ル・ソワール



※エペル式典服パソストの若干のネタバレ



「・・・・・・はあ〜〜」


入学式後に行われる、各寮で行われる新入生歓迎会を抜け出したエペルは深いため息を落とした。寮である城の外は真っ暗で、照明も少なく足元が見えずらい。誰もいない寮の外で、エペルはがくりとうなだれた。


「本当は、ワイルドで勇ましいサバナクローに入りたかったのに!!」


一人、エペルは大きな声で叫ぶ。不屈の精神に基づくサバナクロー寮に入りたかったというのに、闇の鏡はエペルをポムフィオーレ寮に選出した。それだけならまだよかったのだが、エペルはポムフィオーレ寮の寮長に悪印象を持っていた。「これじゃあ理想の学園生活とまるっきり正反対だ!」我慢ならないと不満を吐き出す。


「もっと勉強して、もっと魔法力を高めて、もっと強くならないと。そしていずれは・・・・・・!!」


そう意気込んだ矢先、カツっという足音を耳に挟んだ。思ったより近くで聞こえたそれに、エペルはビクリと肩を揺らして音のした方に目を向けた。カツ、カツ、と足音は徐々に近づいて来る。生唾を飲んでじっと見つめていると、とうとうその人物が姿を現した。


「――――ああ?」


その男はエペルを見るなり、眉をひそめてエペルを見詰めた。
一目見ただけで、エペルは他の人たちとは違う雰囲気を纏う彼に目を丸くした。

黒檀のような真っ黒な髪。長いそれを、赤い飾りのついた金色の棒で一つにまとめている。髪から除く目の色は、霞んだ紫をしていた。なかでも目を引くのは、その服装だ。おそらく東洋の服装だと思われる、深い紺色に金色の模様の長いドレスのようなものに身を包んでいる。中には首元から指先まで伸びる、黒いタンクトップを着込んでいた。腰に巻く太いひもは黒で、上からさらに細い赤の紐を巻き付けている。

おそらく、ポムフィオーレ寮の寮服だろう。ポムフィオーレ寮の寮服も似たような作りをしているが、それとはやはり違うような気がした。もっと東洋によせたつくりをしていた。

その人はエペルをじっと見ると、片手に持っていた煙管に口をつけ、フゥ・・・・・・と煙を吹いた。


「・・・・・・で? お前は誰だ?」

「え・・・・・・あ、その・・・・・・エペル・フェルミエ、です・・・・・・」


途切れ途切れになりながら、エペルはなんとか名前をいう。目の前の彼に緊張感が走って、上手く声が出なかった。
名前を聞くと、言葉で答える代わりに、また煙管に口をつけ煙を吐く。


「見ない顔で式典服ってことは、新入生だろう。歓迎会はどうした」

「ぬ、抜け出してきました・・・・・・」


怒られる・・・・・・と思いながら観念して、エペルは素直に答える。「へえ・・・・・・?」エペルの答えを聞くと、その人は少し面白そうに口端を上げた。

「ああいう堅苦しいのは嫌いか?」その人は尋ねる。「う、はい・・・・・・」肩を落としてエペルは頷く。「ふうん? ポムフィオーレに入った奴にしては珍しい」ここに入る奴は美意識が高いからな、とその人は付け足す。「俺も面倒なのは嫌いだ」その返答にエペルは驚いて、煙管を吹くその人を見上げた。

この人は、正直とても綺麗な人だ。ポムフィオーレ寮の寮生として、違和感を感じさせないような容姿をしている。それでも何処か周りとは違くて、そこに違和感を感じる。今のように面倒だと吐き捨てるところや、口調もポムフィオーレの人にしては少し荒い。これも独特な雰囲気のせいだろうか。

エペルは目の前の彼に、そんな印象を抱いた。


「それで? さっきは散々叫んでたが、サバナクローに入りたいのか?」

「あんなこという人のいる寮なんて嫌だ!! 俺はかっこいサバナクローに入りたかったんだ!!」


エペルは全力で不満を発露させる。続けざまに文句を垂れ流すと、エペルは流石に怒られるのではとハッとなり、恐る恐る彼を見上げた。「そんなにポムフィオーレが嫌か・・・・・・珍しい奴が入ったもんだな」予想に反して、その人はわずかに口端を上げていた。

「あの・・・・・・」とエペルが自分から声をかけた途端、違う方向から「おや? こんなところにカワイイパピヨンが止まっているかと思えば・・・・・・」と、新しい声が降ってきた。目を向けると、金髪の人がいつの間にかそこにいた。


「キミがヴィルの話していた噂の新入生、エペル・フェルミエくんだね?」

「噂の新入生って?」

「ボンソワール、エペルくん。私は3年のルーク・ハント」


ルークは次々に話だし、終いには「ムシュー・姫林檎と呼んでも?」と言い出す。「姫林檎!? うだで!」エペルはそれにぎょっとする。すると「ルーク」とあの人がそう呼んだ。目を向ければ、静かにまた煙管を吹いている。


「ここにいたんだね、ムシュー・ソワール! 宵闇のような君は、やはり夜に浮かぶ月が似合う!」

「・・・・・・」


ルークのテンションの高い話を無視し、その人は煙管を吹く。流すことになれた様子だった。

「ソワール・・・・・・? それがあなたの名前?」ルークの言葉に反応して、エペルはその人を見る。「ノン。それは私が付けた愛称だ」その人の代わりにルークが答える。「彼は雅・貴宝院。彼は東洋の出身なんだ」それを聞き、その風貌にエペルは納得する。


「さあ、ムシュー・姫林檎! 歓迎会に戻ろうじゃないか!」

「え、ちょ・・・‥!!」

「ムシュー・ソワールもどうだい?」

「面倒だ。俺抜きで勝手にやってろ」


雅はそう吐き捨てると、煙管を吹きながらスタスタと歩き去ってしまう。ルークに掴まれ半ば強引に寮へと連れ戻されるエペルは、雅の背に手を伸ばし、助けを求めるが、雅はそれを無視して去ってしまう。そしてエペルは、嫌々寮へと戻っていった。



歓迎会へと戻ったエペルは散々な目に遭っていた。テーブルマナーなんて知らずに大恥をかいてしまいそうになるし、堅苦しいテーブルマナーをする羽目にもなる。それに加え、とうとう来てしまった寮長であるヴィルにしごかれる。エペルはますますこの寮を嫌だと思った。


「なんだ、まだやってるのか」

「あっ!」


振り返ればそこには煙管を吹く雅が立っていた。寮に戻ってきたのだろう。ヴィルやルークに挟まれてしごかれれいるエペルを見下ろして、雅はそういった。

新入生が雅の存在に気づくと、ざわざわと口々に囁いて騒ぎ出した。独特な雰囲気を纏う雅は、ポムフィオーレ寮で一目置かれる存在なのだと語っていた。


「雅。アンタ、式典服はどうしたの?」

「アレは堅苦しくて嫌いだ。着物のほうが俺にあってる」


「全く、アンタは・・・・・・」やれやれとヴィルはため息を落とした。さっきまで散々自分に口調がどうこうと言っていたのに、雅のことは怒らないヴィルにエペルは目を丸くした。そんなエペルに「あれが彼の良さを引き立てるからね」とルークが耳打ちする。

ふと、雅がエペルに視線を戻した。そして「大変そうだな」と吹きながらつぶやく。


「た、助けてくださいっ!!!」

「ほう、俺に助けを求めるか」


無表情にエペルを見下ろす雅。
エペルはくわっと食い入るようにヴィルの存在など気にせずに助けを求めた。エペルにとってはもう誰でもいい。この状況から解放してくれるならそれでよかった。


「こんな人たちより何倍もマシだ!!」

「ちょっと、なんですって新ジャガ?」

「いっ! うぅ・・・・・・もう嫌だこんな寮!」


ヴィルに叩かれるエペル。


「はっ。この俺を何倍もマシだと言い捨てるか」


「ますます珍しい。面白い人材が入ってきたものだ」煙管を吹いた雅はエペルを見下ろし、面白そうにニヤリと笑みを浮かべた。エペルはようやく希望が見えたような気がした。


「だが面倒だ」

「えぇっ!?」


一寸の希望も一瞬に消え去る。助けてくれると思いきや、雅は面倒だと切り捨てる。「面白いのはいいが、俺は面倒ごとが嫌いなんだ。俺のいないところで、お前たちで勝手にやってろ」雅は無表情に吐き捨てる。

だが此処で諦めるのはダメだ、とエペルは自分に言い聞かせる。雅はポムフィオーレでも異質な存在。縋るならこの人しかいない、と全身が告げていた。


「な、なら付き纏う! 助けてくれるまで付き纏うかんな!!」


強引でも助けてもらう!その意を込めて叫ぶ。

「おい、それだとブラウんトコと同じになるだろ。それはそれでクソ面倒だな」という雅。じっと助けを求めて強気な目で見上げてくるエペルを、雅は無表情に見下ろす。そして数分後、フゥ・・・・・・と一つ吹いた。


「俺の気が向くよう、頑張るんだな」

「――!」


それは、気が向けば助けてくれるということ。ようやく見えた救いに、エペルは心から安堵した。これでヴィルからの逃げ道ができたというように。


「おお、これは珍しいこともあるものだね」

「ちょっと、雅。勝手なことしないで頂戴」

「久しぶりに面白い奴を見たからな。興がのった」


ルークやヴィルに視線を向けた後、再びエペルに視線を落とす。そして、フッと優美に笑った。


「気が向くまでは俺が面倒を見てやる、エペル・フェルミエ」


夜の闇を体現したような彼は、そういって煙管を吹いた。