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懺悔すらも赦されぬ



 魔法舎の談話室で、アーサーや賢者を含む数人の魔法使いたちは、難しい顔を突き合わせていた。オズとドロシーの仲を取り持とうとして、早数日。アーサーの呼びかけに応じて、カインやリケ、ルチルやミチル、レノックスやフィガロといった、中央と南の魔法使いたちが積極的に協力してくれたが、成果はあまり出ていない。二人の師であるスノウやホワイトも力になってくれているが、これもあまり効果が出ていなかった。


「なにか良い手はないだろうか・・・・・・」


 二人に共通点を生み出そうと同じ場所に誘ったり、上手く口実を作っても、オズとドロシーは極端にお互いを避けてしまう。話を振っても一言二言しか喋らず、お互いが向き合っていても一切会話をしようとしない。予想以上に上手く行かない事態に、彼らは頭を悩ませた。良い案は無いだろうかと、こうしたらどうだろう、あれをしてみてはどうだろう、と意見を交わしていると、コツンという足音が響いた。


「アーサー」
「オズ様!」


 振り向けばそこにはオズが立っていた。アーサーは無邪気に笑ってオズを迎い入れるが、数人の魔法使いたちは、話を聞かれていたのではないか、と会わせる。そんな彼らを見渡したあと、オズは目を逸らす双子とフィガロを鋭く睨みつけた。


「余計なことをするな、アーサー」


 眉間にしわを寄せ、鋭利な眼光を向けてオズはアーサーに言い放った。その真っ赤な瞳に睨まれ、その場にいた多くの者が、心臓を鷲掴まれたような感覚に襲われた。アーサーもそれに気圧されたが、ぐっと足に力を入れ、オズを見上げる。


「ですが、私は・・・・・・!」
「おまえには関係のないことだ」


 言葉を紡ごうとしても、オズが一足早く先に言い放ち、言おうとした言葉を飲み込むことしかできない。冷たい声。それは、他者が介入することを拒絶していた。アーサーは顔を俯かせ、握り込んだ拳を震わせた。「それでも・・・・・・私はオズ様に、もう一度だけでもドロシー様と話して欲しいのです」アーサーは真摯に言葉を紡ぎ続けた。頭に浮かんでいたのは、首飾りを見つめていたオズの姿。その姿がひどく寂しげだったことを、きっと誰よりも自分が知っていた。


「オズ様だって、本当はそう思っているはずです。でなければ、あの首飾りをいつも眺めているはずがありません」
「私は・・・・・・」


 力強く眼差しを向けてくるアーサーに、今度はオズが気圧された。逸らした視線の先には何も無く、ポケットに仕舞われたあの首飾りの存在が妙にちらついた。

 赤い水晶の中に浮かんだ白い花の首飾り。それを見るたび、何度も思い出した。自分が捨てた日々、自分が置いて行った存在。過去は戻らない。そう頭で理解しながら、記憶に刻まれた思い出に縋っていた。


「オズ様」
「・・・・・・」


 訴えかけるアーサーに、オズはどんどん顔を歪めていく。瞼を伏せ、顔を俯かせるそのさまは、世界を征服しかけた恐ろしい魔王の面影は無く、ただ一つの過去に想いを募らすひとりの人間の姿だった。そんなオズの姿を、フィガロは黙って遠くから眺めていた。

 しばらく沈黙が続いた。俯かせたオズは口を開くことは無く、アーサも黙ってオズを見つめるばかり。壁にかけられた時計の針の音が、やけに耳に付いた。


「・・・・・・もし、私が」


 慎重に開かれた唇から、言葉が発せられた。その声はかき消されてしまいそうなほど小さく、言葉をひとつひとつ確かめながら紡いでいた。オズの瞳が揺れた。俯いた視線の先で、此処にはいない、なにかをきっと見つめていた。


「私が、もし、赦されるのであれば・・・・・・」


 それは、祈りそのものだった。

 長い年月をかけて、雪のように積もりに積もった、たった一つの願い。

 目を逸らし続けた、オズの本心だった。


「は――なんです、それ」


 その瞬間、鋭利な刃物のような温度の無い声が、この場を貫いた。

 扉の傍にミスラは立っていた。一体、いつからそこにいたのかは分からない。ミスラは無表情に、けれどその瞳の奥に怒りを燃え滾らして、じっとオズを見据えていた。


「ミスラ」
「千年ものあいだ放っておいたくせに、今さらなんですか」
「・・・・・・」


 ミスラの容赦ない言葉に、オズは口を噤んでたじろぐ。堂々と立って殺し合いを幾度となく繰り返している二人からは、想像もできない光景だった。そんなオズを庇うように、アーサーが一歩前に出た。「ミスラ、オズ様も今まで後悔して・・・・・・」代わりに言葉を紡ぐが「知りませんよ、そんなの。自業自得じゃないですか」と、ミスラは冷たく切り捨てる。それにアーサーまでもが押し黙ってしまった。

 談話室に重たい空気が流れる。オズをじっと見つめるミスラと、それから目を逸らし俯くオズ。ぴりぴりとした空気に身体が固まって、周りはそれを見守るしかできなかった。


「千年です」


 おもむろに、ミスラが口を開いた。ミスラは続ける。


「千年ものあいだ、あの人は毎夜毎夜あなたのことを想って泣くんです。毎晩毎晩泣いて、いつもいつもあなたを思い出す」


 一瞬、緑色の瞳が憂いに伏せられた。

 小さい頃にずっとオズの寂しげな背を見てきたアーサーと同じように、ミスラも長い年月のあいだドロシーのことを見てきていた。ずっと自分の知らない誰かを思い出して枕を濡らすドロシー。その誰かを知って、約数百年。


「それをずっと見てきた俺の気持ちが分かりますか、オズ」
「・・・・・・」


 腹が立った。

 眉根を寄せ、眼光を鋭利に睨みつけるミスラに、オズは何も言えずに黙り込む。「俺はあなたが嫌いです、あなたという存在を知る前から」そうやって、俯いて顔を逸らす仕草が、さらに苛立った。何も知らない癖に。そんな言葉が頭を駆け巡る。言い放ってやりたい、突き付けてやりたい。でも、そんなことをしてやる価値も無い。


「たとえ、あの人があなたを赦そうと、俺はあなたを赦しません」


 それだけです、とミスラは踵を返し、そのまま談話室を出て行ってしまった。全員が押し黙ったなか、アーサーが引き留めたが、それに足を止めることなく、ミスラは姿を消してしまう。沈んだ空気だけが、そこに残った。


「私は・・・・・・」


 呟かれた言葉は、無意識に零れ落ちたものだった。声色は落ち込み、瞳の先にはなにも無い。諦めきった表情をしている。これではまた逆戻りだ。オズの本音を諦めて欲しくない。賢者は、今度は自分が、と足を一歩踏み出し口を開いた。だが、それは横を通りすぎたフィガロに阻まれる。


「そうやってまた手放すの、オズ」


 おまえはいつもそうだね、とフィガロは意地悪く笑った。


「そうやって傷つけることばかり恐れて、おまえはまたあの子の心を抉るんだよ。わかってる、オズ?」


 軽い調子で続けるが、紡がれる言葉はどれも事実で、重たく積み上がっていく。言葉が刃となって切り裂いているようだった。「傷つけない選択肢なんて、最初から無いよ。おまえがその亀裂を生んだんだから」その言葉が重くのしかかった。そんなこと、誰に言われるもなく自分が一番理解している。

 オズはフィガロを見つめていた視線を力なく下ろした。そんなオズに、フィガロはやれやれとため息を落とし、静かに口を開いた。


「でも・・・・・・その傷を癒していくかどうかも、おまえ次第なんだよ、オズ」


 落ち着いた声色で、告げられる。フィガロは愛想良く微笑んでいて、最後の背中を押すように、真っ直ぐと向いていた。

 傷をつけるも、それを癒すのも、自分次第。


「私は・・・・・・」


 その言葉が、ひどく心に残った。