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007


放課後、言われたとおり9時にジャックと夜月はオクタヴィネル寮にある『モストロ・ラウンジ』へ出向いた。


「あー、小エビちゃ〜ん。いらっしゃい〜。それに、ウニちゃんも来たんだ」
「だからウニじゃねぇっつってんだろ!」
「ようこそ『モストロ・ラウンジ』へ」


礼儀正しくジェイドが一礼し、夜月たちを席に案内する。「当店のご利用は初めてでいらっしゃいますね?」ジェイドは丁寧に当店の利用諸注意を説明した。『モストロ・ラウンジ』は紳士の社交の場。他寮とのもめごとはご法度。ここでは、どの寮の生徒もオクタヴィネル寮のルールに従うことになる。「さて・・・・・・お客様、本日のご用件は?」ジェイドが問いかける。「イソギンチャクの件について、支配人と話がしたいです」ジェイドはフフッと笑みをこぼし、かしこまりましたとお辞儀をした。


「今、支配人は別のお客様のご相談を受けておりまして。しばらく店内でお待ちいただけますか?」
「わかりました」
「ああ、そうそう。当店はワンドリンク制です。必ず何か1杯ご注文くださいね」


「イソギンチャクさん、こちらオーダーお願いします」ラウンジを歩き回る彼らに声をかけるとちょうどよくデュースとエースがいた。「悪いが、ドリンクを運ぶのが先だ」デュースの手にはドリンクの乗ったプレートがある。「混んでるんだし、注文くらいアンタがとれっての!」文句を垂れるエース。「イソギンチャクの分際で、口答えとはいい度胸ですね」その途端、またイソギンチャクが引っ張られ強制的にオーダーを取らせようとする。「ちょっとやりすぎなんじゃ・・・・・・!」痛がる2人を見て止めに入ろうとする。「おや・・・・・・困りますねぇ、お客様」


「先ほど申し上げた通り、ラウンジでは僕たちのルールに従っていただきませんと」
「言うこと聞かない困ったちゃんは、オレたちが絞めていいことになってるんだよねぇ」
「チッ・・・・・・新人いびりを見せびられて気分が悪いっていってんだよ」


「じゃあ、お前らがコイツらの代わりに店を手伝ってくれんの?」とフロイドが言えば「あっ、それいい! 今からヨヅキとジャックが臨時で手伝いするってことで」と調子よく2人に手伝わせようとする。「てめ、なに勝手に決めてんだ!」当然ジャックは怒る。「お前たちだって、店から追い出されたら困るだろう?」と言うデュースに「いや、そもそも貴方たちのために来てるだけだからそれほど困らないよ」と冷たく言えばガーンと効果音が付きそうな顔をするデュース。「マジでしんどいんだって。裏でグリムも身体中泡だらけになって洗い物してるんだぜ?」頼むよーと助けを求めるエースたちを見て、ジャックと夜月は顔を見合わせた。


「はぁ・・・・・・本当に今回だけよ」
「チッ・・・・・・しょうがねぇな」


結局、ジャックと夜月は『モストロ・ラウンジ』の手伝いをする羽目になった。「早めにカタつけて、さっさと寝たい」と零すジャックに「まだ9時だろ。お前、普段何時ごろ寝てるわけ?」とエースが聞き返す。「10時にはベッドに入ってる」と告げるジャック。「マジでただの良い子か、お前は!」規則正しい生活してるなあ、と落ち込んだデュースを慰めながら夜月は思った。



〇 ● 〇



「あれだけの混雑を捌ききるとは、見事なヘルプです」手伝いをしてある程度落ち着いてきたころ、パチパチと手を叩いてアズールが出てきた。タイミングを見測られた気もする。「大変お待たせ致しました。VIPルームの準備ができましたので、、どうぞこちらへ」アズールに従い、ジャックと夜月は彼の後をついてラウンジの奥へと進んだ。

通された部屋には向かい合うようにソファが置かれていた。ただ一番目を引いたのは後ろにある大きな金庫だ。見た目からしても厳重さをうかがえた。


「それで? 僕に相談というのは?」
「イソギンチャクの彼らを解放してほしいんです」


アズールと向かい合うようにジャックと夜月はソファに座る。「はっはっは、これはまた・・・・・・僕と契約した生徒、225人の解放ですって?」アズールは目を細めた。「225人!? そんなに契約してやがったのか」ジャックは驚愕する。まさかそこまで契約していたとは思わなかった。「さて、ヨヅキさん。あなたは彼らを自由にしてほしいと言いますが、僕は彼らに不当な労働をさせているわけではありません」アズールの言うことはおそらく正しいのだろう。労働問題はかなりあるように見えるが、彼らは契約書の内容に合意し『契約』を交わしてしまったのだから。「『契約』は可哀想だとか、そんな感情的な理由で他人が口を挟めるものじゃあないんですよ」一昨日お越しください、とアズールは続けた。


「そうですね。だから貴方と取引をしようと思って」
「――!? おい、お前何考えてんだ!?」
「ほう、僕と取引をしたいと?」


突然の夜月の言葉にジャックは目を見張る。「あはっ、小エビちゃん、度胸あるじゃん」アズールの背後に控えたフロイドがニヤついた。「しかし困りましたねぇ。確かヨヅキさんは魔法の力をお持ちでない、ほんとうにごく普通の人間だ」アズールは夜月を見据える。「それだけ大きなものを望むのでしたら、相応の担保が必要です」目を細めたアズールに「担保・・・・・・ですか」夜月は聞きかえす。「たとえば・・・・・・貴方が管理しているオンボロ寮の使用権、とか」フフッとアズールが薄ら笑った。「テメェら、最初からそれが狙いで・・・・・・」ジャックが噛みつく勢いで立ち上がった、その時だった。


「その話、乗ったーーー!!!」
「グ、グリムッ!?」
「もうこんな生活嫌なんだゾ! オレ様の毛は食洗器じゃねぇってんだ!」


突然VIPルームの扉が開いたと思えば、泡だらけのグリムが飛び出してきた。「グリムさん、従業員が仕事をさぼって立ち聞きとは感心しませんね」フロイド、つまみ出しておしまいなさい「はぁ〜い」ジェイドに言われフロイドがグリムをつまみ上げる。「まあまあ、お待ちなさい2人とも」連れ出そうとする双子に、アズールは引き留め再び夜月に視線を向けた。「ヨヅキさん、唯一の寮生であるグリムさんがこう仰っていますよ」


「どうします? オンボロ寮を担保に僕と契約なさいますか?」
「うう、ヨヅキ〜〜助けてくれぇ・・・・・・」
「おい、ヨヅキ。やめとけ! どうせこっちが不利な条件での契約に決まってる」


うっすらを笑うアズール。ジャックは受ける必要はないと夜月を止めようとする。


「契約の条件は?」
「おい!」


詰め寄るジャックに、まだ契約を受けるとは言っていないと片手で制す。「この契約の達成条件は――『3日後の日没までに、珊瑚の海にあるアトランティカ博物館からとある写真を奪ってくること』!」高らかにアズールは告げる。「俺たちに美術品を盗んで来いっていうのか!?」盗みを働くのかというジャックに、アズールは首を横に振る。「奪ってきてほしいのは、10年前撮影されたリエーレ王子の来館記念写真です」博物館の入り口近くに飾ってるもので、歴史的価値など一切ない、ただの写真のパネルだという。

「アトランティカ博物館は有名な観光所です。海底の1粒の砂金を探すような話ではありません」ジェイドが続ける。「そーいえば、オレたちもエレメンタリースクールの遠足で行ったっけ」フロイドが続ける。

「『珊瑚の海』って国は、国自体が海の底にあるはずだろ」ジャックがそもそもの問題を言う。「エラもヒレもない俺たちには滞在することすら難しい」条件が厳しすぎるんじゃねぇのかと「ジャックは続ける。「ご安心ください。君たちには水の中で呼吸が可能になる、こちらの魔法薬を差し上げます」そう言ってアズールは黄緑色に光る貝殻を模した瓶を手渡した。これを飲めば、水中で呼吸ができるらしい。


「さあ、どうします? 僕と取引し、契約書にサインしますか?」


「僕も暇ではないんです。早く決めてください。さあ・・・・・・さあ!」返答を急かすアズール。隣にいるジャックは黙って夜月に答えをゆだねた。


「契約します」
「いいでしょう! ではこの契約書にサインを」


『黄金の契約書』を渡され、テーブルに置いてあったペンを手に持ち、名前を書き綴る。「ふふふ・・・・・・確かに頂戴しました。これで契約は完了です」サインされた契約書を見詰める。もし契約通り、アトランティカ博物館から写真を奪ってこれなければ、オンボロ寮はアズールのものに。そして夜月もまとめて彼の下僕になる。「ジェイド、フロイド。お客様のお見送りを。3日後を楽しみにしていますよ」夜月はジェイドとフロイドに促されるままVIPルームを後にした。