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「う、そ・・・・・・でしょ。どうして、貴方が! それに、なんで・・・・・・!」

「おうおう、取り敢えず落ち着けって」


ディーアは取り乱していた。こんなところで、クー・フーリンに出会えるなんて思ってもみなかったからだ。
クー・フーリンは腕の中で自分を見上げながら取り乱すディーアを笑って、落ち着かせようとディーアを抱え治す。突然の揺れに驚いて、ディーアは腕をクー・フーリンの首に回して安定させようとした。


「何でって言われてもな。此処の聖杯戦争で召喚されたんだよ。キャスターとしてな」

「キャスター・・・・・・?」


クー・フーリンの今の姿を、頭から足のつま先までまじまじと見つめる。
ランサーの時とは大違いの格好だ。水色のローブを羽織って、今思ってみれば、片手にはあの朱槍ではなく杖を携えている。


「たしかに・・・・・・格好も違えば、槍すら持ってないわね」

「何の間違いかねー? 俺をキャスターで喚ぶなんざ」


「あーやだやだ」クー・フーリンはそう愚痴をこぼす。ランサーで喚ばれなかったことが悔しいみたいだ。それもそうだろう。強敵と自分の全力を出して戦うのが彼は好きなのだから。
しかし、キャスターとして喚ばれたことに疑問は抱かない。あの師匠から学んだのだ。普段は面倒だからと使わないだけで、ルーン魔術に彼は長けている。


「んで? オメーはなんで此処にいるんだ? また移動してきたのか」


そう言って赤い眼で疑問を投げる彼に、ディーアは首を振った。


「いや、違うわ。いま私は・・・・・・」


微かな、音がした。
それにいち早く反応した彼らは会話を切り上げ、辺りを警戒する。どうやら近くにスケルトンがいるみたいだ。


「取り敢えず、場所を変えんぞ。此処じゃ丸見えだ」


その言葉にうなずき、一先ず身を隠せる場所に移動することにした。



◇ ◇ ◇



逃げ込んだ場所は、朽ち果てたビル。窓は割れ、床や壁にはひびが入っている。一先ず屋内という事で、身は隠せるだろう。
ディーアは部屋にあった机に腰を下ろし、クー・フーリンはその近くで壁に背を預けた。

身を落ち着かせると、ディーアはまず自分の状況を語った。
いま、自分はある世界のカルデアという組織に身を置いており。そこで人為的な爆発事故に巻き込まれ、重傷を負った。目覚めるとこの世界にいて、傷は完治していた。おそらく、わずかに生き残った者は此処にレイシフトしてしまっただろう、と。


「なるほどねぇ・・・・・・」


細かいところを省きながらも、ディーアは自分の素性を知る一部の人物であるクー・フーリンに此処までの事を語る。話を聞き終えた彼は、何かを考えうように顎を指で挟んだ。


「クー・フーリン」

「あ?」

「私も聞きたいのだけど・・・・・・この冬木の聖杯戦争を」

「・・・・・・ああ、そうだな」


クー・フーリンは壁から身体を離し、向き合うように姿勢を正した。

此処で始まった聖杯戦争はいつも通りのものだった。7騎のサーヴァントを7人のマスターが召喚し、聖杯を取り合う、最後の一人になるまで戦い続ける殺し合い。だが、それはいつの間にか何か別の物にすり替わっていた。街は一夜で炎に覆われ、サーヴァントだけを残して人間は消え去った。そんな中、真っ先に聖杯戦争を始めたのはセイバーだった。次々にサーヴァントは倒れ、倒されたサーヴァントは真っ黒い泥に汚染され、セイバーの手ごまとなった。


「それを打破すべく俺一人動いてんだが、あいにくと戦力が足らなくてな」

「そう・・・・・・そんなことが・・・・・・」


ディーアは顔を俯かせた。
聖杯戦争が何かの拍子に狂いだした。人間は消え、サーヴァントだけが残る、この街。街は燃え、サーヴァントは黒い泥に汚染される。


「――人間は、消えたのか」

「・・・・・・ああ。残ったのは俺たちだけだ」

「そう――そんなことだろうと思った」


この世界の光景は、あまりにも”あの光景”に似ていた。

しばらく沈黙が続いた。沈黙の中、クー・フーリンはディーアを静かに見つめていた。
ディーアの心情は理解できる。素性を知る者なら、この光景を見た彼女の心情など容易に想像できるだろう。しかし、いつまでもこうしている余裕はない。


「アンタはこの後どうする、ディーア」


その問いにディーアは俯かせていた顔をあげ、クー・フーリンを見つめ返す。そうして今後の事を思案し、口を開く。


「取り敢えず、私以外にレイシフトとされた人を探したい。コフィンは95%を下回ると電源が落ちる。爆発が起きた時、コフィンに入っていなかったのは三人。少なくとも、一人はいるはずなの」


オルガマリーとマシュ。そしてディーア。適性を持たないオルガマリーは怪しいが、マシュならいる可能性がある。可能性が少しでもあるのなら、探し出さないといけない。
他にも、まずはカルデアと通信できる場所を探さないとならない。度々試してはいるが、カル出戸の通信は一向に繋がることは無い。


「あー、そのことなんだが。アンタを見つける前、二人見たぜ」

「・・・・・・! どこで! どんな子だった?」

「一人は黒髪の坊主だったな。んで、もう一人は盾を持ったサーヴァントの嬢ちゃんだ。アーチャーの野郎、恐らく嬢ちゃんの盾を警戒していち早く攻撃を仕掛けてやがった」

「盾の、サーヴァント・・・・・・」


マシュに憑依したサーヴァント。このタイミングでデミサーヴァントが覚醒された。盾というなら十中八九マシュに違いない。
それに、黒髪の少年。思い当たるのが藤丸立香ぐらいしかいない。だが、あの場にはいなかったはず。


「急いで合流しないと」

「そう言うと思ったぜ。で、こっからが俺の提案なんだが・・・・・・」


クー・フーリンはディーアの目の前まで歩み寄ると、ずいっと顔を近づけディーアを覗き込んだ。それに驚いて、ディーアは後ろ手をついて身体を後ろにそる。


「俺と契約しようぜ」

「え?」


目を丸くしたディーアに、クー・フーリンはにやりと口端をあげた。


「サーヴァントはマスターがいないと本領発揮ができねえ。んで、アンタは仲間と合流したいが外にはあいつ等がうようよいる。魔術師や人間相手ならよかっただろうが、流石に今のアンタじゃてこずるだろ? 加えてアンタといたほうがこの状況を打破できそうなんでね。一石二鳥だろ?」


確かに、そうだ。
今の私には戦力がない。一人で向かうには無理がある。話に聞けば、汚染されたサーヴァントもいるのだから。


「――わかった。もう一度貴方と契約するわ、クー・フーリン」

「おう、そうこなきゃなあ」


机から腰をあげ、クー・フーリンと一定の距離を開けて向かい合う。呼吸を整え、目の前のことに神経を集中させる。そうして、かつて令呪が宿っていた手を伸ばす。


「――再契約を此処に、告げる。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――――!」

「――ああ、今からアンタが俺のマスターだ」


手の甲にピリッとした痛みが走る。目を向ければ、そこには見慣れた赤い令呪が宿っていた。けど、以前彼と契約した時とは違う模様だった。

それを見つめていると、令呪の宿った手を突然取られ、握られたと思えば引き寄せられる。胸板に額をぶつけ、見上げようとすれば、空いた片手が後頭部にまわって頭を持ち上げられる。


「やっぱ・・・・・・アンタと繋がってるってのは、良い気分だ」


獲物を捕らえるような、獣のような、赤い瞳だった。
この瞳を知っている。何度も見つめられたあの赤い眼に息をのんで、捕まってしまう。


「なあ、ディーア?」


噛みつかれた唇からは、くぐもった声が零れ落ちた。


2



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