高熱を出したディーアは自室に籠り、ベッドに臥せった。
医神のアスクレピオスに診てもらえば、ただの風邪だと判断された。原因になるウィルスなどの要因は綺麗なシャドウボーダーには見当たらない。それを含めて、アスクレピオスは「精神的に弱っているせいだろう」と口にした。人は、それで身体に不調をきたすことがあるという。
なるほど。どうやら私は、それほどまでに弱っていたらしい。
病気などには今までの人生で、一度として罹ったことはなかった。人に聞いた聞いた症状にから、二日酔いのようなものだと考えていた。酷い頭痛に怠さ。確かに症状は同じかもしれないが、やはり違う。病とは、こんなにも辛いものなのだと、初めて知った。
彼女を慕うサーヴァントの多くは彼女を心配し、看病を申し出た。最初に申し出たのはエドモン・ダンテス。それに続き、カルナやアルジュナたちが次々と申し出た。
「大人数で何度も出入りしては治るものも治らない」と、ダ・ヴィンチとホームズが口にすれば、アスクレピオスの「誰かひとり、傍に置いておいた方が対応が早い」という言葉もあり、一日交替で一人が彼女を看病することになった。
そうして選ばれたのが、アシュヴァッターマンだった。
アシュヴァッターマンもディーアを心配していたが、何人ものサーヴァントが彼女の看病を申し出るので、自分の出番はないと遠くで眺めていた。しかし看病者を決める勝負の際、カルナの「心配ではないのか」という言葉に「心配に決まってんだろう」と返すと、カルナによってその勝負の参加者にされ、流されるがままに受ければそれに勝利を収めてしまった。
カルナは「仕方あるまい」と清く次に諦めたが、アルジュナは結構悔しそうな顔でアシュヴァッターマンを無言で見つめた。それを背に受けながら、アシュヴァッターマンはディーアの部屋へと向かった。
「マスター、入るぞ」
扉を控えめにノックしてから部屋に入る。スライドした扉を抜けて部屋に入れば、ディーアがベッドで荒い息をして魘されながら眠っていた。
腕の鎧などを解いてディーアの額に手を添えてみる。体温は未だ高い。呼吸も荒いし、汗も結構掻いている。
ダ・ヴィンチの話によれば、コイツは一度も病にかかったことがないらしい。それを始めて味わっている今のコイツは、かなり苦しいだろう。どうしたものか、と思案していると、ディーアの瞼がゆっくりを上がり、瞳がアシュヴァッターマンを捉えた。
「ア、シュ・・・・・・ヴァッター、マン・・・・・・?」
「あぁ、悪い・・・・・・起こしたか?」
「ううん・・・・・・」
優しく頭を撫でると、熱で苦しそうにしていた顔から少し笑みが浮かんだ。それにアシュヴァッターマンも微笑む。
ディーアの瞳は涙でとろんとし、呂律もあまりまわっていない。
かなりの高熱だ。無理もない。
「薬は飲んだのか?」
「ん・・・・・・アスクレピオスが、その場でくれたから・・・・・・次の薬は、あとで持ってくるって・・・・・・」
「そうか」
ベッドの端に腰を下ろして、少しでも和らぐようにと頭を撫でる。
「何か欲しいもんあるか?」アシュヴァッターマンの問いかけにディーアは首を振る。アシュヴァッターマンは「そうか」と微笑むが「あー、水とタオルでも持ってくんだったな」と口にする。
「少し待ってろ」と言い、アシュヴァッターマンはベッドから立ち上がる。水とタオルを取りに行こうとするアシュヴァッターマンだったが、それを予想外にディーアが必死に止めた。
「ま、待って・・・・・・!」
「うおっ!?」
ディーアは立ち上がったアシュヴァッターマンの手を引き、ベッドに寝かしていた上半身を起こして彼を止めにかかった。突然の事にアシュヴァッターマンは驚き、ディーアに振り向く。
「お願い・・・・・・! いかないで・・・・・・っ」
ディーアは珍しく切羽詰まった様子でアシュヴァッターマンに訴えかけた。
いつも他人の前では余裕のある様子を見せるディーアのため、アシュヴァッターマンは少なからず彼女の様子に驚いていた。
「い、いや。水を取りに行くだけだろ。アンタだって、汗かいてんだから水を飲んだ方が良いだろ?」
驚きを隠しながら、子供をあやす様に言う。いつもなら怒りに燃えて怒気を放つ彼だが、病人に起こるような彼でもない。
けれどディーアは掴んだ手を離さなかった。
「お願い・・・・・・! ひとりに・・・・・・ひとりに、しないで・・・・・・っ!」
ぽろぽろと、涙が頬を伝って落ちた。ビー玉みたいに大きな雫が、ぽたぽたとシーツにシミを作った。涙を流して身体を震わせるその姿は、ひどく弱々しかった。
アシュヴァッターマンは呆然とその姿を見つめていた。今まで、ディーアが一人で密かに涙を流していたところや、時々情緒不安定になっていたところを見たことはあった。でも、その時ですら、ディーアは他人に縋ることは無かった。何事も無かったかのように、いつも大丈夫だと口にして、微笑んだ。だから、大粒の涙を流しながら懇願するディーアなど、想像もつかなかったのだ。
ああ、そうか。コイツは今、怖くて、不安で、寂しくて、堪らねえんだ。
初めて病にかかって、訳も分からない熱にうなされて、弱り切った身体のせいで今までため込んできたもんも全部溢れちまって、ただただ、堪らなくて、恐ろしいんだ。
アシュヴァッターマンは仕方がないと溜息を吐き出し、頭をガシガシと掻く。
「――わかった。何処にもいかねーから、とりあえず手ェ放せ」
アシュヴァッターマンを握った震えた手は、ゆっくりと離された。
ベッドの端に腰を下ろしてディーアを覗き込む。涙は止まらず、ボロボロと流れた。
「あー、泣き止まねえと目ェ腫れちまうぞ」
両手で頬を包み込んで親指で涙を拭うが、次々と涙は流れ落ちる。
止まらない涙を拭うことを諦めたアシュヴァッターマンは、ディーアの肩を抱き寄せる。
「おら、こっち来い」
「え・・・・・・?」
されるがままに抱き寄せられれば、ポスンとベッドに二人して横たわる。ディーアはアシュヴァッターマンの片腕を枕にして、もう一方の片腕で布団をかけられ、背中に腕を回される。いつの間にか鎧は全て解かれていて、抱きしめられながら、腕枕をして、添い寝をされていた。
「取り敢えず、寝ろ。薬は飲んでんだから、寝れば多少は楽になるだろ」
「う、ん・・・・・・」
「だから寝ろ。アンタの気が済むまで、傍にいてやっから」
そう言って、背中に回された腕に力が入って抱き寄せる。
アシュヴァッターマンは「傍にいて欲しい」という頼みを、聞き入れたのだ。
隣にいるアシュヴァッターマンを見上げると、彼は一緒に眠るつもりなのか瞼を下ろしていた。彼の優しさが嬉しくて、そして近くにいるという存在に安心して、ディーアはアシュヴァッターマンに寄り添った。「ありがとう・・・・・・」そう呟いて眠りに入った彼女の表情は、安堵に笑みを浮かべていた。
「――ああ、ゆっくり眠ってろ」