×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -





いえなかった言葉はいまも



 今まで視線を合わせず、言葉も交わすことも無く、最低限会うことも無いようにしていたオズが、話しかけてくるようになった。言葉は拙く、詰まってしまうことも、言葉が見つからずに黙ってしまうこともあるが、懸命に話をしようとしていた。合わなかった視線も、最近は交わることが増え、その真っ赤な瞳に自分の姿が映し出されることも多くなった。

 オズの変化に、アーサーや双子は大いに喜んだ。今まで自分から行動を起こそうとしなかったオズの行く末を見守り、温かい笑顔を向けていた。しかし、オズが積極的に行動を起こすたびに、ドロシーの心は荒んでいった。

 今までなら良かった。干渉してくるのは、他人だったから。それは本人たちの意志など関係ない、ただの押し売りだったから。ただのお節介だったから。でも、今は違う。今はオズ自身が、オズの意志で、関わろうとしてくる。

 どうして、今になって関わってくるの。
 どうして、今になって声をかけてくるの。

 オズの瞳に映るたび、オズに言葉をかけられるたび、心が抉られる。傷が抉られる。痛い、痛い、痛い。これ以上乱されたくない。オズが何を考えているのか、分からない。オズがどうしたいのか、分からない。あの瞳で何を見ている。あの眼差しの奥には何がある。分からない。分からない。昔は、オズが何を考えているのか分かった。オズが何を言いたいのか、何をしたいのか、理解できた。けれど、今のオズは何をしたいのか、分からない。理解できない。

 ――オズのなに一つさえ、分からない。

 それが寂しくて、悲しくて、辛くて、痛くて。
 もう自分さえも分からない。

 ――だから・・・・・・こんなおかしなことを、してしまったんだわ。


「ドロシー、さま・・・・・・?」
「――」


 なにを、しているのだろう。自分でも分からない。でも、身体が動いてしまった。こんな子を庇うなんて。妬ましくて、羨ましい。でも、それでもあの人の大切な子だから。あの人を変えた子だから。あの人の長い孤独を埋めた子だから。どんなに妬ましくて羨ましくても、あの人が愛しんだという事実だけで、私はきっと、愛せてしまう。大切なチレッタの子を愛しんだように。私を慕う、あの子たちを我が子のように愛せたように。きっと、愛せてしまうのだ。

 目を見開いて、訳も分からない顔をしている。おかしな顔。そんな表情をするのだと、初めて知った。なんだか微笑ましくて、こんな状態なのに、つい笑ってしまう。

 ふと、呆然としたオズと目が合った。零れ落ちてしまいそうなほど、真っ赤な瞳を大きく見開かせて、驚いているオズ。私でもそんな表情をさせられたのだと、少し誇らしく思った。

 ――このまま終われたら、良いのに。

 赤い水晶に金の装飾があしらわれた白い神秘的な杖が、天高く掲げられた。


「――《ヴォクスマーネ》」



* * *



 討伐で、ドロシーが怪我を負った。

 中央と北の国の魔法使いでの討伐で、〈大いなる厄災〉の影響で凶暴化した幻獣の討伐だった。決して誰も油断をしていたわけではない。誰の非でもない事態に、運が悪かった、と言うしかなかった。

 討伐する際、凄まじい力を誇る幻獣はたまたま近くにいたアーサーに狙いを付けた。アーサーはそれに気づき防御態勢を取ったが、咄嗟のことで上手くそれができなかった。そんなアーサーに、カインやオズはすぐに気づいて、魔法を放ってアーサーを助けようとした。だが一歩、彼らは遅かったのだ。次の瞬間には、ドロシーがアーサーを突き飛ばして庇っていた光景が広がった。その行動に、その場にいた誰もが目を見開いた。ドロシーは弱い魔女だ。それは誰もが知っていて、ドロシー自身も自覚していた。だから自分にはできない行動は絶対にしなかった。だが、ドロシーは無謀にもアーサーを庇った。防御魔法を張っていたが、幻獣攻撃に耐え切れず、魔法陣は砕けて、ドロシーは重傷を負った。次の瞬間に、誰もが死ぬと思っただろう。それにいち早く動いたのが、ミスラだった。けれど、それは不発に終わった。ドロシーが重傷を負いながら呪文を一言唱えると、幻獣は爆発的な攻撃を受けてその大きな身体を横たえた。その凄まじい魔力と攻撃は、まさに強さを誇る北の国の魔女だった。一瞬にしてドロシーが幻獣を倒してしまい、周りは思わず言葉を失った。目の前の光景が、信じられなかったのだ。しかし、その静寂もすぐに終わりを告げた。重傷負ったドロシーはそのまま意識を失い、その場に倒れた。酷い傷だった。素人が見ても、死んでしまうと分かってしまうほど、その傷は酷かった。

 焦ってアーサーが受け止め、ミスラがすぐに空間を繋ぎ、魔法舎に居るフィガロのもとへ急いで運んだ。フィガロは突然現れたミスラやアーサーに驚いていたが、重傷を負ったドロシーの姿を見ると、すぐに顔色を変えて部屋に運ばせ、治療に移った。難しい顔色を浮かべるフィガロに、アーサーたちは息を飲む。そして、アーサーたちは治癒のためフィガロに部屋から追い出され、ドロシーの無事を祈りながら談話室に身を寄せた。
 談話室には、重たい空気が流れた。ずっしりと肩にかかる重みに、誰も口を開こうとしなかった。そんな中、意を決してアーサーが震えた唇で口を開いた。


「オズ様、ミスラ。私が・・・・・・」


 アーサーが何を言おうとしているのか、誰でもわかっただろう。けれど、決してアーサーのせいではない。それ以上の言葉を紡がせないように、カインが強くアーサーの肩を掴めば、アーサーはハッと顔をあげ、そして悔しげに視線を落とした。そんな彼を、リケや賢者が心配する。


「スノウ、ホワイト」


 その時、ずっと押し黙っていたオズが口を開いた。発せられた声は低く、真っ赤な瞳は鋭く、鋭利な刃よりも恐ろしい。


「ドロシーのあれはなんだ、言え」


 地を這うような声。低く怒鳴りつけながら、オズは双子を睨みつけた。ここまで、怒りを露わにするオズを見たことはあるだろうか。

 しかしスノウとホワイトは一切動揺することなく、冷静に、もしくは冷淡に、じっとオズを見据えていた。そして淡々と口を開く。


「あれが、ドロシーの特質じゃ」
「特質・・・・・・? どういうことですか」


 ずっと黙って殺気立てていたミスラが、スノウに向かって口を開いた。言葉を間違えれば、一瞬にして殺されてしまいそうな勢いだった。


「オーエンが動物と話せ、人の感情を魔力とするのと同じじゃ。そういう体質なんじゃよ」


 続けるホワイトの言葉に、ミスラはじろりとオーエンを捉えた。そして続きを促すように、ミスラは再び双子に視線を向ける。「ドロシーは魔力が弱いが、それを蓄積する特質を持っておった」スノウは言う。ドロシーは自分の魔力こそ弱いが、他者から受けた魔力を自分の身体に蓄積し、それを跳ね返す力を持っていた。魔力が弱いからこそ、外から受けたものを自分の物にする力を得たのかもしれない。「だが、それはあまりに危険であった」ホワイトは言う。身体に魔力を蓄積するには、その魔力を受け止めなければならない。それは直に身体に攻撃を受けることを前提にしており、自殺行為と言っても過言ではなかった。


「だから我らはそれを禁じた」
「その力を使ってはならぬと、言い聞かせておった」


 その場に、静寂が戻った。

 双子の言う通りであれば、魔力が弱いドロシーが幻獣を倒せてしまったことも頷ける。あれは、アーサーを庇って幻獣の魔力を身体に受けたから、その力を跳ね返せたのだ。防御魔法を張っていたが、それもすぐに砕けて、身体に直接受けていた。そして蓄積された幻獣の魔力を、そのまま跳ね返した。だから、凄まじい威力を持っていたのだろう。


「・・・・・・私は聞いていない」


 オズは静かに告げた。聞いていない、と。一緒に居た自分にはなにも知らされていなかった、と。

 ホワイトは頷く。


「無論じゃ。誰にも話しておらぬ。ドロシーも、誰にも話さんかった」


 誰にも話さなかった。自分にさえも。

 オズとミスラは同じ事を考えていた。長く一緒に居た自分にさえも、話してはくれなかった。彼女のことなら知っていると思っていたのに、何も知らなかった。その事実が歯痒くて、堪らなかった。

 その時、談話室の扉が開いた。現したフィガロの姿に、全員が視線を向けた。


「フィガロ様! ドロシー様の容態は・・・・・・」
「大丈夫。ちゃんと意識も戻ったよ」


 すぐにアーサーが駆け寄ってドロシーのことを伺った。フィガロは安心させるように笑って、無事だと言う。それを聞き、アーサーたちは安堵の息を零した。よかった、と賢者たちは胸を撫でおろす。「まあ、それでもしばらくは安静・・・・・・」とフィガロはすぐに言葉を続けたが、その言葉を聞かずにオズが部屋を飛び出してしまった。そんなオズの背に、フィガロは呆れた笑みを浮かべた。

 とにかくドロシーは無事だ、とフィガロが告げ、みんなが一安心だと笑顔を浮かべていたなか、ミスラはひとり、立ち尽くしていた。視線は扉に向けられ、もう姿も見えないオズの背中を呆然と見つめている。自分よりも一歩早く、駆け出して行ったオズ。自分の前を歩くオズ。それに足を止めてしまった自分。


「どうして、俺じゃないんですか」


 その言葉は周りの音にかき消され、誰に伝わることも無く溶けた。








 目を覚ましたドロシーは、部屋を出て行ったフィガロの背を見送り、ベッドに上半身を起こした状態で、自分の両手を見下ろした。

 自分が何をしたのか、理解している。今まで生きてきて、使ったことも無ければ、使うつもりも無かった。弱い自分がそんなことをすれば、あっという間に死んでしまうから。けれど、咄嗟にそれを使ってしまった。いや、使ったのは後付けだ。頭で考えるよりも先に身体が動いてしまった。無我夢中に、目の前しか見えていなかったのだ。今回、こうして生きていられたのは運が良かっただけ。あんな攻撃を受けて、酷い傷も負ったのに、今こうして生きているなんて、自分でも不思議だ。これも、フィガロの治癒魔法のおかげだろう。いずれにしろ、今回は運が良かっただけだ。

 はあ、と重いため息をついたその時だった。

 大きな物音を立てながら、勢いよく扉が開けられた。開け放ったのは、オズだった。走ってきたのか、わずかに息を上がっている。あの瞬間に見た時のような表情をして、オズはそこに立っていた。驚いてドロシーも目を丸くしてオズを見つめ返していた。すると、オズはハッとして、足早に部屋へ入りこちらへ歩み寄ってくる。そのまま腕を伸ばして肩に触れようとしてきたが、触れる間際にその動きを止め、ゆるゆると伸ばした腕を下ろされた。その様子を、ドロシーはじっと見つめていた。


「・・・・・・よかった」


 安堵の息を零すとともに、オズはそんな言葉を吐きだした。全身から力が抜けたように項垂れて、よかった、と固く瞼を瞑る。

 そんなオズを、ドロシーはそっと目を細めて見上げた。


「どうして、そんな顔をするの」


 平坦な、声だった。

 ドロシーの言葉にオズは俯かせていた顔をハッと上げた。視線が混じり合うと、真っ赤な瞳は大きく見開いていて、徐々にそれは歪んでいく。


「・・・・・・おまえが無事で、安心、したからだ」


 言葉に慎重になりながら、本当の言葉を口にする。


「なぜ」


 返ってくる声は静かで、落ち着いていて。それがひどく冷たく聞こえた。

 なぜ、と問われ、オズはきゅっと口を噤んだ。手に力が籠った。拳が震える。なぜ、と問われてしまった。なぜ、と問わせてしまった。噤んた唇を、強く噛んだ。


「・・・・・・おまえだけは、失いたくない」


 絞り出すような声で、オズは言った。
 伏せられた瞼が上げられ、視線が合う。


「おまえだけは、どうか、生きてくれ・・・・・・ドロシー」


 懇願するかのように、オズは言う。
 瞳を閉じて、祈るようにオズは言う。
 その姿は頼りなく、大きな背中は小さかった。


「・・・・・・変わったわね、オズ」


 その姿をじっと見つめたまま、ドロシーは言った。
 オズは伏せた顔を上げなかった。


「貴方のそんな表情・・・・・・私、知らなかった」


 貴方がそんな風に驚くなんて。
 貴方がそんな風に焦るなんて。
 貴方がそんな風に笑うなんて。
 貴方がそんな風に悲しむなんて。

 なに一つ、知らなかった。


「私の知っているオズは、もう――どこにも居ないのね」


 まるで迷子みたいに、真っ赤な瞳が揺れていた。