見えざる思惑


幾分水分をたっぷりと含んでいそうな真っ黒で大きな雲が、いつもより倍速で流れているのを遠い目で見ながら、俺は机の上に突っ伏したまま前の席に座る幼馴染に尋ねる。


「ねぇ、まーくんどう思う?」
「どうって言われても」
呆れたように溜息をつきながらもきちんと俺の質問に答えてくれる彼は本当に物好きだ。


俺が今こうして自分の大事な大事な睡眠時間を削ってでも悩まされている理由はたった一人の女の事で。
どうして俺がこんな想いをしなきゃならないんだ、と頭を抱える。

ああ、もう頭が痛いなあ。耳鳴りもするし。天候が荒れる日は決まって偏頭痛が起きるし、若干情緒不安定になる。だから尚更今日の俺はこんなにも面倒臭く悩まされているのだろうか。


「俺今までだったら逆に構ってって女に強請られる側だったんだよ」
「そりゃあお前寝てばっかだしマイペースだし...って知らねぇよ」
お前の彼女遍歴何て知りたくねぇっての、と本当に嫌な顔をするまーくんに軽く舌打ちをかます。

「ねえ、私の事本当に好きなの?お願いだから構って?って言う筈なんだよ。少なくとも今までの女達は皆、そう。」
「だからどうしたってんだよ」

もう高校二年(本当だったら三年生)だし更にはアイドルやってる位には顔もそこそこ良いしそれなりに女性経験は踏んでいる俺な訳だけど、今まで付き合ってきた彼女達とは長く続いたためしが無かった。

どいつもこいつも、"アイドル"の朔間凛月が好きだったんだ。

実際、俺はこんな性格なのでマイペースに振る舞えば構って構ってと訳も分からず泣き出すし。朝に起きるのが辛いと言っているのに何で私に合わせてくれないの、と逆上する。あぁ煩い面倒臭い。そうなってすぐ別れた。なのに寂しくなったりするもんだから人間不思議だ。それで次に新しい女を拾っては捨てるの繰り返し。言い方悪いけど、そんな感じ。



でも今付き合っている彼女は違う。
そう、俺には現在過去最長記録四ヶ月記念を突破したばかりの、苗字 名前という彼女がいる。
出会いはいつだったか。
アイドル活動に専念する為に作曲活動を一時休止した王様に次ぐ為!プロデューサーであるあんずが音楽科に所属する彼女の友人に楽曲提供を頼み込んだ。そして快く引き受けてくれたその友人こそが名前だ。

名前はせっちゃんや鳴ちゃんと同じ時期にモデル活動をしていた事もあり、何回か雑誌で見た事はあった。ただ、直ぐに「私にはこんな華やかな世界向いていない」という理由でモデルを引退、元から評価されていた完全裏方の作詞作曲の道へと進んだのだ。
見た目こそ気の強そうな女だが、少し中身は小心者の様でそのギャップに惹かれた。

出会ってから仲良くなるまで、そんなに時間はかからなかった。今日と同じような曇り空の日、俺は名前を教室に呼び出し告白した。それは自分でも驚く程に、「俺と付き合ってよ」なんて必死な告白だった。乗り気では無い表情をされた時、拒絶されるのは初めてだったから相当焦った。けれど考え込んだ後に一拍置いて「まぁ、いいよ。私も好きだし」と簡潔な返事を頂戴したのだ。
今考えればなんだよ、「まぁいいよ」って。全然乗り気じゃねぇじゃん。めでたくして恋人同士になった。なった筈だったのに、この四ヶ月間、まともに二人であったのは両手で数えられるくらいだ。それ位に名前は音楽活動に忙しいのだ。



「しかもさ、多分、俺に全然興味ねぇのアイツ」
「へぇ、苗字ってそんな感じなんだ」
ラインしたって「うん」とか「(笑)」とかしか返ってこない。会話を続ける気がさらさら無いのだ。腹立つ。


「でも凛月は好きなんだろ?名前のこと」
「うーん」

けど別れないのは俺が名前を、自分が思っていた以上に好きだから。今までとは違う、本物の朔間凛月として接してくれた名前が本当に好きなんだ。
冷めているようで会った時は目一杯甘やかしてくれるし話を聞いてくれる。一緒にいるとあったかい。本気で喧嘩だってするけど、それは本気でお互いを想ってるってことでしょ?少なくとも俺は今もこうして、あいつの事を思ってこんなに悩んでる。


「やっぱ会って話した方がいんじゃね?」
「だよね」

やっぱ会うしかねぇかーとスマホを鞄から徐に取り出し画面を開けばそこには名前からのメッセージを知らせるランプが点滅していた。



"雨降るらしいよ。傘持ってんの?今日は居眠りしてないで早めに帰んなよ"

「傘くらい持ってるっつーの」

"もう帰るし"と半ばキレ気味に返信をしようと送信ボタンに指を重ねれば、押す前にまた名前からのメッセージが表示された。やべぇ即既読つけた、なんて思った頃には時すでに遅し。


"とかいう私は傘忘れました。しっかり者の凛月君は置き傘くらいあるよね?私の事待っててくれてもいいよ?"

「あーもうほんと腹立つ」
けど俺は迷わずメッセージを打つ。


"バーカ。何時に終わんの?ポンコツな名前ちゃんの事、優しい凛月君が待っててあげる"



「大概俺も名前には甘いなあ。

あれ、俺何に悩んでたんだっけ?」




窓の外を見ればポツリポツリと雨が降り始めていた。
不思議と嫌な気分にはならなかった。