いるはずのないひと
「そういえば、ちと耳にしたんじゃが・・・・・・」
軽音部の部室で暇をつぶしていると、ふと思い出したように零がそう言った。
そろそろ春が終わり、夏に移る頃の季節だった。日が昇っている時間が増え、夜が短くなる。太陽の日差しも強くなり、零や夜月にとって過ごしにくい季節になっていた。
「月永くんが、戻ってきたそうじゃな」
零は夜月の様子を伺おうと、赤い瞳をそっと向けた。顔を上げた夜月と視線が交わる。
「ああ・・・・・・そうみたいだね」
「む? 知らないのかえ?」
夜月の反応に零は目を丸くした。あんなにも待ち望んだ彼が帰ってきたというのに、それを彼女が知らないなんて。夜月にならすぐにでも会いに行くと思っていたが、これは予想外だ。
「会いに行かぬのか」
「ええ、私からは行かない」
夜月ははっきりと告げた。「レオは、いつか戻ってきたら私に会いに行くって言った」夜月は片手に持ったユニットのライブ資料に視線を落としながら続けた。「レオが来ないって言うことは、そういうことなんじゃないかしら」資料から顔を上げ、零を見る。「私はレオが会いに来てくれるのをずっと待ってるよ」
「歯痒いのう〜」
「ふふ、まあね。でもいいさ、レオが戻ってきてくれただけで、私は満足だよ」
「それじゃあ、私はそろそろ退散するよ」読んでいた資料を片付け、椅子から腰を上げる。「またね、零」ドアノブを引き、部室を出ていく。
レオの姿を見たという目撃情報はここ最近、ちらほらと出ていた。かといって教室へ行ってもレオの姿はない。レオは自由に歩き回っているのだろう。泉たちもその噂を聞いたらしいが、レオを見たことはないという。
『Knights』は変わらず活動している。『DDD』の自粛も解け、やっと活動できるようになったのだ。汚名返上をしなければ。
ふと、歩くのをやめ窓の向こうに目を向けた。一瞬、あのオレンジ色の髪が見えた気がするが、目を向けた先にそれはなかった。見間違いかもしれない。
「レオ、あなたはいったい何処にいるんだろうね」
ねぇ、私の『王様』――――