×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -





こんな筈じゃなかったと、濁らせてゆく



 ――なんだか最近、周りの様子がおかしい気がする。

 そう感じたのは、いつ頃だっただろうか。けれどそれは徐々に、確実に、どこか不自然に、変わっていた。


「おはようございます、ミスラ、ドロシー」
「ふあ・・・・・・おはようございます」
「おはようございます、賢者様」


 いつものように、眠そうなミスラを連れて食堂に来た。

 相変わらずミスラは眠れないようで、大きな欠伸をしている。ルチルから抱き枕やアイマスクそしてハーブなども貰っているらしいが、全く効果は無いらしい。最近は眠るのを諦めてシャイロックのバーに入り浸ったり、どこかへ出かけていることも多いみたいだ。

 愛想の良い賢者に軽くお辞儀をして挨拶を返し、ドロシーは会話を繋げることなくさっさと食事を済ませようと足を踏み出した。しかしそれは阻まれることになる。


「よう、おはよう。早速で悪いが、手を握ってくれないか」


 食堂に入ってきたのに気づいて、駆け寄ってきたのはカインだった。カインは、相手に触れないと姿が見えない、という傷を負っているらしく、こうして毎日誰かに会えば握手を求めていた。会話もしないのだから、握手なんてしなくても困らないというのに。ドロシーは仕方なく差し出された手を一瞬だけ触れて、すぐさま腕を下ろす。続けてミスラとも握手を交わし、カインはしっかりと視線を合わせながら口を開いた。


「あんたたちも今から朝食だろ。席空いてるから、一緒に食おうぜ」
「え、あ・・・・・・」
「ちょっと、勝手にドロシーを連れて行かないでください」


 眩しい笑顔を浮かべて、カインは半ば強引にドロシーの手を引いて食堂の中を突き進んでいった。戸惑うドロシーは腕を振り払うこともできず、引っ張られるまま足を動かし、その後をミスラは大股に追いかけた。

 食事のときなどは、だいたい出身国同士で集まっていることが多い。そのためカインが向かった先は、中央の国の魔法使いたちが集まったテーブルで、無論そこにはオズが居た。「ほら、座った座った」オズの向かいの椅子を引いて、カインは座るように促してくる。それに困って視線をさまよわせれば、オズも気まずそうに視線を逸らしていた。


「ミスラも座れよ、一緒に食べるだろ?」
「はあ? オズと顔を合わせて食えって言うんですか?」
「嫌ならミスラは別のところに座って食べればいいです。僕たちは四人で食事をしますから」
「・・・・・・」


 文句を並べるミスラに向かって、引かれた席の隣に座ったリケが物怖じせずに言い放った。誰も一緒に食事をするなんて言っていないが、カインやリケにとっては決定事項になっているらしい。訴えるようにカインを見つめても、ニコニコと笑顔を浮かべるだけで前に進まない。ドロシーは仕方なく、カインに引かれた椅子に腰かけた。「はあ・・・・・・もう」ドロシーが腰を掛ければ、ミスラも諦めて、大きくため息をつきながらドカリとドロシーの隣の椅子に腰を掛けた。リケの向かいにカインが座れば、ようやく朝食が再開される。

 ネロが作ってくれる食事は絶品でどれも美味しいが、こんな気まずい食卓では食事の味なんてわからない。隣のリケやカインは、楽しそうに会話を弾ませ、時々こちらに話を振ってくるが、オズもドロシーも短い返答だけで、会話らしい会話はされない。気まずそうに二人して顔を俯かせる左隣では明るい会話がなされ、右隣では気にせず食事を食べている。どこから見ても、温度差の激しい食卓だった。


「良かったらこの後、一緒に訓練に参加しないか?」


 突然、カインはそう言って誘ってきた。どうやら朝食の後に、カインとリケはオズと魔法の訓練を行う予定らしい。北の国ではまともな訓練なんて一度もしたことがないが、他の国はしっかりと訓練をしているらしい。


「いえ、私は・・・・・・」
「ドロシーが参加する必要はない、カイン」
「・・・・・・」


 断りを入れようとすれば、初めて口を開いたオズが強い口調で言葉にかぶりながらカインに言い放った。最初から誘いに乗るつもりは無かったが、自分から言うのとオズに言われるのでは、受け取り方が変わってくる。自分でも面倒臭い性格だと思いながら、拒絶めいた言葉に視線を伏せた。そんなドロシーを見て、今度はオズが動揺し、また気まずそうに視線を逸らす。


「そんなこと言うなよ、人数が増えるのは良いことじゃないか」
「そうですよ、オズ。参加する必要が無いと決めつけるのは良くありません」
「・・・・・・」


 続いてカインやリケに言い詰め寄られ、オズはさらにあちらこちらに視線を彷徨わせた。この状況にどうすれば良いのか、オズにもドロシーにも分からなかった。真に中央出身の彼らは押しに強く、そして真っ直ぐだ。このままではオズもドロシーも押し切られてしまうだろう。オズに詰め寄る二人を横目に小さくため息を落とせば、隣に座っていたミスラが勢いよく椅子から立ち上がった。


「ドロシーは俺との予定があるので、失礼します」


 その音に驚いて全員が注目するなか、ミスラはそう言って座ったままのドロシーの腕を掴んだ。そして引き摺るようにドロシーの腕を引っ張り、その場を後にする。背後でカインとリケが声を上げていたが、ミスラが扉を出現させ、振り返る間もなくパタリと扉は閉まってしまった。

 突然のミスラの行動に目を丸くしていたドロシーだったが、扉が消え食堂から出てきたと分かると、ほっと息を吐いた。ふと、部屋を見渡してみれば、扉を潜った先は自分の部屋だった。


「どうして、私の部屋に?」
「此処なら眠れるかと思って」


 欠伸をして、ミスラはそう言った。腕を掴んだままミスラはベッドに向かって、無遠慮にその上に転がる。腕を引かれたドロシーも、そのままベッドに引き寄せられ、一人用のベッドに二人向き合いながら横になった。掴まれた腕を離されたと思えば、今度は背中にまわって、距離を詰められる。魔法でお腹まで布団を掛けられると、ドロシーはこの後の予定すべてを諦めて、枕に頭を乗せて仰向けに寝転がった。そしてまた、ため息を落とした。


「最近、周りの様子がおかしいとは思わない、ミスラ」
「さあ。騒がしいのはいつものことじゃないですか」


 尋ねてみるが、ミスラにはあまり変わったところは無いらしい。確かに騒がしいのはいつものことだが、明らかに賢者や中央の人たち、南の人たちからの対応が変わった気がする。それに、最近はやけにスノウやホワイトにも絡まれる。魔法舎に暮らしてからというもの、フィガロにも以前以上に絡まれているというのに。昔馴染みに絡まれるのは、他の人たちよりも疲れる。ドロシーはまた、ため息を落とした。


「なんです、疲れたんですか?」


 何度もため息を落とすドロシーに、ミスラが尋ねた。隣に寄り添うように寝転がりながらドロシーを見つめるが、仰向けに身体を横にするドロシーは天井を見つめるばかりで、こちらに視線はくれない。けれど、その瞼もそっと閉じられた。


「こころが、つかれたわ・・・・・・」


 ぽつり。弱音を吐くように、ドロシーは呟いた。

 声色からしても、相当疲れがたまっていることがミスラにも分かった。心が、疲れた。心が疲弊すれば、心で魔法を使う自分たちは、上手く魔法が使えなくなってしまう。それは魔法使いにとって決定的だ。

 ギシリ、ベッドが揺れて瞼を開けると、隣に寝転がっていたミスラが上半身を起こして、覆いかぶさるように両腕を付いて身をかがめていた。


「ミスラ」
「口を開けてください、ドロシー」


 ミスラの指が唇に触れる。長くて太い指先から、唇に体温を感じる。見上げれば、緑色の瞳がじっとこちらを見下ろしている。言われた通り小さく唇を開けば、ミスラはそこに小さな粒を二つ放り込んだ。シュガーだ。魔法使いが作るシュガーは、疲労や体力の回復効果がある。作る人によって形や味が変わるが、ミスラのシュガーは昔から極端で、とても甘い味がする。


「どうですか」


 口に放り込まれたシュガーを舌で転がして、溶けたそれを飲み込み、様子を伺って覗き込んでくるミスラを見上げる。


「ありがとう、ミスラ」


 楽になったわ、と柔らかい髪に手を伸ばし、小さい子にするように頭を撫でる。されるがままのミスラは、しばらく頭を撫でられると、また身体を横たえて、ドロシーに擦り寄るように距離を詰める。足を絡め、腕を回して、ドロシーの身体を引き寄せて、自分の中に閉じ込める。厄災の傷のせいでドロシーの体温は酷く冷たいが、肌を合わせてこうして寄り添っていれば、心地好い温もりがじんわりと伝わってくる。


「おやすみ、ミスラ」
「はい。おやすみなさい、ドロシー」


 もう一度ミスラの頭を撫でると、ドロシーはそのまま瞼を下ろして意識を手放した。今までの疲れがたまっていたのか、ドロシーはすぐに眠りに落ちて、寝息を立て始める。すやすやと自分の腕の中で眠るドロシーを、ミスラはじっと見つめた。ぞっと指の背で目元をなぞった。自分のように隈はできていないが、顔色は魔法舎で暮らす以前と比べて悪い。此処に来てからドロシーが疲弊しているのは、明らかだ。


「・・・・・・」


 横たえた身体をベッドに委ね、身体を寄せる。ドロシーの温もりを感じながら、ミスラはそっと瞼を下ろした。