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いつかの羨望は焼き爛れた
「ナイトレイブンカレッジから入学許可証が?」
そう聞き返せば「そうなんだよ!」とまるで自分のことのように嬉しそうに話すカリムが力強く頷いた。話題の当人であるジャミルは呆れた顔をしている。ナギルはとくに驚くことも無く「へぇ〜」と相槌を打った。
「俺としてはカリムから離れるのは心配なんだが・・・・・・両親やご当主様にも勧められてな。9月から通うことになった」
「それはおめでとう、ジャミル」
ナギルは淡泊な祝言を贈る。「じゃあ祝いの宴でもするのかい、カリム」と言ってみれば「良いな、それ!」と目を輝かせたカリムが名案だと喜ぶ。それ聞き宴の準備やらをする羽目になるジャミルは「おい! まったく余計なことを・・・・・・」と恨めしそうにナギルを睨み、ため息を落とした。そんなジャミルにナギルはフフッと笑みをこぼす。
「ジャミルがいないのは寂しいけど・・・・・・オレ、ちゃんとジャミルが心配しないように頑張るからな!」
「心配しかないが・・・・・・というわけでナギル。俺のいない4年間、カリムのことを頼む。お前がいれば、まあ大丈夫だろう」
「おう! ナギルと2人で頑張るな!」
「うーん・・・・・・それはちょっと無理なお願いだな」
「えぇっ!?」ナギルの回答に、カリムは大げさに声を上げ、しゅんと肩を落とす。ジャミルもカリムほどではないが、目を丸くしてナギルを見た。そんな反応をする2人にナギルは可笑しそうに控えめに笑みを浮かべる。
「だって、ボクも入学するからね。ナイトレイブンカレッジに」
ナギルは片手に自分宛てに届いたナイトレイブンカレッジの入学許可証を掲げ見せた。
「なっ、そんな話聞いてないぞ」
「父上が勿体ぶってるんだよ。でも今日にでもカリムの御父上に話しを通すと思うよ」
「というわけで、学友としてもよろしくね、ジャミル」ニコリと愛想の良い笑顔を向けると、ジャミルは脱力したように肩を落とす。
「ナギルもナイトレイブンカレッジに入学するのか! やっぱ2人は凄いな!」一方カリムはジャミルとは反対に、まるで自分のことのように大喜びをした。本当にお人好しの性格をしている。
「でも、そっか・・・・・・ジャミルもナギルもいなくなっちまうのか・・・・・・」しかし9月からジャミルとナギルが居なくなるのだと思い知ると、カリムは先ほどまでの様子とは一変して寂しそうに表情を曇らせた。
「たかだが4年間だろう」そんなカリムにジャミルが言い放つ。「そうだとも。ホリデーには帰るだろうし、二度と会えないわけじゃない」それに続き、ナギルも慰めるように言葉をつづける。「うん・・・・・・そうだな!」カリムは頷いて、いつものように太陽のような笑顔を浮かべる。
そのままカリムは宴だと言い、早速屋敷の人に伝えようと駆け出していく。まったく、落ち込んだり元気になったりと忙しい。駆け出していくカリムの背中を呆れたように眺めていると、隣から何度目かのため息が聞こえてくる。
「はぁ・・・・・・」
「なんだいジャミル、重いため息なんてついて」
「いや、まさかお前も入学するとは・・・・・・完全にカリムを任せようと思っていたからな。こうなると今後のカリムが気がかりだ・・・・・・」
「はぁ・・・・・・少しはカリムを忘れたらどう?」
「え?」
ジャミルが言い放つ言葉に、ナギルは少し呆れたように返した。ナギルの言葉を聞き、ジャミルは問いかけるようにナギルに目を向ける。ナギルはフッと自嘲するように、艶美に微笑んだ。
「束の間の、たった4年間だけの解放だ。この4年間を”自由”に生きるべきじゃない? ボク”たち”は」
ジャミルはそっとナギルから目をそらし、目を伏せ、同じように自嘲するかのように、吐き捨てるように一笑した。
「――・・・・・・そうだな・・・・・・」
* * *
「へぇ〜、入学式ってこんな感じなんだね」
「さすが名門校というだけはあるな」
黒いローブを羽織って、棺から目覚めた新入生たちは鏡の間へ集まって寮の選別が行われた。熱砂の国から出たことの無いジャミルとナギルは、自国ではあまりみない様式に辺りを見渡す。
「ジャミルはどの寮に選定されたい?」
「もちろん、スカラビアだ」
即答ともいえるわかりきった早い返答に「うん、そうだね。知ってた」と相槌する。そんなナギルに「お前だってそうだろ」とジャミルは聞き返す。「まあね。地元だし、ボクは占星術が得意だからね」絶対にと言う意思はないが、どれかと言われればスカラビアがいいとナギルは応える。
順番に闇の鏡の前に立ち寮選別がされていく。無事にナギルとジャミルの番にまわり、2人は見事スカラビア寮に選別されることになった。同じ寮に選別された2人は顔を見合わせ、フッと笑みを浮かべた。
「それじゃあジャミル、あらためてよろしく。束の間の自由を謳歌しようじゃないか」
そう、束の間の自由だ。此処には自分たちを縛るものはなにも無い。一から始まる、新しい生活だった。
――それが約1ヵ月ほど前の話だった。
「よう、ジャミル、ナギル! これでオレも一緒に学校に通えるな! あらためてよろしくな!」
曇りなき笑顔を浮かべるカリムが、自分たちの目の前に立っている。
入学して1か月後、特別枠だか選定漏れだかで、カリムはナイトレイブンカレッジに1ヵ月遅れで転入してきた。その知らせを聞いた時、ジャミルとナギルは目を見開いた。一緒に学校に通えるようになって喜ぶカリムはニコニコと笑顔を浮かべている。
「・・・・・・・・・・・・はあ・・・・・・こんなことだろうと思ってたよ・・・・・・」
「まあ、そう簡単じゃないよね。まったく・・・・・・」
カリムとは対照的に、ジャミルとナギルは深くため息をついて諦めた表情を浮かべた。ジャミルもナギルも、別にそれほど期待していたわけではないため、本人たちに帰ってきた打撃は低い。
「ま、ここにはご当主もご両親の目も無い。それだけでも自由と呼べるさ」これから続くであろう苦労の日々を目の前に頭を抱えるジャミルに向かって、ナギルは慰めのような言葉を贈る。ジャミルはじとりと目を向けた後、ナギルから目を離した。
「・・・・・・お前はよかったな。ここに、御父上がいなくて」
「・・・・・・――フ」
わざと目をそらして、ジャミルはそう言った。声色からでもわかる。本当にそう思っているわけではないことぐらい。ナギルは応える代わりに、そっと息を吐きだした。
結局ボクらにとって、自由は程遠い存在だったってことさ――