×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
「……ほら」

「あ、ありがとう」


少年からホットティーを受け取り、それを一口飲む。
丁度いい温かさが身体に流れ込み、寒さを消してくれる。ほっと彼女は息を吐いた。

あの後、少年についていくと彼の家にたどり着いた。
そのまま上がらせてもらい、暖炉を焚いて毛布や紅茶を与えてくれた。
彼のやさしさに甘え温まる。やっと指先の体温が戻ってきたころ、再び少年が口を開いた。


「で? こんな朝方に何してたのさ」

「……さぁ? 何をしていたんでしょうね」


真実は言わず、取り繕った嘘も言わず。曖昧な答えを返す。


「はぁ? ……じゃぁ、どっから来たのさ」

「さぁ?」


これこそ答えられそうにない。
少年は不機嫌そうに息を吐く。彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。

少年が数分、暖炉の焚火を眺め何やら考えていると、ふととある結論に至った。


「お前、もしかして記憶喪失……とか?」


彼女は目を丸くした。
勿論、記憶はある。しかし、そう名乗った方がいいだろう。嘘エおつたえるのは気が引けるが、彼女はそれを肯定した。
すると少年は先ほどまでの不機嫌さを消し、同情や憐みの瞳を彼女に向けた。


「じゃぁ名前は? 名前くらい覚えてるだろ?」

「名前……」


彼女の頭の中に、以前使用していた二つの名前が浮かぶ。
どちらで名乗るべきかと考え、少年を灰銀の瞳に映す。


「ディーア」

「そう。僕はウェイバー・ベルベット。他に覚えてることは?」


んー、と彼女は悩む。
まず身内はいないと伝えた。優しさから探そうと言われても存在しないのだから、それは困る。
少年もそれを聞き、身内探しは絶たれ彼女をどうしようかと悩み始める。

そんな少年を置き、また一口紅茶を飲む。
ふと視界に分厚い古びた本が目に入った。それを見てディーアは少年に目を移した。


「貴方、魔術師なの?」

「は!?」


ウェイバーは驚いた。視線をディーアに映したと思えば次は先ほどの本に映し、またディーアに目線を映す。
少しの沈黙。お互い見上げ見下ろし、瞳に映す。


「ま、まさか……」

「私も似たようなものでね。一応……えぇ、魔術師よ」


そう答えるとウェイバーはガクリと肩を落とした。驚きから身体を張ってしまったのだろう。
「魔術師がなんで記憶喪失に……」とブツブツ呟くが、何かをした際に影響を受けたのだろう、と結論を出す。

ウェイバーは再びディーアを見据えると何処からか石を取り出し、それを渡しては魔術でそれに何かしてみろと投げかける。
彼からそう言われ、ディーアは自分の魔力を確かめるようにその石を変化させた。

石は灰色から水晶のように透明になり、そのまま一輪の花に形を変えた。


「どうかしら」

「……」


ウェイバーは石だったものを凝視した。言葉を失い、それを見つめる。
一体どんな経路でそれを行ったのか全く分からない。目の前にいるディーアが魔術にとっても異質だと、ウェイバーは悟る。


「……お前、行く当てとかないよな?」

「えぇ、ないわ」


小首を傾げ、ディーアは応える。


「じゃぁ、お前が思いだすまで此処にいても良い」

「え?」

「その代わり! ……僕に魔術を教えろ。交換条件だからな!」


ふん! とウェイーバーは腕を組み顔をそむけた。
ディーアにとっては願ったり叶ったりだ。ディーアは『それ』が始まるまで、此処に身を置いてもらおうとそれを受け入れた。


――聖杯戦争まで、あと一年。



僅かで穏やかな時間

prev | next
table of contents