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やわらかな眼差しで守ってくれたんだね



 ドロシーはミスラの部屋を尋ねに来ていた。ずっと一緒に暮らして寄り添ってくれた彼に、一番に伝えなければと思ったからだ。

 扉の前に立って、ノックをする。しばらく待ってみても動く気配は無く、ミスラ、と呼びかけてみるが、やはり返答は無い。出かけているとは聞いていないが、もしかしたら部屋に居ないのかもしれない。ドロシーは入るわよ、と再度声をかけてドアノブに手を掛けた。


「ミスラ?」


 ゆっくりと扉を開いて、部屋を覗き込む。薄暗い部屋を見渡してみると、ミスラは抱き枕を抱えてベッドに寝転がっていた。部屋に居たことにほっと息をついて、ドロシーはゆっくりと後ろ手で扉を閉めた。そのままベッドの傍まで近づいて、横になるミスラを見下ろす。眠っている様子ではなさそうだった。

 ミスラ、と名前を呼べば、身じろいで抱き枕に顔を埋めてしまった。拒否されているような仕草に気づきながらも、ドロシーはそっとミスラに手を伸ばした。しかし、触れることは無かった。


「よかったですね。オズとよりを戻すことができて」


 棘のある声色だった。

 ぴたりと伸ばした手が止まった。目を丸くして、未だに顔を埋めてこちらに顔を向けてくれないミスラを見下ろす。

 なぜ、知っているのかは分からない。もしかしたら、見られていたのかもしれない。魔法舎の中庭なら、誰でも出入りできる。誰かに見られていても、おかしくはない。

 ミスラに拒絶されても、仕方のないことだ。ずっと一緒に居てくれた。それなのに、彼が欲しかったものを与えることはできなかったのだから。結局、彼が望んだものを与えることはできなかったのだから。なにも与えられなかった。なにも返せなかった。それでも。


「ミスラ」


 もう一度、名前を紡いだ。何度も声にのせて奏でた音。なぞる様に、その名前を呼んだ。

 ミスラは間を置いてから、ゆっくりと横たえていた身体を起こした。少し気まずそうに下げた視線で、おそるおそる振り返って、ドロシーを見上げる。そこで、小さく息をこぼれ落ちた。

 笑ってる。眉根を下げて、ほんのりと頬を緩めて、微笑んでる。静かに咲く花みたいに。笑った顔を見るより、泣いた顔を見る方が多かった。無理をして笑ってる顔を見るのが、いつもだった。それが、今は赤い瞳も澄んで、笑ってた。まだ晴れやかとは言い難いが、それでも、影は差し込んでいなかった。

 そっと瞼を閉じた。そして、ゆっくりと瞼を開け、ドロシーを見つめた。


「あなたは今、幸せですか」


 そう問いかければ、ドロシーは瞼を閉じた。


「ええ、幸せよ」


 少女みたいに、くしゃりと笑った。


「そうですか・・・・・・なら、いいです」


 本当は、嫌だけど。本当は、奪い取ってしまいたいけれど。でも、泣かせてしまうのはもっと嫌だから。涙を流させるのではなく、涙を拭うのが、唯一自分に与えられた権利だから。


「もう、ひとりで泣かないでくださいね。あなた、泣き虫なんですから」


 頬に触れて、親指で目元を撫でた。涙は流れていなかった。それがなんだか少し寂しい気がして、気付いたらフッと笑みをこぼしていた。

 その途端、突然ドロシーが飛びつくように抱きしめてきた。それを驚きながらも受け止めれば、首に腕を回され、擦り寄るように後頭部に手を添えられた。


「ありがとう、ミスラ。ありがとう。ずっと一緒にいてくれて、ずっと守ってくれて、ずっと寄り添ってくれて」


 耳元で、震えたドロシーの声を聞いた。ありがとう、ありがとう、と何度も繰り返して、力強く抱きしめてくる。優しい手つきで、頭を撫でられた。ときどき、肌が濡れた。仕方のない人だな、と頭の隅で思いながら、ミスラは黙ってそれを受け入れていた。


「ありがとう。大好きよ、ミスラ」
「・・・・・・ほんと、あなたってひどい人ですよね。でも・・・・・・それでもいいです」


 ミスラは両腕をドロシーの背中に回して、ギュっと抱きしめ返した。肩口に頭を押し付けて、全身で抱きしめて、抱きしめられた。


「・・・・・・俺の母親になってくれて、ありがとうございます、ドロシー」


 決して母と子の関係でも、あなたに向けるこの感情が母親に向けるそれではなかったとしても。貴方は確かに、母親のように愛し慈しんでくれていた。だから、いいです。まだあなたからの愛情は貰い足りないけれど、俺はちゃんと、あなたを手放しましたよ。

 ――ねえ、偉いでしょう、ドロシー。