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砂糖菓子とベリージャム


 ――魔法使いはなぜ、こんなにも永い命なんだろう。
 ――悠久にも似た時間を、なぜ生きなければならないのだろう。
 ――人間と見目も形も変わらないのに、なぜ永遠にも似た時間を有しているのだろう。
 ――これは魔法使いに与えられた祝福なのか、それとも違う生き物であると区別するための呪いであるのか。
 ――どちらにしても、果てしない時間を生きていくしかないのだろう。
 ――変化もない停滞した時の中を、きっといつまでも彷徨い続けるのだろう。



◆ ◇ ◆



「あー、つまんない」


 大きくため息を吐きだした。思いのほか大きく出た声が生い茂る森の中に木霊するが、返ってくる声も無ければ人もいない。それもそうだろう。此処は森の中だ。森の中に入るなど、よほど死にたい人間か、不運にも迷い込んだ人間か、気ままにほっつき歩く魔法使いか魔女くらいしかいない。とくにこの夢の森は魔力の混ざった木々が毒を排出する森だ。少し前までは魔力も弱く毒もそこまで害あるものではなかったのだが、ここ最近に何かがあって魔力が乱れたみたいだ。詳しくは知らないが、人間が此処に立ち入ることも、弱い魔法使いが近づくことも、もうできないだろう。

 金糸の癖毛の髪を揺らす小さな幼い少女は、肌寒い不気味な森の中を小さな歩幅で歩いた。

 此処は北の国。冷たい雪と凍った空気に閉ざされた永久凍土の国だ。気温は常に低く、大地は降り積もった雪に覆われた白銀の世界。植物も育たないこの土地で、生物が生き抜くのは難しい。人間たちはわずかな数で多数の集落をあちこちに作っては天災に襲われ壊滅したり、魔法使いの怒りを買って殺されたりしている。それでも生への執着が貪欲な人間は、魔法使いに服従し加護を与えてもらいながら、いつ捨てられ殺されるかと怯えて今日も生きている。魔法使いはそれぞれ長く居ついた土地の特性を持つようになる。北の魔法使いは、険しい土地で生き抜いたせいか魔力が強い者が多く、群れを好まず孤高であるものが多い。実力があるぶん危険であり、他の国の魔法使いからも恐れられていた。

 自分もその一人であった。とはいっても、最近世界征服に乗り出したというオズやフィガロだったり、その師で長寿と有名な魔法使いである双子のスノウやホワイトだったり、同年代らしい北のミスラとかいう奴だったりとは全く比べ物にならない。これでもそれなりに永いこと生きているが、他の北の魔法使いのように自身の力を高めたり相手を殺して自分が強いのだと豪語するのには、全くと言っていいほど興味が無い。しばらくは好き勝手に――強い魔法使いに目を付けられない程度には――人間を脅したり傷めつけたり、突っかかってくる魔法使いを殺したりとしてきたが、それももう飽きてしまった。もともと好きでやっていた訳ではなく、退屈だったから手を出してみただけのこと。けれど結局、数百年程度で飽きてしまった。


「あーあ、退屈」


 よく他の魔法使いたちはこんなことを長い事してやっていけるなあ、と感心する。それが楽しくて好きで、いわば趣味であると言うのならいくらか納得できるが、自分にはできない。何をしても変わり映えのしない毎日。向けられる視線も態度もなにひとつ変わることは無い。此処は変化に乏しい土地だ。だから人間も魔法使いも変化をしない。こんな退屈な日々をあと何百、何千と生きて行かなければならないと考えると、寿命を迎える前に退屈に殺されそうだ。いっそのこと北の国を出て他の国へ行った方が良いかな、と考えた時だった。

 ふいに視界に入ってきたそれに足を止めた。森を抜けて少し辺りが開けたところに残骸を見つけた。おそらく此処にあった村のものだろう。木は朽ち果て人気もいない。残骸が残っているから、壊滅したのはここ最近かもしれない。そう時間は経過していないはずだ。それだけなら受け流せたが、視線はある一点で止まった。そこには位置の低い扉があった。高さ的におそらく地下だろう。よく土を掘って地下室なんて作ったものだ。扉は錆びれた鎖や南京錠で固く閉ざされている。その中から、か細い気配を感じ取った。

 扉の前近づいてみるが、窓も無いため中をうかがうことはできない。そっと耳を当てて音を聞こうとするが、何かが動く音も無い。気のせいか、と思いながら扉を閉ざす錆びた鎖に手を伸ばせば、何もせずとも鎖は力なく床に落ちた。それに引き摺られるように、南京錠も重力に従って落ちていく。固く閉ざしていたかと思っていたが、鍵はとっくに開いていたみたいだ。枷の外れた扉に手をかけ、無遠慮に開いた。


「っ・・・・・・!」
「――あ」


 中には、確かに人がいた。いや、人間ではない。かすかに魔力を感じ取れたことから、相手が魔法使いであることがわかる。少年は見た限り百年程度は生きているように見えるが、上手く魔力が成熟させることができず、肉体的成長も疎かになっているのだろう。

 汚れたボロ衣を纏った、灰色の髪をした子は怯えた表情を浮かべてこちらを伺っていた。「だ、だれ・・・・・・」前髪から除いた真っ赤な瞳がこちらを見つめている。声を震わせ、身体を縮こませて、怖いのだと全身で伝えてくる。

 時間が止まったかのように思えた。目の前のものに視線が引き寄せられ、目を逸らすこともできず釘づけにされる。彼が見知らぬ人を目の当たりに全身から恐怖を感じるように、見知らぬ彼を見て言い知れぬ感情が全身を駆け巡り高揚感に襲われる。


「・・・・・・オマエ、名前は?」
「オ、オーエン・・・・・・」
「オーエン。アタシはクララ」


 名前を確かめるように復唱し、自分も名乗った。怖がらせないように笑って言えば、少しだけ警戒心を解いたオーエンもクララと名前を繰り返した。飴玉みたいに舌で音を転がす。

 見た目よりも中身は随分と幼い子供みたいだ。純粋無垢という言葉が似合いそう。「オーエンはどうして此処にいるの?」尋ねれば、オーエンは目を伏せながら「此処にいなさいって、外の人に言われて・・・・・・」と、声音を沈ませて答えた。ふーん、と後ろを振り返る。無論、ここの村はとっくに壊滅して人なんてひとりもいない。それにも気づかず、ここに忘れ去られてしまったという訳か。魔法使いを恐れる人間がやりそうなことだ。

 すると、そわそわとした様子でオーエンが口を開く。「クララは、騎士様なの?」首を傾げて尋ねるオーエンに、クララも首を傾げた。オーエンはひとりでぶつぶつと、騎士様はもっと大きくてかっこよくて男の人だよね、と呟いて自分の騎士様像を思い浮かべる。そんなオーエンに女騎士というものも存在すると教えてあげれば、なら騎士様なのかとまた尋ねられる。


「アタシはオマエと同じ魔法使い。魔女だよ」
「まほうつかい・・・・・・まじょ?」


 オーエンは目を丸くして、頭を傾けた。その仕草に今度はクララが目を見張った。

 どうやら此処の人たちはオーエンが魔法使いであることを隠していたらしい。まだオーエンも幼かったのだろう。何も知らないのをいいことに、ここへ追いやって閉じ込めたに違いない。人間たちはあわよくば飢え死にすることを望んだだろう。しかし残念ながら魔法使いは飢え程度で死ぬことは無い。だからこうしてオーエンは生き残っている。


「オーエン、此処を出てアタシと一緒に暮らそう!」


 名案だ、と閃いた自分を誉めるように自慢げに言えば、オーエンは素っ頓狂な声を上げる。目をパチパチと瞬きし、呆然と見上げた。「アタシと来れば、美味しいご飯に温かいベッドもあげる」物で釣るように魅力的なものを並べて連ねる。オーエンはきらきらと目を輝かせたが、しばらくしてあっ、と我に返って申し訳なさそうに俯いた。


「でも、僕・・・・・・騎士様を待たないと・・・・・・」


 オーエンは残念そうに落ち込みながら、眉を下げる。先ほどから思っていたが、オーエンは騎士様という存在をかなり気にしているように見えた。「騎士様が此処に来るって言ったの?」単純な疑問を投げつければ、オーエンは悲しそうに目を伏せて首を横に振る。「ううん。でも、いい子に待ってれば、いつか騎士様が外に連れ出しくれるんだ」嬉しそうに、幸せそうに、その未来を想像して頬を赤らめる。夢見る少年そのものだった。そんなオーエンの屈託のない笑顔に、クララは見惚れた。

 しかし、それで諦めるクララでもない。クララのなかで、既になんとしてもオーエンを連れ帰って一緒に暮らすことが決定事項になっていた。あれやこれやとなんとかオーエンを頷かせようと様々な提案や説得を試みるも、最後には「騎士様を待たなきゃいけないから」と言って一向に了承をしてくれない。項垂れるクララに、オーエンはごめんね、と声をかける。それでもあきらめきれないクララは、懇願するように言った。


「じゃあさ、その騎士様が来るまでで良いからさ、一緒に暮らそうよ。それまではアタシが騎士様の代わりに守ってあげるから」


 きょとんと丸く目を見張って、クララを見つめた。クララが、と確認するように聞くオーエンに、こくこくと頷く。オーエンは悩むように黙り込んだ後、開け放たれた扉とクララを見比べた。最後に傍らにある、ぼろぼろに汚れた絵本に目を向け、小さくうなずいた。


「うん。じゃあ・・・・・・騎士様が来るまで、クララと一緒にいる」


 それを聞いた途端、ぱあっと花が咲いたように喜んで目を輝かせた。口元を緩めて頬をほんのりと染めながら微笑むクララ。オーエンもそれにつられるように嬉しそうに表情を綻ばせた。早速一緒に出よう、と手を差し伸べる。おずおずとした様子で手をのせられると、ぎゅっと掴んでオーエンを引っ張りあげ、座り込んだ状態から立たせる。オーエンは自分よりも少し背が大きかった。そのまま手を強引に引いて駆け出るように部屋をあとにする。長い事太陽を見なかったオーエンにとって外は眩しく、ぎゅっと目をつむった。視界が閉じる中、確かなものは繋がれた手だけ。そんななか明るい声で名前を呼ばれて、オーエンはそっと瞼を開けた。


「これからはずっと一緒だよ、オーエン!」


 金糸の髪が太陽に反射してきらきらと輝いていて、眩しかった。