×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

image

ごっこ遊びを見せつける


 あの日以来、なんだかオーエンの様子がおかしい。いや、様子は大した変わりはなく、普段よりも上機嫌でいることが増えたくらいだ。おかしいのは、オーエンの行動の方だ。

 あれ以来、オーエンはなにかとクララに触れてくるようになった。それは時間や場所に限らず、突然いま思い付いたかのようにやってくる。触れるそれは手を繋ぐとか、頬を撫でるとか、抱きしめるとか、そんなものではなく。錯覚してしまいそうになるほど優しく、勘違いしてしまいそうになるほど甘く、触れる。その行為に意味があるのかは分からない。オーエンにとって、その行為に意味があるのかも分からない。昔にも、突然いまのように魔法使いのマナ石を集めて持ち帰ってきたことがあった。しばらくそれが続いたと思ったら、飽きてしまったのかパタリと止まった。それと同じように、何かの気まぐれかもしれない。誰かからそんな話を聞いて、興味を持っただけかもしれない。

 そこにはなんの意味もないと、クララは考えていた。



 朝。

 締め切ったカーテンの隙間から陽の光が差し込む。閉じた窓の向こうで小鳥が縁に止まり、さえずりと共にくちばしでこんこんと窓を叩く。

 小鳥のさえずりとノック音に目を覚ましたオーエンは、眠い目をしたままむくりと起き上がる。その状態で少し身体を乗り出して、締め切ったカーテンを捲ってみると、二匹の小鳥がさえずりながら窓の向こうで自分を見上げていた。朝になったから、起こしに来たのだろう。

 ふと、視界の隅で布団が動いた。カーテンから手を離してそれに視線を向ければ、まだ眠っているクララがもぞもぞと動いていた。オーエンが捲ったカーテンから差し込んできた日差しから逃げるように、布団をかぶって、隣にいるオーエンに擦り寄ってくる。ふわふわの癖毛の髪を撫でてやれば、気持ちいいのか、そのまま規則正しい寝息を立て始める。


「クララ、朝だよ。起きて」


 頭から手を離して、肩を揺らす。唸ったクララはまだ瞼を閉じたままで、眉間にしわを寄せて布団の中でもぞもぞと動く。目は覚ましているが、まだ微睡みの中で起きる気配は全くない。クララ、と呼んでも唸って答えるだけ。オーエンは小さくため息を落とした。駄々をこねる子供みたい。そんな、まだ布団に包まって眠っていたいクララに、オーエンは背中を丸めて、小さく開かれたそれに自分のそれを重ねた。一瞬だけ触れて、身体が離すと、それに釣られるようにクララの瞼もぱちりと開かれた。


「目、覚めた?」


 クスリと笑んで、目元を和らげたオーエンが見下ろす。

 それがとても綺麗で、寝起きだというのに恥ずかしくなって、クララは隠れるように布団を引き寄せた。

 そんな毎日を、最近は過ごしている。




 魔法舎のキッチンで、クララはいつものようにお菓子を作っていた。キッチンには甘い香りが充満して、それだけでお腹がいっぱいになってしまいそう。ケーキを焼いている間にソースを作り、ぐつぐつ煮たてて冷ましたソースを味見程度に指で掬い取って舐める。途端、舌を溶かすような甘さが広がった。


「今日は何を作ってるの?」
「今日はキャラメルシフォンケーキ!」


 甘い香りに引き寄せられて来たのか、食堂で待っていたオーエンが背後から覗き込むようにして現れる。興味津々に出来たキャラメルソースを見つめるオーエンに「味見してみる?」と聞くと、オーエンはにこにこと笑って頷く。甘いものを目の前にして機嫌がいいみたいだ。味見をするためにスプーンを用意しようとキッチンの引き出しに視線を逸らす。すると、手元を見ようと下を向いた顔を持ち上げられ、視線を合わせるように上に向かされた。手は顎に添えられ、目の前にはオーエンの顔。そのまま流れるような軽い素振りで、オーエンはそれを刻印の刻まれた舌で舐めとった。


「甘い。もっと甘くして」


 ご満悦といった様子で、オーエンは頬を緩める。

 先ほどまでの動作が自然で、無駄のない、まるで普段からしているような滑らかな動きに、クララがなにかを思考する余地などなかった。理解した時にはすでに事は終わっていて、クララは照れるわけでも動揺するわけでもなく、茫然と目の前のオーエンを眺めた。

 すると、入り口付近で物音がした。オーエンが目を向けてみると、キッチンの入り口にはリケやミチルの目を塞いで大きく口を開いているネロと賢者が立っていた。おやつでも作りに来たのだろう。唖然とするネロと賢者の視線はオーエンに向かれており、オーエンは先ほどの上機嫌とは一変して不機嫌に顔を歪ませ、鋭い視線で睨みつけた。


「・・・・・・なに」


 声音の低い、地を這うような低音に、ネロと賢者はこれでもかと首を横に振って冷や汗を流す。そんな彼らにふん、と鼻を鳴らしてオーエンはさっさとキッチンを立ち去ってしまった。オーエンが立ち去ったのを確認すると、ネロと賢者は大きく息を吐いて、そっと胸を撫でおろす。まるで命の危機を免れた瞬間の時のよう。

 残されたクララは作っていたソースを見下ろした。茶色くて甘い、キャラメルソース。クララはそれをもう一度指で掬い取る。ドロドロしたソースが指に絡む。クララはそれを口元へ持っていき、舌先で舐めとった。


「・・・・・・あまい」


 甘すぎて、身体の中から溶けてしまいそうだった。



◆ ◇ ◆



「オーエンって、アタシのこと好きなのかな」


 魔法舎でのある日。その日はまた北の魔法使いたちが賢者と共に任務へ出向いていて、留守番のクララは暇を持て余していた西の魔法使いたちと過ごしていた。

 談話室で紅茶やお茶菓子をテーブルいっぱいに広げ、お茶会を楽しむ。クロエはテーブルに自分の裁縫セットも広げて、せっせと指先を動かした。クロエが作っているのはぬいぐるみだった。留守番を言い渡されたクララが寂しそうにしていたのを見て、ぬいぐるみがあったら少しは気が紛れるのでは、と提案したのだ。お茶会を楽しみながらクララがお願いしたとおりにぬいぐるみを編んでいくクロエ。そんなときに突然、ポロリとなんの前触れもなくクララが呟いた。

 クララの呟きを聞いた西の魔法使いたちはお祭りのようにわっと盛り上がる。恋の話に盛り上がる女学生たちのようだ。クララは当の本人である自分を置き去りにして盛り上がっていく西の魔法使いたちを横目に、つい口を零してしまったことを後悔する。


「君はオーエンにどう思われていると思う? 恋愛、友愛、親愛、家族愛、それとも全く逆?」


 魔法で宙を浮くムルが、上から覗き込んできた。

 どう思われていると思う、という質問にクララは斜め上に視線を逸らして考えてみる。

 そういえば、オーエンから自分はどう思われているのだろうか。自分を拾った人、あそこから連れ出した人、姉や母親といった家族。しかしそれらは連れ出したときの記憶があればの話だろう。今のオーエンは、昔の記憶がおぼろげだ。なんとなく連れ出されたくらいにしか記憶が無い。今のオーエンにとって、クララは物心ついた時から一緒にいる人なのだ。


「君はオーエンにどう想われていたい?」


 続けてムルが質問を投げかける。

 どう想われていたい。自分はオーエンに、どう想われていたいのだろうか。クララは視線を逸らして、朗らかに微笑んだ。


「嫌われるのは嫌だけど、オーエンのなかにアタシがいるなら、それだけで良いや」


 満足げに、クララはそう言って笑った。全く無欲な回答だった。オーエンにどう想われているのかが重要ではない。オーエンに想われるほど、オーエンの中のたとえ片隅にでも、自分という存在が在れば良いと、クララは言う。

 騎士様や他の誰かにオーエンを取られるのは嫌だと言うのに、自分がオーエンに求めるものは無い。開放的で、縛り付けようとだなんてしない。ムルは「ふーん、変なの!」と笑って、また宙をふよふよと浮く。


「きみって、本当にオーエンのことが大好きなんだね」


 クロエは微笑ましそうに呟いたあと「・・・・・・って、そんなの今さら聞くことでもないよね」と続けた。クララがオーエンのことを大好きなことなんて、当たり前のことなんだから。はは、と笑って顔を上げたクロエは、クララの表情を見て思わず目を丸くした。そして少し羨ましそうに、自分のことのように嬉しそうに、目元を和らげた。

 恋する少女のように、とても幸せそうに、クララは笑っていた。




 お茶会を終え、クロエから出来上がったぬいぐるみを受け取ったあと、クララはオーエンの自室のベッドに座って帰りを待っていた。するとすぐに任務から帰ってきたオーエンが部屋に入ってくる。今日の任務は早かったらしい。


「おかえり、オーエン!」


 帰ってきたオーエンにすぐに駆け寄って出迎える。オーエンは駆け寄ってくるクララへ視線を向けたあと、クララが手にするぬいぐるみに視線を移した。


「なに、それ。ぬいぐるみ?」
「クロエが作ってくれた。オーエンが居ないときに寂しくないようにって」


 ぬいぐるみを指させば、にこにこ笑いながら自慢げにクロエに作ってもらったぬいぐるみを見せびらかした。ぬいぐるみは灰色の狼で、瞳のビーズは左右で色の違う赤と黄色を使っている。またぬいぐるみは服も着ていて、白い外套を纏って軍帽まで身につけている。どこからどう見ても、オーエンに似せて作られたぬいぐるみだと分かるだろう。


「おまえ、僕のこと犬とでも思ってたわけ?」
「違うよ。オーエン、猫より犬が好きでしょ。狼も好き、そうでしょ」


 少し不満そうにムッと唇を尖らせたオーエンに、クララはすぐさま返答する。可愛いでしょ、とご機嫌にぬいぐるみを持ち上げるクララ。それに腹が立って、オーエンはクララの手から乱暴にぬいぐるみを鷲掴んで、子どもからおもちゃを取り上げるように高く掲げた。ぬいぐるみを取り返そうと手を伸ばして背伸びもするが、勿論手が届くわけがない。


「オーエン、返して」
「やだ」


 ぬいぐるみを取り上げたまま、そっぽを向く。クララも頬を膨らましてなんとか一生懸命に手を伸ばすが、オーエンが「《クアーレ・モリト》」と呪文を唱えた瞬間、ぬいぐるみはオーエンの手から姿を消してしまった。あ、と声を零してそっぽを向いて知らん振りをするオーエンに文句を連ねれば、オーエンは不機嫌に眉根を寄せた。


「僕が居るときは要らないだろ」


 クララは文句を並べるのをやめた。確かに、あのぬいぐるみはオーエンが居ないときに寂しくならないように、という体で作られたものだ。オーエンがいるときには必要がない。それでもクララはそれなりにあのぬいぐるみを気に入っており、文句ありげに唇を尖らせた。


「そうだけど・・・・・・」
「なに、文句でもあるの」
「オーエンとオーエンのぬいぐるみが在れば、ふたつ嬉しい」
「・・・・・・」


 むにっと両頬を指で引っ張る。少し強めに引っ張って痛いのか、クララは上手く言葉が発せない状態で痛いと主張する。「はは、変な悲鳴」笑ってやれば、クララは不満げに唸るが、頬を抓られている状態のせいでなんだか馬鹿らしくて面白かった。頬から指を離すと、クララの頬は少し赤くなっていた。両手で自分の頬を覆うクララは若干涙目で、眉を吊り上げてこちらを睨みつけるように見上げてくる。そんなことをしてもちっとも怖くない。ふふ、と笑いオーエンはいつものように抱き上げて、まだ文句ありげに見つめてくるクララの額に自分の額をくっつけた。


「おまえには、僕だけでいいでしょ」


 満足げに、オーエンは目を細めた。