あの優しい笑みを浮かべていた。

マレウスは両腕を伸ばして魁を抱きこむ。そして魁の胸元に顔を埋め、両腕を背中に回して抱きしめる。「ははっ、いまだに甘えただな」そんなマレウスを可笑しそうに笑って、魁も抱え込むように頭に手をまわす。魁の体温と、鼓動が伝わった。


「おやすみ、マレウス」


――この時間が、昔から好きだった。