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慰めの花



 ため息が部屋に響いた。

 ベッドに座り込んだまま顔を俯かせ、重い息を吐きだす。窓から差し込む太陽の日差しは眩しく、外から聞こえてくる元気な魔法舎の人たちの声は、やけに耳に付いた。
 
 ミスラのことが忘れられない。先日の記憶が、何度もぐるぐると頭の中をめぐる。

 あんなに声を荒げられたのは、初めてだった。以前に一度、ミスラを怒らせてしまったことがあるが、その時でもここまで声を荒げてはいなかった。何も言えなかった。ミスラの言葉が、鋭利な刃物になって胸に突き刺さる。きっと放たれた言葉たちは真実で、それに反論する言葉も持ち合わせてはいなかった。ミスラにあんな言葉を言わせてしまった。あんな言葉を言わせてしまうほど、あの子のことを追い詰めてしまったのか。あんなことを言わせてしまうほど、あの子のことを見ていなかったのか。

 千年以上、一緒に居た。オズと過ごした時間よりも長く、ミスラと一緒に過ごした。変化に乏しい寒い日々のなか、けれど確かに温かく愛おしかった日々を思い出し、ドロシーは零れてしまいそうな涙を我慢するように俯いた。


「ドロシー」
「――!」


 驚いて、ハッと顔を上げた。そこにはいつの間にか部屋に入って来ていたミスラが立っており、こちらを見下ろしている。ドロシーは目を丸くして、ミスラを見上げた。

 空間を繋げてドロシーの部屋を訪ねたミスラは、声をかけるなり呆然と見上げてくるドロシーを見返した。その赤い瞳が潤んでいたことに気づくと、ミスラは目を丸くして、怒られた子供のように視線を落とした。


「・・・・・・また、泣いてたんですか」
「ちがっ・・・・・・!」


 弾かれたように声を上げたが、最後まで言えずに言葉は飲み込まれ、項垂れた。ミスラになんて言えば良いのか、分からない。ミスラになんて言葉をかければいいのか、分からない。見えていたものが、途端に何も見えなくなるような感覚には、覚えがある。なにか言わなければいけないのに、言葉が喉に詰まって出てこない。ドロシーは項垂れることしかできず、それが情けなくて、膝に置いた手をギュっと握った。

 そのとき、突然視界に華やかな色が覆った。


「・・・・・・これ、あなたに差し上げます」


 目の前に差し出されたのは、小さな色とりどりの花だった。薄いピンクや黄色や白い花びらは、どこか温かな春を連想させる。リボンや紙で束ねられていないから、きっとどこかで摘んできたのだろう。「好きでしょう、花」ミスラはそう言って、ずいっと花を握った手をさらに目の前に差し出した。それにつられて花を受け取れば、ミスラはほっと息をついて差し出した腕を下ろした。

 ドロシーは受け取った花を見下ろした。花は好きだ。とくに、雪の中に咲く花が好きだ。花には、凍えた心をほっと溶かすような、包み込む温かさがあるように感じる。眺めているだけで、穏やかになれる気がする。


「・・・・・・私に、くれるの?」


 受け取った花を見下ろしたまま、ドロシーは呟いた。


「あなたのために取ってきたんですけど」


 受け取ってくれなければ困る、というような言い方で、ミスラは頷いた。

 あんな言葉を言わせたのに、あんな思いをさせていたのに、こうして花を贈ってくれた。花が好きだからと。花が好きだと知っていたから。この花たちから、ミスラの想いが伝わってくるようだった。それが、言葉にもならないほど、今のドロシーには嬉しかった。


「うれしい・・・・・・嬉しいわ、ミスラ。ありがとう」


 笑顔を浮かべながら、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。笑顔でいたいのに、涙があふれてくる。嬉しくて、内側から込み上げてくる。大切に花を胸に抱きながら、ドロシーはありがとう、ありがとう、と涙を零しながら何度も笑顔で呟いた。

 そんなドロシーを、ミスラは眺めていた。ぽろぽろと落ちる涙は、窓から差し込む日差しに反射して、きらきらと光っている。スッと心が洗われる。自分の中にあった黒い靄が、涙と共に流れていくようだった。


「嬉しいですか?」
「ええ・・・・・・ええ、嬉しいわ」
「なら、笑ってください」


 ベッドに腰を下ろして、親指で濡れた目元を拭う。赤い瞳に、自分の姿が映り込んだ。確かに、その瞳には自分が映っていた。


「春に咲く花みたいに。笑ってるあなたのほうが、似合ってますよ」


 大きく見開いた赤い瞳に、また涙が溜まった。そのままくしゃりと顔を歪めて、子供みたいに泣きじゃくる。そんな彼女の両頬に両手を添えて、俯く顔を持ち上げて、涙が溢れるたびにそれを拭った。何度でも、それを拭った。


「だから――泣かないでください、ドロシー」


 ――少なくとも。あなたの涙を拭う役目は、俺だけのものだから。だからどうか、笑って。