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Act.48




スーリは一人、バルコニーの柵に腰を掛けながらそれを見ていた。
すると無断で部屋に入ってきたラジェンドラがスーリのいるところまで歩み寄ってくる。スーリは目を向けることなく、彼もまた視線は外だった。


「何か御用かしら」

「いや、先ほどアルスラーン殿と話したからな。次はお主と言葉を交わそうとな」


ラジェンドラは柵にもたれかかり、スーリを見つめた。


「スーリ殿も、此処を発つのだろう?」

「えぇ、私はパルスの王女なのだから」

「それで、ルシタニア人を追い出すと」

「そういうことね」

「はは! アルスラーン殿と同じことを申すのだな」


ラジェンドラは豪快に笑って見せ、スーリもつられるようにクスクスと笑った。


「ふふ、似るのも当然の事。私は、彼の……姉なのだから」


迷いなく、スーリはそう言う。


「違いない」


ラジェンドラもそれに頷いた。
少しばかりの沈黙が続いたが、それを破ったのはラジェンドラのほうだ。


「お主がいないと、少しばかり寂しいな」

「それほど長い時間過ごされてないでしょう。寂しく思う理由はありません」

「つれぬことを言ってくれるな」


残念そうにラジェンドラは言う。
すると何を思ったのか、ラジェンドラはスーリの目の前まで来ると膝を折り、スーリの手を取った。

驚いたスーリはラジェンドラに目を向ける。


「スーリ、シンドゥラに残る気はないか」

「え……?」


言葉に驚き、目を瞬かせた。
真意を確かめるため、スーリはラジェンドラに問う。


「なぜ……?」

「みなまで言うな。聡明なお主なら、とうに分かっているだろうに」

「……」


ラジェンドラの言う通り、スーリはその真意に気付いていた。

ようするに彼は、自分と一緒にならないか、と聞いているのである。
しかしスーリは、ラジェンドラが予想していた答えとは逆の答えを言った。


「申し訳ないけれど、お断りします」

「何故だ? お主は第一王女といっても、女人である以上権力は持てぬ。俺と共にあった方が、お主も良いのではないか?」


確かに、どの国でも女人は権力を持てない。
王女であるスーリは、王にも女王にもなれない。どこかの国へ嫁ぐこと。それが基本的な王女の役目だった。

その分、ズィーロ公国は特殊だった。
平和を謳うことだけあって、女人であっても権力を持てる。だからスーリは実質的女王という立場に立てたのだ。


「残念ながら、私は権力と言うモノに塵ほどの興味もございません。欲を言えば、平民として暮らしたいとも思う」

「ほう? なら国が混乱した際に、亡命でもすればよかったものの」

「そうですね。しかし、王女として生まれついた身。民を捨ておくなど、私にはできない」


スーリは言い終えると早々にラジェンドラから手を放し、一言告げて部屋を出ていった。
残されたラジェンドラはやれやれと呟き、続いて部屋を後にした。


「手ごわい女よ」







一方、会話を強制的に終わらせ逃げ出したスーリは、部屋から離れたところで溜息をついていた。


「はぁ……」

「溜息を出されるとは、何かありましたかな?」

「ギ、ギーヴ……!?」


突如現れたギーヴに、スーリは少し後ずさった。
一方ギーヴは笑みを浮かべ、片手に持った琵琶の弦をはねた。


「それで、どうしたんですか。ため息などついて」

「い、いや……」


あの話はラジェンドラの戯言かもしれない。他人にはなし、話を大きくすることは避けようとスーリは口を開くのをためらった。
ためらったスーリから無理に聞くことをためらったギーヴは、どうしようかと頭を掻く。そして片手の琵琶を見せ、


「ま、一曲、気分転換にどうです?」

「……えぇ、是非」


スーリは嬉しそうに笑い、喜んでギーヴの引く琵琶を楽しむ。


「やっぱり、ギーヴの引く琵琶は良い」

「スーリ殿のためなら、いつでも喜んでお引きいたしますよ」

「ふふ、嬉しいわ。ありがとう、ギーヴ」


二人はしばらくの間、言葉を交わさずその音に耳を傾けた。

ギーヴの奏でる音はやっぱり心地よく、癒されていく。
満たし癒され、スーリはその間何もかもを忘れ、その音に集中していた。


-48-


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