銀聖の骨

端末の通信機能を使っていつでもどこでも誰とでも最大20人までリアルタイムで対戦することができるチャット式オンライン人狼ゲーム。

オンライン対戦では全国対戦、合言葉対戦、友達対戦から選ぶことが可能だ。
今回地獄のゲームに選ばれたのは合言葉対戦。
友人同士で決めた合言葉を入力することで手軽に対戦することが出来るものである。

サイバー警察が特定した犯人のTwitterで、「1時間半後に"じんろう"を合言葉にゲームをしましょう」とプレイヤーを募集するツイートがされていた事からも、メンバーを容易に集めることが出来たのだと分かる。


そしてルールだが、実に単純なものだ。

市民の中に紛れ込んでいる”人狼”をプレイヤー同士の話し合いで探し出すだけ。市民側は人狼の嘘を見抜き全て探し出せば勝ち、人狼側は市民をチームの人数以下にすることができれば勝ちとなる。

話し合いで人狼を見つけるというのは敷居を高く感じるが、「人狼ゲーム」には”役職”という特殊能力が使えるルールがある。人狼はこの役職をいくつか入れて遊ばれるのが一般的だ。


このアプリではゲーム中は自身が選択したキャラの名前で呼ばれるのでどのキャラを選んだのか覚えておかなくてはならない。

苗字がゲイルという強烈的な顔のキャラを選択すれば、降谷の部下達は必死に笑うのを堪えた。


「降谷さん、ホシがどのキャラクター使用するとかって言ってました?」
「いや、特には」

ならば犯人は、他のプレイヤーに馴染むようなプレイをしてくるだろうと苗字は睨んだ。

ゲームの役配分はこうだ。

市民、市民、市民、占い師、霊能者、狩人、狂人、
人狼、人狼。

所謂テンプレの9人村。苗字を除く8人の中に犯人がプレイヤーとした参加しているということになる。
チャットで挨拶を交わし、いよいよ役職決めの時間だ。

「挨拶チャットを見る限り、不審な言動も無いし犯人らしきキャラも見つかりませんね」
「最後まで正体を隠しておくつもりか」

ホシは恐らく、本当にフェアな状態でゲームを楽しみたいのだろう。
しかしこちら側としては全く楽しめたもんじゃない。勝敗だけでは無く、財務省の極秘データがかかっているのだから。


本当に馬鹿馬鹿しい話である、と降谷は前髪をかきあげた。



「うっわ、まじ?」


静かな部屋の中で突然遠慮もなく発せられた苗字のぶつぶつと泡のように不平を紡ぐ声に、周りにいた第1班の面々は視線をその女へ向ける。


「俺達は狂人という役職か」
「...、立ち回り、簡単そうに見えて結構面倒なんですよ」
唯一人狼陣営に含まれる狂人。その役職を引き当ててしまったらしい苗字は、必死に頭の中で有利なセオリーを検索する。

「誰が人狼か分からないから見極めないといけないし、市民の役職対抗で嘘を付かなくてはならないから信用勝負になります」
「さっぱり分かんねえが、頑張れ」

降谷は、"対抗占いカミングアウト"だの"黒出し白だし"だのわけの分からないワードを次々と口にして冷静に状況を説明する苗字に、此奴はある意味予想通りの女だったと口角をゆるりと上げた。

「仮に俺がプレーしてたら絶対負けてたわ」
「数分後には財務省データ飛び散ってただろうな」

苗字の少し離れた所で様子を見守り、待機する降谷の部下2人組はそんな小言を交わしながら突如現れた救いの女神に手を合わせている。


パソコンから、ゲーム開始の鐘が鳴った。

物凄いスピードでタイピングをしチャットを更新していく苗字を、ドン引いたような目で見る風見に、降谷は「これが本当のゲーム廃人だ」と嬉しそうに囁く。


「私が人狼陣営ということは、勝敗をつけたいなら犯人は市民陣営にいますね」
「市民か占い師か霊能者、狩人のどれかか」

ネットで人狼ゲームのルールを見ながら降谷も思考を重ねる。もしこの女が名乗り出てくれなかったら、どんな試合になっていたのだろう。想像しただけでもゾッとする、とこの部屋にいる男全員が心一つにそう思った。



それから30分後、一切言葉を発することをやめ、無言で黙々とチャットを更新し時折紙にペンを走らせていた苗字が一瞬、酸素を多く取り込むように肺いっぱいに息を大きく吸った。

それと同時に「狂人は私だよ。こいつら全員馬鹿だな」と何やら物騒な言葉を洞穴の中で呟くような声で云い出した苗字に視線を集めてから直ぐ、何かを察した降谷と部下達が一斉にパソコン画面を覗き込む。




「...、勝ちました」


















苗字が敢えてミスリードをし、市民を困惑させる作戦に出た結果見事人狼陣営は勝利した。
画面いっぱいに<勝利>という文字が現れ、セキュリティ室に狼の鳴く声が響き渡る。
現場にいた全員が、肩の荷が下りたように吐息を漏らして手を叩くと少し照れた様子の苗字が「良かったです」とやれやれ、というように力なく笑った。



「苗字、助かった。お疲れ様」
「仕事でゲーム出来るとは思いませんでした」
プレッシャーしかない運ゲーはもう御免だと両手を上げてまた力なく笑う苗字に、降谷も軽い微笑みを右頬だけに浮かべる。


「降谷さん、今連絡が入り全サーバー復旧しました」
「そうか」
嘘みたいな話は本当だったようだ。
苗字が人狼ゲームで勝利してから暫くして、財務省のパソコンが正常に動き出したという。

「市民陣営が勝った際に、財務省のパスワードが不正変更される仕組みになっていたそうです」

風見が全く馬鹿馬鹿しいと息を吐きながらも苗字にきちんとお礼を言って頭を下げた。

「第1班じゃどうしようもなかった案件だ。本当に助かった」
降谷ももう一度苗字に向き合い頭を下げれば、違う班でも同じ部署なら助け合うのが常識ですと女も頭を下げる。

この試合が終わったら、苗字に散々文句を言い、沖矢昴との関係性を問い質してやろうと思っていた降谷も、偽善的でありながら暖かい言葉をかける苗字にそんな気を起こすわけにもいかなかった。


「第3班は最近編成されたばかりなので、こういう所で名を売ってかないと」
「ゲスいな」
頬の上に描いたような笑みを漂わす苗字は、やはり恐ろしい女かもしれないと降谷も満足そうに狐を描く。


「お前とは話したい事が山ほどある。今回のお礼も込めて、今晩あたりどうだ」
「不穏なんですけど、降谷さん」

スマートフォンの手帳機能を開き、夜に予定が入っていないことを確認した降谷が長い足を組んで苗字の正面を向けば、余りにも絵になるその姿に怯みながらも女も手帳を開く。

「久し振りの登庁なので少し残業しなくてはいけないんですが、」
「俺もぎりぎりまで予定がある。21:00に察前はどうだ」
「...、22:00では駄目ですか?」

苗字は流石に21:00まででは溜まった資料の山を低くすることは出来ないことを分かっていた。
せめてあと1時間だけでも仕事をしたい、そんな思いで挑んだ表情を目に浮かべ降谷へ返事すれば、彼は諦めたように息を吐いて分かったとOKを出す。


「お前、庁舎暮らしか?」
「はい。降谷さんも?」

周りの部下達がお先に失礼します、と財務省から出ていくのに手を挙げて合図を送れば苗字も少し気を使って外出ましょうか、と足を進める。

「ああ。登庁勤務の時は基本」
「ですよね」

暫くはこっちの仕事で忙しいから庁舎詰めだ、と肩を回す降谷さんに、自分も全く同じ状況であることを苗字が伝えた。


「なら、別に時間も気にしないで飲めますね」
「それ男が一人暮らしの女に言う台詞だから」
「じゃあ降谷さん、言ったことあるんですか?」

女を酔わせて誘い込む為に、と嬌然と笑い小指を立てる苗字の表情がひどく蠱惑で、降谷はぞくりと背中に冷たさを感じた。

「あるよ」
「わお」

今度は純粋な女子高生のように目をぱちぱちと大きく広げて頬を桃色に染める苗字に、トリプルフェイスを使い分ける自分自身を投影するも、表情の変化についていけないと男は項垂れる。


「何、誘われたいの?」
「いやいや、ほんのジョークですって」

じゃあ私、22:00まで頑張ってきますねと手を挙げてエントランスまで向かう苗字の背中を見守り、自分も管理官へ地獄の人狼ゲーム勝利報告をしに反対側へと足を進めた。



公安的事件によって突如距離を縮めることになった降谷と苗字。
先日までの無駄なすれ違いによる葛藤は、本日を節目に無くなることだろう。


約束の時間を少しばかり心待ちにしている2人は、企画課のエースとして桜田門を駆け回る。

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