振り返る。
今までの記録を。先ほどまでの記憶を。これまでの歴史を。
鮮明に。色鮮やかに。
――忘却は許さない。
目が覚めて視界に入ったのは白い天井。ここは学校の保健室。
あのまま倒れて運ばれてきたらしい。
寝かされた体を起こして足を下ろす。そして目を閉じ、倒れる前の記憶を振り返った。
ステンドグラスの部屋、倒れた人たち、行く手を阻むドールに、そしてサーヴァント。
先程までの出来事を鮮明に思いだした神楽耶夜月は、そっと瞼をあげた。
「……目が覚めました? ……ったく、急に倒れるから驚いたじゃねーか」
ベットの横に突然人影が現れた。丁度すわり直した夜月の目の前だ。
綺麗な翡翠色の瞳をした男。長い前髪で片目を隠した男は緑のマントのフードを取り、その瞳で夜月を見た。
あまりにも長い間、見つめていたせいだろうか。
その男はクスリと上面のような笑みを浮かべ「なんです? そんなに見つめちゃって。何も出やしませんよ、マスター?」と、軽口を言う。
再び、サーヴァントは口を開いた。
「ま、幸い聖杯戦争はこれからだ。少しぐれー余裕はあるだろう。ところでオタク、一応聞くが聖杯戦争の事は理解しているかい?」
「えぇ。わかってるわ」
そう告げると緑衣のサーヴァントは「そりゃよかった」と言い放つ。
面倒ごとが減ったという口ぶりだ。
まぁ確かに、知りもしなければ面倒であるだろう。
「俺のクラスは『アーチャー』。言っときますけど、期待は禁物ですよ。逃げて隠れて奇襲を狙う、姑息な弓兵なんでね」
緑衣のアーチャーが自分でそう言った時、綺麗な翡翠の瞳に少し影がさしたような気がした。
夜月がアーチャーに言葉を投げようと口を開いた刹那、アーチャーはフードを被って姿を消した。
次にはベッドのカーテンが開かれた。
そこにいたのは白衣を着た少女だった。薄紫色の踵ぐらいまである長く綺麗な髪。その色と同色である大きな瞳。
彼女は花のような笑顔を向けて言った。
「あ、目が覚めてよかったです。神楽耶さん。」
彼女は淡々と言葉を繋げていく。
「予選の際、記憶を回収していましたが、それは貴女が眠っている間に返却されています。身体におかしなところはありませんか?」
「きおく……」
記憶。
それは今までの出来事、経験、歴史。その人物の内面を形作るモノ。
「大丈夫。おかしなところは何もないわ、桜」
そう言って微笑む。
彼女は「それならよかったです」とニコリと笑って告げた後、自分の事を知っていたんですね、と嬉しそうに花のような笑顔を向けた。
彼女は「では、改めて……」と続ける。
「私はムーンセルのAIの間桐桜です。皆さん、マスターの健康管理を任されています。そして私たちが居るここは月海学園の保健室です」
「よろしく、桜」
「はい! 先輩」
用は終わった。いつまでも保健室にいる必要はない。なら此処にとどまる理由もない。
保健室を出ようと足を進め、扉に手をかけたところで桜が何かを差し出した。
「携帯端末です。聖杯戦争にて、必要不可欠なものなのでなくしたりしないでくださいね。あと、対戦相手については言峰神父に聞いてみたほうがいいかと思います」
「わかったわ、ありがとう」
一笑して携帯端末を受け取り保健室を出た。桜は扉が完全に閉まるまでこちらを見送っていた。
受け取った端末に特に意味もなく電源を入れる。出てきた画面を何気なく流していると、姿の見えないアーチャーの声が背後から聞こえた。
「んで、どうします? 言峰とかいう野郎を探しに行きますか、マスター」
「そうね。そうしましょう、アーチャー」
端末の画面を切り、神楽耶夜月は廊下を歩き出した。