「あ、ありがとう」
少年からホットティーを受け取り、それを一口飲む。
丁度いい温かさが身体に流れ込み、寒さを消してくれる。ほっと彼女は息を吐いた。
あの後、少年についていくと彼の家にたどり着いた。
そのまま上がらせてもらい、暖炉を焚いて毛布や紅茶を与えてくれた。
彼のやさしさに甘え温まる。やっと指先の体温が戻ってきたころ、再び少年が口を開いた。
「で? こんな朝方に何してたのさ」
「……さぁ? 何をしていたんでしょうね」
真実は言わず、取り繕った嘘も言わず。曖昧な答えを返す。
「はぁ? ……じゃぁ、どっから来たのさ」
「さぁ?」
これこそ答えられそうにない。
少年は不機嫌そうに息を吐く。彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。
少年が数分、暖炉の焚火を眺め何やら考えていると、ふととある結論に至った。
「お前、もしかして記憶喪失……とか?」
彼女は目を丸くした。
勿論、記憶はある。しかし、そう名乗った方がいいだろう。嘘エおつたえるのは気が引けるが、彼女はそれを肯定した。
すると少年は先ほどまでの不機嫌さを消し、同情や憐みの瞳を彼女に向けた。
「じゃぁ名前は? 名前くらい覚えてるだろ?」
「名前……」
彼女の頭の中に、以前使用していた二つの名前が浮かぶ。
どちらで名乗るべきかと考え、少年を灰銀の瞳に映す。
「ディーア」
「そう。僕はウェイバー・ベルベット。他に覚えてることは?」
んー、と彼女は悩む。
まず身内はいないと伝えた。優しさから探そうと言われても存在しないのだから、それは困る。
少年もそれを聞き、身内探しは絶たれ彼女をどうしようかと悩み始める。
そんな少年を置き、また一口紅茶を飲む。
ふと視界に分厚い古びた本が目に入った。それを見てディーアは少年に目を移した。
「貴方、魔術師なの?」
「は!?」
ウェイバーは驚いた。視線をディーアに映したと思えば次は先ほどの本に映し、またディーアに目線を映す。
少しの沈黙。お互い見上げ見下ろし、瞳に映す。
「ま、まさか……」
「私も似たようなものでね。一応……えぇ、魔術師よ」
そう答えるとウェイバーはガクリと肩を落とした。驚きから身体を張ってしまったのだろう。
「魔術師がなんで記憶喪失に……」とブツブツ呟くが、何かをした際に影響を受けたのだろう、と結論を出す。
ウェイバーは再びディーアを見据えると何処からか石を取り出し、それを渡しては魔術でそれに何かしてみろと投げかける。
彼からそう言われ、ディーアは自分の魔力を確かめるようにその石を変化させた。
石は灰色から水晶のように透明になり、そのまま一輪の花に形を変えた。
「どうかしら」
「……」
ウェイバーは石だったものを凝視した。言葉を失い、それを見つめる。
一体どんな経路でそれを行ったのか全く分からない。目の前にいるディーアが魔術にとっても異質だと、ウェイバーは悟る。
「……お前、行く当てとかないよな?」
「えぇ、ないわ」
小首を傾げ、ディーアは応える。
「じゃぁ、お前が思いだすまで此処にいても良い」
「え?」
「その代わり! ……僕に魔術を教えろ。交換条件だからな!」
ふん! とウェイーバーは腕を組み顔をそむけた。
ディーアにとっては願ったり叶ったりだ。ディーアは『それ』が始まるまで、此処に身を置いてもらおうとそれを受け入れた。
――聖杯戦争まで、あと一年。