Hero School
中学三年、夏――。
「雄英高校……?」
「そうだ」
一人で暮らしているアパートの一室で、耳に携帯をあてた夜月。
電話越しの向こうから、声の低い男が「そうだ」という。
中学三年。誰もが進学場所を考える時期。だが、その誰もがヒーローという職業希望。
夜月は周りとは違って、ヒーローを目指していない。
普通に暮らせればいいと思っている。
だから普通科の普通な高校に進学しようとしていたが、今日いきなり、ヒーロー科の中でも最も難関であるその高校に行けと言われた。
「……それは、普通科として?」
「そんなわけあるか。ヒーロー科だ」
男は当たり前だと言った。
「ちなみに、何故ですか。相澤さん」
「学校からの推薦だ。まぁ、いわゆるスカウトだな。とはいっても、一つの学校から出せる推薦者は一人。お前の学校には轟がいるからな、お前を推薦者としては出せないんだ」
「……」
轟焦凍、同じ学校で中学一年の時からクラスは一緒。
仲が良いわけでも悪いわけでもなく、『取り敢えず隣にいる』という関係。
しかし、最近は距離を取っている。
「だから、お前は普通に試験受けて入れ。お前の実力なら、筆記も実技もいけるだろ」
「私は、ヒーローになりたいわけじゃない・・・・・・」
目指したこともないし、目指そうとも思わない。
相澤は「知ってる」と言い、続けた。
「強くなれ」
相澤はよく、彼女に「強くあれ」と言った。
今回もそれと同じだ。
「強くなって、学べ。その力の使い方を、何のために使うかを」
強く彼は言った。
夜月はふと顔をあげ、瞳を逸らす。そこには姿鏡があり、自分が映っていた。
夜月は鏡の自分と見つめ、重々しく口を開く。
「……いいよ、わかった」
「……そんじゃ、資料は後日送る」
電話はそこで切れた。
夜月は携帯を机に置き、鏡の前まで来る。そこに指を添えれば、向こう側の自分も同じ顔で手を添えた。
――強くあれ。
なら、そうしよう。なら、強くなろう。
自分も他者も守れるくらい強くなろう。
だって、『私のヒーロー』はいないのだから。
自分で自分を助ける、『ヒーロー』になってしまえばいい。
そして願わくば、その学校で、あの日……叶わなかったことを叶えてほしい。
幼少期――とある一家の消失。
とある一家が、一人の少女を残して家ごと『消失』した。
容疑者不明。
被害者であろう少女は口を閉ざしたまま何も言わず、事件は謎のままとなった。
そこに立ち会っていた、一人の黒いヒーローは知っているかのような口ぶりで、そっと少女の頭を撫でた。
――強くなれ。
――自身も他者も守れるくらい強くなれ。お前はそう言うことができる、優しい人間だ。
――お前のせいじゃない。
その言葉を聞いた途端、少女は閉ざした口を開き、大きく泣き喚いた。
大きく、大きく、今までのものをすべて吐き出すように。
やがて、彼は少女の手を引いてその場を立ち去った。