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千年の恋心



 コンコン、とノックを二回ほど叩いた。

 晴れやかな気持ちのままオズと別れたドロシーは、浮き立った様子でミスラの部屋に訪れていた。ドロシーの心は弾んでいて、ミスラに会いたい気持ちでいっぱいだった。この愛おしさを伝えたい、この気持ちを返したい、そんな思いで胸が溢れていた。しかし、ノックをした扉の向こうから返答は無く、また動く気配すらない。どこかへ行ってしまったのだろうか、と考えつつ、ドロシーはドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開いた。

 少しだけ開いた隙間から、そっと部屋の中を覗き込む。部屋は薄暗く、床にはよくわからない道具が乱雑にあちこちに転がっている。ゆっくりと視線を動かして部屋を見渡すと、ベッドに横になっているミスラを見つけた。部屋に居たことにほっとすると、扉に背を向けているミスラが不自然に身じろいだ。起きていることを確認して、ドロシーは静かに部屋の中へ入り込んだ。

 静かに扉を後ろで手で閉めて、ミスラのいるベッドに近寄る。背を向けるミスラの顔を覗き込もうとするが、顔を背けられ拒絶されてしまった。ドロシーは無理に視線を合わせるのを諦めて、その背中に呼びける。


「ミスラ」


 ぴくりとミスラの肩が揺れた。けれど、こちらに振り向いてくれることも、それに応えてくれることも無い。

 二人の間に沈黙が流れ出す。時計の秒針だけが動いて、何も起こらない。ドロシーはもう一度名前を呼ぼうと口を開いた。しかし、それが発せられることは無かった。


「よかったですね」


 その声音は切り裂くように冷たく、拒絶めいていた。

 ドロシーは一瞬、なにを言われたのか理解できなくて、その動きをぴたりと止めた。目を丸くして、背を向けるミスラを見下ろす。そんなドロシーの様子に気づいたのか、ミスラは居心地が悪そうに大きな背中を丸めて、ぼそりと小さな声で呟いた。


「オズと、元通りになれて」


 きゅっと唇を噤んで、顔を隠すように身体を丸める。そんな後姿を、ドロシーは見つめていた。


「ミスラ、顔を見せてちょうだい」


 ミスラがいま、どんな表情をしているのか、想像がつく。だからこそ、しっかりと顔を見て話したい。話さないといけない。ちゃんと、貴方に返せるように。

 ドロシーは振り向いてもらおうと肩に手を伸ばした。けれど肩に触れる前に、ミスラの手がそれを拒んで押し戻されてしまう。


「やめてください。俺を見てくれないのなら、もう・・・・・・触らないでください」


 最後の言葉は消えてしまいそうなほど小さかった。

 少しだけ身体を起こして視線を向けられたが、すぐに目を逸らされて俯いてしまう。伸ばした手を押し戻すと、ミスラはまた背中を向けて横になってしまった。

 ドロシーは押し戻された自分の手を見下ろした。わずかに一瞬触れただけなのに、そこだけが熱くて、いつまでもその感覚が残っている。その手をギュっと両手で握り込んで、ドロシーはもう一度ミスラにその手を伸ばした。

 髪に触れた。やわらかくて、ふんわりとした髪。燃えるような赤い髪。自分と同じ色をした髪。触れた瞬間、ミスラの身体が強張ったが、触れたそれを拒絶することも無く、黙ってそれを受け入れていた。優しく撫でつけるように髪を指に絡めて、頭を撫でる。そのまま耳に触れ、頬に触れて、指先でそっとなぞる。


「・・・・・・、ちょっと」


 しばらくされるがままのミスラだったが、我慢ならなくなって、逃げるように身体を起こした。また片手で触れてくる手を押し返して、文句を言ってやろうと振り向く。そこには、そっと目を細められた赤い瞳が、微笑みながらじっと自分を見つめていた。


「愛してるわ、ミスラ」


 なにを言われたのか、分からなかった。

 思考が停止して、頭が真っ白になる。周りの音が聞こえなくなって、目の前しか見えなくなった。呆然と目を見開いて、ミスラはドロシーを見つめた。ふんわりと、微笑みられる。頬を緩めて、口角を上げて、真っ直ぐと見つめてくる。幼い子供を見るような、慈しんだ笑顔ではなかった。そんな表情は、知らなかった。


「ミスラ」


 少しひんやりとした、けれどどこか温かい手に両頬を包まれた。指先で頬をなぞって、細い親指で目元を撫でられる。そのまま視線を合わせるように、顔を持ち上げられた。ほんのりと頬を染めて、堪らなく幸せそうな顔で、見下ろしている。その赤い瞳に、自分の姿が映り込んでいるのを、ミスラは見た。

 噛み締めるように赤い瞳が閉じられた。そのまま顔を寄せて、こつりと額が合わさる。


「どうか、貴方の想いに応えさせて」


 内側から湧き上がってくる感情を、ミスラは感じた。


「・・・・・・なら、証明してください」


 腰に腕を回して、グッと引き寄せる。力に従ってドロシーの身体はそのままベッドに乗り上げられ、ミスラの膝の上に乗せられる。ミスラの両手は腰を掴んでいて、逃げることも距離を取ることもできない。身体に触れながら、ドロシーは見上げてくる緑色の瞳を見つめた。



「俺だけを見つめると言うなら、誓ってください」


 乞うように、願うように、ミスラは言った。

 真っ直ぐに緑色の瞳に見つめられて、逃げることも逸らすことも、それは許してくれない。掴まれた両手に、力が籠ったのを肌で感じた。きゅっと眉根を寄せて、不安げな眼差しを向けられる。迷うように、怖がるように、そっと唇が開かれた。


「――千年の愛情を俺にくれると、約束してください」


 積み重ねてきた想いの年月と同じ分だけ、あなたから貰えるように。どこにも行かないように、縛り付けておけるように。魔法使いにとって、一番重いものを。

 縋りつくような希う瞳に、身体が絡めとられる。その言葉の意味も、重さも、ドロシーは理解していた。

 そっと持ち上げた手を、頬に添えた。冷えた手のひらから、ミスラの体温がじんわりと伝わって伝染していく。緑色の瞳は、真っ直ぐと自分を映しこんでいる。昔から変わらず、自分だけを見つめてくれていた。それが、たまらなく愛しかった。


「唯一、貴方だけを愛すると約束するわ」


 その瞬間、噛みつくように唇を奪われた。腰に腕を回されて、後頭部を抑えられ、抱きかかえられる。きついくらい、痛いくらいに抱きしめられて、二人の間に隙間なんて存在しないように、ギュっと身体を引き寄せられる。吐息が零れ落ちる。それさえも飲み込むように、熱い唇が食むように襲ってくる。息が苦しくなって、涙が滲んだ。ようやく唇が離れたと思えば、零れ落ちる前に涙を舌ですくわれ、息を吸った瞬間また唇を覆われる。

 ふいに、首元がきゅっと絞められた感覚がした。けれどそんなことを気にする余裕も無く、ドロシーは降ってくる口づけに応えることしかできない。一方で、ミスラは身に覚えのあるその感覚に、そっとほくそ笑んでいた。たまらなく溢れ出る高揚感に、ミスラはさらに唇を押し付ける。

 しばらくして、熱を持った唇が離される。は、と息を吐いて、熱い吐息が肌を撫でた。呼吸を整えていると、頬や目元にいくつも口づけを落とされて、最後に唇にそっと触れられる。くすぐったくて身じろいだが、強く抱きしめられて逃げることはできなかった。顎に指を添えられて、下を向いていた顔を持ち上げられる。 濡れた唇を指で撫でられ、甘く痺れたように身体が震えた。瞼を開ければ、熱を孕んだ眼差しが向けられていた。それだけで窒息してしまいそうなほど、満たされてしまう。

 緑色の瞳が近づいて、額が触れ合う。至近距離で視線が絡み合って、唇が開かれた。


「――愛してます、ドロシー」


 降り積もった雪を解かすように、口づけを落とした。