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「はあッ!!」


 大きく槍を振りかざし、海魔の手足である触手を切り裂く。しかし、どんなに深く切りつけようと、次の瞬間には跡形もなく傷は塞がり、なんの効果ももたらさない。どんなにセイバーやライダーそしてカルナが猛攻をしようと、海魔はものともしない。ほんの僅かに海魔の動きを遅らせるだけの、ただの悪足掻きにしかすぎなかった。


「おお、勇ましいなあ! 流石は名立たる大英雄よ! しかし……」


 頭上に雷鳴を轟かせたライダーが、鋭く切り裂くカルナの敏捷な動きに感嘆の声を上げた。このような絶望的な状況のなかでも笑みを忘れないのは、流石は大国を築いた征服王と言ったところだろう。しかし次には、その嬉々とした声音を落とし、冷静に目の前の海魔に視線を向けた。ライダーが言わんとすることは、カルナにも理解できた。


「これでは埒があかんな」
「ああ」


 カルナがヒュッと槍を振り落としながらそう呟けば、ライダーは重々しく頷く。

 このまま三人で猛攻を続けようと状況は一転せず、時間だけが過ぎて怪物が自力で動き出すのも時間の問題だ。その前になにか手を打たなければならない。ライダーは再度頷き、剣を振り下ろし続けるセイバーに向かって叫んだ。


「おおい、セイバー! このままじゃ埒があかん。いったん退け!」


 頭上から呼びかけるライダーの言葉を聞いたセイバーは、それに怒号で返した。


「馬鹿なことを言うな! ここで食い止めなければ――」
「そうは言っても手詰まりであろうが! いいから退け、余に考えがある! ランサーもそれで良いな」
「ああ」


 是非もないそれに、セイバーは悔し気に歯を食いしばった。

 セイバーは最後の置き土産と言わんばかりの渾身の一撃を海魔に浴びせると、そのまま一時撤退をするチャリオットの後に続き、ランサーやマスターがいる河岸まで退却した。カルナも同じように海魔へ魔力放出である炎を浴びさせ、足早に戦場を退く。

 河岸まで辿りつけば、集まった全員は硬い表情を突き合わせる。


「――いいか、皆の衆。この先どういう策を講じるにしろ、まずは時間稼ぎが必要だ」


 前置きも抜きにして、ライダーは早急に本題へと入った。


「ひとまず余が『王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイ』に奴を引きずり込む。とはいえ、せいぜい固有結界の中で足止めするのが関の山だ」
「その後は、どうする」


 ランサーの問いに、ライダーは「わからん」と真剣な面持ちのままあっけからんに即答した。

 急場凌ぎの時間稼ぎ。名高い征服王であっても、今出来ることはそれだけだった。


「あんなデカブツを取り込むとなると、せいぜい数分が限度。その間にどうにかして――英霊たちよ、勝機を掴みうる策を見出して欲しい。坊主、貴様もこっちに残れ」


 ライダーはそう言うや否や、チャリオットに同乗していたウェイバーをつまみ出した。

 いざ結界を展開すれば、ライダーには外の状況が分からない。それを知るためには、マスターとして自分と繋がっているウェイバーを結界外に置き、伝令役として遣わすしかない。ウェイバーとしては、いくら同盟中とはいえ他のサーヴァントを目の前に自分とサーヴァントと別行動をするのは危険極まりないと思えたが、同盟相手の裏切りを警戒したところで今はどうしようもない状況であることも理解していた。

 ウェイバーは、内心では戦々恐々としながらも仏頂面で頷いた。


「英霊たちよ、後は頼むぞ」
「承知した」
「……うむ」
「……心得た」


 重々しく、サーヴァントたちは頷く。

 その決断が、それだけではなんの解決にもならない応急対処でしかないことは、その場にいる誰もが理解していた。しかし、それでも一度は見込んだ英霊たちに全幅の信を置くのが、ライダーの決断だった。

 ライダーはそれ以上憂いた顔をすることもせず、振り向きもせず猛然と巨大な海魔をめがけてチャリオット突進させていった。




    × × ×




 ライダーの奇策によって、巨大な海魔は跡形もなく河面から消え去った。しかし、姿形が見えずとも、位相のずれた結界の中で暴れ狂う怪物の気配は、その場にいた全員が感知していた。


「……どうする」


 沈黙の重さに耐えかねたウェイバーが口を開く。


「時間稼ぎとか言われても、その間にボクらが何も思いつかなかったら、結局は元の木阿弥だ」


 ウェイバーの言う通り、ライダーの結界も長くはもたない。時間稼ぎを買って出たライダーの信頼に答えるためにも、残された自分たちはなにか打開策を見出さなければならない。


「なあ、アインツベルン、ディーア。なにかいい手はないのかよ!?」
「そんなこと言われても――」


 ウェイバーに名指しをされたアイリスフィールは、不安を浮かべた表情で狼狽える。その隣にいたディーアは、冷静な態度のまま、ゆっくりとウェイバーのそれに応えるように口を開いた。


「三人が戦っていた様子から見るに、あの怪物は再生能力が高い。加えてあの巨体に、中にいるキャスターも引きずり出さないといけない。となると……」


 ディーアは一度言葉を置いた。その続きを待つウェイバーとアイリスフィールは、固唾を飲んでその言葉の続きに耳を傾け、サーヴァントたちも同じようにそれに神経を注いだ。そんななか、ディーアはゆっくりと口を動かした。


「――対城宝具」


 その言葉に、セイバーが僅かに指先を動かした。

 それに誰もが気づかないまま、ディーアは言葉を続ける。


「あの怪物の肉片一つも残さないほどの威力を出せるのは、対城宝具以上のものが必要になる」


 どんなに多勢で蹂躙しようと、すべての傷を一度に再生してしまう怪物を倒すためには、ただ一撃のもとに全身を、一片の肉片も残さず焼き払うような一撃でなくてはならない。対軍宝具では足りない。対城宝具の威力が必要だった。

 ランサーの槍が対人宝具であることは分かっている。残っているのは、セイバーとカルナだ。


「なあ、ディーア。オマエのサーヴァントはどうなんだ」


 宝具はサーヴァントにとっての切り札だ。そんな大事な情報を、いくら同盟中とはいえ他言するのは憚られる。そんななか、唯一介入者という正規ではない別の立場にいるディーアとカルナに、ウェイバーは信用を持って尋ねた。


「オレの宝具であれば、あの怪物の肉片一つも残さずに消滅させることは可能だろう」
「なら……!」
「だが、宝具の展開にはこの鎧を捨てねばならん。それは今はできん。加えて、オレの宝具は必殺の槍だ。この局面では使えない」


 希望が見えたものの、次の瞬間にはそれを本人に切り捨てられてしまう。

 カルナが言うその鎧というものも、カルナを真名を知らない者たちにとっては理解ができず、真名を知っているウェイバーにしてみても、それがどんな効果をもたらすのか分からなかった。ただ、その鎧というものが宝具であることは理解できた。それを捨てなければならないというのは、サーヴァントにとっては痛手だ。だが、手段を選んでいられないこの状況の中、保守をするカルナの発言は、この場にいる者にとっては良い印象ではない。

 それを弁解するように、ディーアが再び閉ざしていた口を開いた。


「加えて、ランサーの宝具は威力も範囲も広いんだ。怪物どころか、此処一帯が火の海になる」
「それでは元の子もない!」


 すると、セイバーはきつく眉を吊り上げて怒鳴り声をあげた。

 いくら怪物を倒すためと言っても関係のない人間を巻き込むことは、騎士としてセイバーやランサーの信条に反した。


「そんなに威力が高いなら、その必殺の槍以外になんかないのか!?」


 焦って声を張り上げながら、ウェイバーはディーアとカルナに詰め寄る。


「ふむ。『梵天よ、我を呪えブラフマーストラ・クンダーラ』であれば、幾分か範囲も抑えられるが……」
「それでも対国宝具の威力、一帯が干上がるのは避けられないわ」
「すまない。なにぶん、手加減が苦手でな」


 表情を変えないまま目を伏せるカルナ。ウェイバーは思わず「なんだよ、くそッ!」と愚痴をこぼして髪を掻きむしった。

 カルナは英霊として破格で、アーチャーと並ぶほどのサーヴァントだ。その宝具は対神宝具で、他の宝具も威力が高く性能も高い。その分魔力の消費が激しいのが難点だが、それはディーアの無尽蔵な魔力によってこの世界では補えている。そんなカルナの一撃でなら、キャスターが呼び寄せた怪物もものともしないが、威力がある分範囲も広い。隔離された月での聖杯戦争では考えることもしなかったが、実際に街中で行われる聖杯戦争では、返って不利な状況になるとは思ってもみなかった。

 一度の救いが見えたものの、振出しに戻った状況に再び影が差す。そんな時、ふいに場違いな電子音が響いた。携帯電話だ。

 それをポケットから取り出したアイリスフィールは、不慣れな手つきでどうすれば良いのか、と他のマスターに差し出した。それを半ば苛立った様子で受け取ったウェイバーが操作し、電話に出る。電話の相手は分からないが、アイリスフィールと繋がりがある相手なら、セイバーのマスターである衛宮切嗣だろう。

 ウェイバーは電話の相手といくつか言葉を交わすと通信を切って、ランサーに向き直る。


「あんたに言伝があった。『セイバーの左手には対城宝具がある』だとかなんとか……」


 その言葉に、ランサーは愕然とし、セイバーは気まずそうに表情を一転させた。


「それは……キャスターのあの怪物を、一撃で仕留め得るものなのか?」
「可能だろう。だが……ランサー、我が剣の重さは誇りの重さだ。貴方と戦った結果の傷は、誉れであっても枷ではない。この左手の代替にディルムッド・オディナの助勢を得るなら、それこそが万軍に値する」


 今ここでランサーに負い目を感じさせたところでなんの益にもならない。騎士道を通すセイバーはランサーにそう語った。

 一方で、ランサーは黙ったまま目を伏せ、ライダーの結界の中にいる怪物の気配を感じた。倒さなければならない、悪であるキャスターをここで倒さなければならない。それは譲れない道だ。そうしてランサーは赤槍をいったん地に突き刺して手放すと、一方の黄槍両方の手で握りしめた。


「ランサー、それは――駄目だ!!」
「今勝たなければならないのはセイバーか、ランサーか。 否、どちらでもない。ここで勝利するべきは、我らが奉じた『騎士の道』――そうだろう、 英霊アルトリアよ」


 そう涼しい顔で微笑むと、ランサーはなんの躊躇もなく自分の宝具である双槍の片割れを真っ二つにへし折った。

 『必滅の黄薔薇ゲイ・ボウ』に込められていた膨大な呪力が吹き出し、見る間に散逸していく。

 必勝の切り札である宝具を、自らの手で破壊し手放すなど、誰が考え得るだろう。セイバーだけではなく、アイリスフィールやウェイバーそしてディーアでさえも、そのランサーの行動に驚愕し言葉が出なかった。


「我が勝利の悲願を、騎士王の一刀に託す。頼んだぞ、セイバー」
「……掛け合おう、ランサー。今こそ、我が剣に勝利を誓う!」


 開帳される風王結界。轟風を巻き上げて姿を現す黄金の剣。光り輝くそれは、まるで約束された勝利を祝うように闇を照らす。


「あれが、アーサー王伝説の……」


 目の前にした貴き至宝の剣に、ウェイバーは呆然と呟いた。
まるで長い夜の果てに一等輝く星を見るように、胸に募った焦りや不安が洗い流されていく。


「勝てるわ……」


 アイリスフィールが歓喜に声を震わす。

 誰もがこの光景に目を奪われていた。だが、そんな希望に異を唱えるようにおぞましい呪詛のような咆哮が夜に響いた。

 頭上を仰ぎ見たセイバーは、そこに黒い魔力に覆われた鉄の飛行物を見た。騎乗しているのは、獣のような咆哮を上げる狂乱の英霊――バーサーカーだ。バーサーカーは今再びセイバーに牙をむき、襲ってくる。

 セイバーはサーヴァントである脚力を活かして、河へと駆け抜けていく。それを、バーサーカーは背後を追うアーチャーには目もくれず、目の前のセイバーを執念に狙った。

 ようやくセイバーの左手が戻り宝具を撃つ手段が得られたというのに、それをバーサーカーに邪魔をされてしまった。苦虫を潰したような表情で、バーサーカーの攻撃を避けるセイバーを見守っていれば、ふとウェイバーの傍らに一人の戦士が姿を現した。


「親衛隊が一人ミトリネス。王の耳に成り代わり、馳せ参じてございます!」


 ライダーの固有結界内にいる軍勢の一人だろう。ウェイバーは心を奮い立たせて、見知らぬ英霊に指示をする。


「……これから合図を待って、指定された場所にキャスターを放り出せるように結界を解いて欲しい。できるよな?」
「可能ですが……事は一刻を争います。既に結界内の我らが軍勢は、あの海魔めを足止めし続ける事が叶いそうになく……」
「分かってる! 分かってるんだよ!」


 いよいよ暴れ狂う怪物の激震が、通常空間にまで及び始めている。ライダーの結界が限界に近づき始めている。それを理解していても、勇逸の頼みの綱はバーサーカーの攻撃を受けている。

 ウェイバーは祈るような気持ちで、セイバーを見やった。


「畜生、バーサーカーの奴……アイツなんとかならないのか!?」
「俺が行こう」


 ウェイバーのぼやきに、ランサーが決然と応じた。その手には一槍のみとなった赤槍が握られている。


「ならばオレも行こう」


 続くように、カルナもそれに応じた。

 今はセイバーに聖剣を撃たせる時間を与えることが先決だ。カルナはちらりとディーアを一瞥し、頷き了承したマスターを再度確認する。

 ランサーは自分と同じように前に出たカルナに視線を向け、フッと笑みを浮かべた。


「インドの大英雄と共闘することになろうとは、聖杯戦争とは不思議なものだ」


 発言した単語の節々から、真名を看破されたのだろう。だが、今はそんなことを言っている暇は無いし、真名を看破されたところでカルナの実力が下がることはなく、ディーアにとっても痛手ではない。

 二人の槍兵は互いに目配せをすると、そのまま地面を蹴って早急にバーサーカーへと向かって行く。二人が順調にバーサーカーを引きつけ、セイバーから引き剥がしたおかげで、セイバーはようやく聖剣を両手で握りしめ河面で怪物を討つため息を整える暇ができた。

 ちょうどその時、空に合図の知らせが上がった。


「あれだ! あの真下!」


 それを見たウェイバーが傍らにいるライダーの伝令に叫ぶ。即座に彼は頷くや否や姿を消し、ライダーと仲間たちが待ち受ける固有結界の内側へと戻った。

 その直後、待ち構えていたかのように河上の大気が震え、元あるべき姿を取り戻す。蜃気楼のように怪物の影が夜空を多い、次第に実態を取り戻して、セイバーの目の前に巨体が落下する。

 機は、満ちたり。
 騎士王は黄金の剣を振り上げる。

 光が集う。まるで聖剣を光り照らすことが至上の務めであるかのように、輝きはさらなる輝きを集める。

 輝ける彼の剣は、過去現在未来を通じ、戦場に散って行くすべての兵たちが、今際のきわに懐く哀しくも尊き理想(ユメ)――『栄光』と言う名の祈りの結晶。

 その意志を誇りと掲げ、いま常勝の王は高らかに、手に取る奇跡の真名を謳う。

 其は――。


「約束された――勝利の剣ッエクスカリバー!!」


 光が奔る。
 光が吼える。

 解き放たれた龍の因子に、加速された魔力が閃光と化して、夜の闇もろともに海魔を呑み込んでいく。


「――これが、人々の想念で精製された神造兵装」


 星の息吹の輝きは、確かにこの人類史が存続した証の輝きそのものだ。



血戦

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