ピンクローズ・フラワー



今日は朝からリドルの機嫌が悪かった。

朝からリドルのユニーク魔法を喰らう寮生がいることなんて珍しくはないが、今日はその数が3人もいた。いつも目を吊り上げているけれど、今日はいつも以上だった気がする。相当イライラしているらしい。寮生たちはいつもリドルを遠巻きに見ているが、ピリピリしているせいでいつも以上に遠巻きにもされていた。

いったい何があったんだろうと考えていると、気づけば昼休みの時間になっていた。どおりでお腹もすくわけだ。

授業終了のベルがなり、それを合図に生徒たちは背伸びをして、教師は教室を出ていく。続いて生徒たちも昼食を食べるため、各々動き出す。アリステアも昼食を食べるため、席を立って大食堂へと足を向けた。


大食堂はいつも込み合っている。大食堂というだけあって部屋は広いが、食べ時になると人が集まってしまうため、席が取れないなんて言うこともまれにある。それだけナイトレイブンカレッジの生徒が多いということだ。

先に席を取っておいたほうが良いかなと思い、辺りを見渡して空席を探す。すると、ある席に見知った相手が座っているのを見つけた。一緒にいる相手は見ない顔だ。アリステアは足先をそちらに向けて踏み出した。


「なにを話してるんです?」

「うわっ!? ビックリしたぁ〜・・・・・・もー、おどかさないでよね〜」

「お前、音もなく近づくなよ」

「はは。ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだけどね」


トレイとケイトの背後から声をかければ、2人はビクリと肩を揺らして驚いた。その様子にクスクスとアリステアは笑う。


「それで、楽しそうに何話してたんですか?」

「新入生に各寮を紹介してたんだ」


「新入生?」そこでようやくアリステアは向かいの席に座る3人に視線をやった。2人は赤いベストにハーツラビュル寮の紋章をつけているから、同じ寮だ。けれどもう1人はどこの寮の紋章も付けていない。よくみれば、傍らには猫もいた。


「ああ、新入生だったのか。そりゃあ、見ない顔のわけだね」


うんうん、とアリステアは納得する。「それで? 君たちは?」そう言って視線を向ける。「エース・トラッポラです・・・・・・」リドルの枷を付けた子が最初に応え「デュース・スペードです。よろしくお願いしますッ!」ともう一人の寮生が覇気のある声で言った。「オレ様はグリム様なんだゾ。んで、こっちは子分」猫はそういって紋章のない子を指さした。


「この子はオンボロ寮の監督生ちゃん。噂は聞いてるでしょ?」

「そういうことか。寮が無いからと言ってあそこに追いやられるなんて、可哀そうだね。何かあったら僕の所に尋ねておいで」


アリステアがそう言うと、監督生は嬉しそうにうなずいた。「ほんと、君って誰にでも優しいよね〜」アリステアの言葉を聞いて少し揶揄うようにケイトが言えば「それが僕のモットーだからね」と笑って答えた。


「それはそうと。君、リドルに何を怒られたんだい? ユニーク魔法なんか貰っちゃって」

「う・・・・・・それは・・・・・・」

「エースちゃん、昨日の夜に今度のパーティー用のタルトを盗み食いしちゃったんだよねぇ。それもタルトの一口目をね」

「ああ・・・・・・それでリドルが機嫌悪いのか。それは激怒するね。なんてったって、トレイ先輩のケーキはリドルの好物だしね。これは庇えないなあ」

「もういーじゃん、ちょっと食べたくらいでさあ?」


さんざん既に揶揄われていたのか、エースはムスッとした顔で拗ねる。これ以上揶揄うのは可哀想だと、アリステアはそれ以上は言及しなかった。そこでふと、思い出す。


「そういえば、僕、話の腰を折りました? それなら続けてくれていいですよ」

「いや、もう終わったところだ」

「そうそう。マレウスくんがヤバイって話してたところだから。つか、それを言うならウチの寮長も激ヤバだけど〜」

「ほんっとにな! 心の狭さが激ヤバだよ」

「ふうん? ボクって激ヤバなの?」


目を向けると、いつの間にか腕を組んだリドルがすぐそばに立っていた。それに気づいてアリステア以外はぎょっとする。現況のエースに至ってはリドルの存在に気づいていないようだ。

「エース! 後ろ!」隣のデュースが冷汗を流してエースに耳打ちをする。それに従って振り向けば、目の前にはリドル。「・・・・・・でぇ!? 寮長!?」エースは思ってもいなく、度肝を抜かれる。「コイツ、入学式でオレ様に変な首輪つけたやつなんだゾ!」グリムはリドルを見て叫んだ。「キミたちは、昨日退学騒ぎになった新入生か」4人にひとりずつ視線を向けるリドル。「ボクのユニーク魔法を変な首輪呼ばわりはやめてくれないか」不愉快だ、とでもいうようにリドルは言う。


「やあ、リドル。君も昼食を食べに来たの?」

「アリステア。いや、ボクはハートの女王の法律・第339条『食後の紅茶は必ず角砂糖2つを入れたレモンティーでなければならない』ための角砂糖を買いに行くところだよ」

「ああ。此処、角砂糖じゃなくてスティックシュガーだもんね」


アリステアはそういって苦笑いをする。ここまで真面目に法律に従うなんて、本当にリドルはハーツラビュル寮の寮長ふさわしい人だな、としみじみと思う。まあ、固すぎて厳しすぎるところも傷だが。


「ハートの女王の法律・第271条『昼食後は15分以内に席を立たねばならない』。昼食を終えたのなら、キミたちものんびりしていないで教室に戻るといい」


そのままリドルは角砂糖を買うため踵を返すが、何かを思い出したのか、ふと足を止めてアリステアに振り返った。


「アリステア、キミにはそこの1年生のお目付け役に任命するよ」

「え、僕が?」

「キミなら適任だろう? それじゃあボクは失礼するよ」


リドルは言い終わると、スタスタと大食堂を出ていってしまう。

「えっと、なんで僕が?」困ったな、と頬を掻く。「それだけリドルに信頼されてるってことだろ」「トレイくんの後の、次期副寮長候補だからねぇ」トレイとケイトはそういう。自分に面倒ごとが降りかからないで良かった、という顔をして2人は笑った。

「まあいっか。別に僕、暇だしね」それじゃあ、とアリステアはエースとデュースに振り向く。


「僕はハーツラビュル寮2年のアリステア・リーン。困ったことがあったら何でも僕に言ってくれ」


よろしくね、とピンクローズは優しく微笑んだ。