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いっそ君の記憶だけ捨ててやりたい



 その日は、中央と北の魔法使いでの調査の日だった。場所は北の国で、ドロシーたちは賢者と共に、調査のためエレベーターで北の国へと足を踏み入れた。

 ドロシーは相変わらず、主に中央の魔法使いたちから不自然な対応をされていた。意味も無く訓練や外出に誘われたり、一緒に食事を取ろうとしたり、共通点も無いのに無駄に会話をしようとしてきたり。そんな扱いに疲れながらも慣れてきて視野が広がってくると、オズと会話をさせようとしていることに気づいた。思い出してみれば、これには少々スノウやホワイトそしてフィガロも絡んでいた。そうと分かれば、放っておいて欲しいのに、とドロシーは心の内でため息を落とした。

 また、少し変化もあった。アーサーからの呼び方が変わったのだ。挨拶をしたときは名前を呼び捨てにされていたが、ここ最近はドロシー様と呼ばれている。彼が敬称しているのは、オズやフィガロそしてスノウとホワイトだ。オズは彼にとって恩人であり、フィガロは兄弟子で、双子は師だ。きっと彼らのうち誰かから、ドロシーはオズと兄妹弟子だ、と聞いたのだろう。でなければ、敬称を付ける必要も無い。

 辺りを探索したのち、双子の助言によって、数人で固まってそれぞれ辺りを調査することになった。固まって探索していても、今のところ何も分からない。なら手分けした方が早いだろう。


「ドロシー、行きま・・・・・・」
「ミスラ、今日は私と行動しよう!」
「は、ちょ、引っ張んないでください」


 二人以上で組むように、と賢者に言われてミスラが早々に誘ってきたが、笑顔で割り込んできたアーサーに腕を掴まれ、強引に引っ張られて行ってしまった。恐れられているミスラに恐怖もせずあんな強引な態度に出れるとは、肝が据わっているな、と感心してしまう。

 アーサーに連れられ行ってしまったミスラたちの背を眺めたのち、カインはリケと、双子は賢者と組み、オーエンはカインたちに付いて行き、ブラッドリーは双子に強制的に連れて行かれた。そうしてアーサーや双子に意図され、オズとドロシーがその場に残った。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


 気まずさに耐え切れず、お互いに視線を逸らす。どちらも口を開くことは無く、しばらく無言のまま沈黙が続いた。しかし、いつまでも此処に立ち尽くしていることもできない。二人は無言を貫いたまま足を動かし、辺りを調査すべく探索を始めた。

 ザク、ザク、と静かな空間に足音が鳴り響く。目の前を歩くオズの後を付いて行くように、ドロシーは足場の悪い雪の上を歩いた。オズとの間隔を一定に保っているせいなのか、オズは頻繁に後ろを振り向いてこちらを窺っていたが、ドロシーはそれに気づいていない振りをして歩き続けた。


「・・・・・・寒いか」


 何度か振り返ったオズが、初めて口を開いた。顔をあげれば、こちらを窺う真っ赤な瞳と視線が交わったが、すぐに視線を下ろした。


「・・・・・・大丈夫よ」
「・・・・・・そうか」


 自分でも素気ないと思った。一言告げれば、オズは幾らか声色を沈ませて頷く。そのまま伏せた眼差しを目の前に戻して、また歩き出した。

 ヒュウ、と冷たい風が吹いた。そのせいで、思わず身震いをしてしまった。北の国は寒い。だが、魔法で体温を保っていれば問題は無い。しかし、『厄災の奇妙な傷』のせいで常に体温を奪われているドロシーには、いくら魔法で体温を保っていても無駄だった。低体温は治らず、常に寒気がする。オズの後を追いながら無意識に腕を摩っていると、突然聞き慣れた呪文が唱えられた。

 途端、身体の内からぽかぽかと温かい温もりに包まれた。冷え切った身体が温まり、ほっと息が出る。足を止め、驚いて顔をあげれば、オズは控えめにこちらを見つめていた。


「・・・・・・あ、ありがとう」
「・・・・・・いや」


 言葉に詰まりながら、なんとかお礼を告げる。けれど視線を合わせることはできず、顔を俯かせてしまった。

 オズは反応に遅れながら、平坦な返答をする。そのまましばらく、二人して次にどうすれば良いか分からず立ち尽くしていると、オズが「行くぞ」と口火を切り、再び雪の中を歩き始めた。

 また、沈黙が続いた。静寂のなかに、自分たちの足音しか響かない。みんなと別れてからどれくらい時間が経ったのか分からないが、かなり歩いたような気がする。けれど、調査をするような異変も見つからない。このまま歩き回っても効果が無いのなら、合流したほうが良いだろう。ぼんやりとオズの足跡を辿りながらそう考えていると、ふいにオズが足を止めた。

 止まったオズに気づき、ドロシーも足を止める。何かあったのだろうか、と顔をあげてオズを窺ってみると、オズはある一点に視線を注いでいた。じっと、真っ赤な瞳がそれを見つめている横顔を、ドロシーは見た。


「おまえが好きだった花を、今でも覚えている」


 オズはおもむろに、そう呟いた。

 なぜ突然そんなことを言いだしたのか分からず、ドロシーはオズの視線を追うように目を逸らした。すると、視線の先にはゆらゆらと風に揺れるそれがあった。「二輪の、花・・・・・・」白い二輪の花だ。雪のなかで、懸命に咲く白い花はどこまでも美しく、寄り添うように並んで咲き誇っていた。それは、いつか見た花と、同じだった。


「あの頃の、二輪の花と同じだ」


 柔らかく、優しげに、愛しむように微笑むオズに、息を飲んだ。
 懐かしそうに、思い出に浸るように微笑むオズに、言葉を失くした。

 ――ああ、酷い。

 すぐそこにいるのに、花を見つめるオズが、とても遠くに感じた。

 ――どうせなら、手酷く貴方に捨てられたかった。



* * *



 ミスラは強引に連れてこられたことに腹を立てながら、目の前を歩くアーサーの後ろを歩いていた。アーサーは会話を止めることなく、次から次へと話し続ける。その会話の大半を聞き流していたミスラは、突然足を止め、目の前を歩く背に投げかけた。


「そんなにふたりを元通りにさせたいんですか」


 少し先を行ったアーサーが足を止め、青い瞳を丸くしながら振り返った。その瞳と交わった緑色の瞳が、真意を確かめるようにじっと見つめ返している。


「もちろんだ。後悔の無いよう、お二人には話し合ってほしい」


 アーサーは口元に笑みを浮かべながら、真剣なまなざしで強く頷いた。それを見て、ミスラは拒絶するように瞼を下ろした。

 今さら、後悔の無いようになんて、馬鹿らしい。千年以上経っているというのに、今さら何だというのだ。後悔するくらいなら、最初からしなければよかったのに。けれど、そしたら・・・・・・きっとドロシーは此処には居ない。


「ミスラはドロシー様とはどのような関係なのだ?」


 純粋な瞳が、こちらを覗き込む。


「子供の頃、ふらりと俺の前に現れて、行く当てが無いから一緒に居させてくれと言われたんです。それからずっと一緒です」


 隠す必要もない。自分はずっとドロシーと一緒に居たのだと主張するように、ミスラは告げた。アーサーはそれを聞くと、すこし考え込むような素振りをして「少し違いはするが、私とオズ様との関係と似ているのだな」と笑った。それにミスラは「はあ?」と眉根を寄せた。目の前の少年がオズとどんな関係なのかは知らないが、自分とドロシーの関係をオズと一緒にされるのは不愉快だ。笑顔のアーサーに向かって、ミスラは不機嫌に顔を歪める。


「では、ミスラにとってドロシー様は母親のような存在なのだな」
「は」


 気の抜けた、素っ頓狂な声が零れ落ちた。

 母親。ドロシーが、自分の母親。ミスラは今までの記憶を振り返り、首を横に振った。


「母親なんかじゃありませんよ」


 そうだ。母親なんかじゃない。ドロシーは確かに、自分の母親ではない、と言った。だから、母親ではないのだ。

 そうなのか、とアーサーは首を傾げたが、それ以上追及することも無く、ミスラ自身がそう言うのならそうなのだろう、と頷いた。そのままアーサーは再び歩き出す。どんどん進んで行くアーサーの背をぼんやりと眺めながら、ミスラは記憶を振り返り、母親という単語をなぞった。


「母親のまま終われたら、良かったんですかね」


 そしたら何か変わっていたのだろうか、と思わずにはいられなかった。