- 閑話 -



太陽が天頂を通過しようとする頃。
スーツを着た国家公務員達が昼休憩をする為に大きな建物の中からぞろぞろと現れ、桜田門沿いが少しだけ賑わう。

そんな中、警察庁本部では昼間も忙しなく動き回り緊急業務に明け暮れるエリート達が出入りしていた。

忙しなく歩き回る警察官たちの様子を横目に、降谷は漸くキリの良い所まで書類を纏め早めの昼食をとる為に売店に来ていた。

「やはり自分で作るのが一番だな」

大して食欲がある訳でも無ければそそられる品物も見受けられず。取り敢えず残業用にブラックコーヒーとMonster、おにぎりを2つと即席のうどんをカゴに入れた。

「あれ、降谷さん」

今日は何時まで部屋に籠るか、とぼんやり考えながらレジに並んでいると、後からそっと声を掛けられる。

「風見。また察庁に来ていたのか」
「今日1日は察詰です」

早速、警視庁の人間とは思えない程に警察庁勤務を強いられている風見が少し窶れた顔で乾いた笑いを漏らした。

「久しぶりに一緒に飯食うか。ラウンジ辺りで」
「ご一緒させて頂きます」

降谷が野郎2人でコンビニ飯だな、と笑うと風見は少し背筋を伸ばして「可愛い女じゃなくてすいません」と大きく笑った。











「早速噂になってますよね、苗字名前」
「え?苗字が?」


ラウンジにあるレクリエーション室で味の薄いうどんを咀嚼する降谷に、隣で冷めた白米を箸で持ち上げた風見がそう口を開いた。


「降谷さん例の噂知らないんですか?」
「ロミオとシンデレラの話か?」
「逆に何ですかそれ」

察庁の中では割と有名な噂話を自身で口にするが風見の知っているものとはまた別にあると察した降谷は違ったか、と咳払いをした。


「警備企画課に新設された第3班の噂が視庁にも広がってるんですよ」
「え?」


降谷は思わず顔を顰めた。

警察庁内部の人間が、警視庁の人間に知られる事は早々無い話だからだ。
降谷本人に関しては、潜入捜査官であるが故に存在自体が知られていない。
実際に降谷を知る風見は公安部所属に加えて、企画課第1班に所属している特殊人物であるからで、他の警視庁警部補辺りが知る事はまず無い。


「まあ、視庁内の噂と言っても公安の人間に限定されますが。今警察庁公安と警視庁公安を繋ぐ連絡役が第3班なんです」

だから視庁の公安部とも苗字達が顔を合わせる事があるらしくて、と風見は器用に魚の骨を箸で取る。

まあ確かに、苗字率いる3班は潜入捜査を扱う部隊では無いから公安部内で存在自体が知られる事はそこまで重要では無いか、と降谷も再びうどんの咀嚼を始めた。


「で、噂なんですけど。3班は皆顔が良いから所謂、異性トラップ要員で結成された班なんじゃないかって言われてるんです」
「それアイツらに言ってみ。ブチ切れると思う」

思わず声を出して降谷が笑えば、風見は少し驚いたように目を見開いた。


「3班って一体何を専門とする班なんですか?」
「内緒」

いくらお前でも内部事情は軽率に言えない、と口元を歪ませる降谷に風見は散々極秘に苗字の調査をさせておいてこのザマかと薄く苦笑した。


降谷自身も苗字達の主な任務内容はつい最近、管理官を通して知る事になった。
降谷率いる1班は潜入捜査官として組織の中枢に自身が近付き情報を収集する。しかし、苗字率いる3班はその真逆の任務をこなしていた。組織に潜入するのでは無く、その組織の周りに情報網を張り遠距離から情報を入手していく。

例えを出すとこうだ。

極悪な犯罪を繰り返す銃刀法違反に値する凶悪組織があるとする。

そんな組織を根絶させる為に近付くには先ず、確実な情報が必要である。

そこで、組織の構成員と成り済まし潜入。そこで実際に組織の人間から情報を盗み出すのが第1班。

逆に、組織そのものに接近するのでは無く、その組織が裏ルートで入手した武器等の出先を調査し、その不正武器販売業者に協力者を作り情報を盗み出すのが第3班だ。

ほぼ同じ事じゃないか、と思うだろうが実際は全く違う。前者は確信的な情報を入手し直接的な働きがあるが後者は悪の中枢を周りから囲っていき間接的に働く。

短距離型が降谷、長距離型が苗字とでも言うべきか。
小難しい話にはなるが、実際にこなす任務は全く異なるのだ。

そんな第3班も先日降谷から苗字へ申告した通り、潜入調査のサポートの任務も担うことになった。なので中枢に直接関わる機会も増えてくる。
短距離長距離両方こなす二刀流は大変だぞ、と降谷がそっと合掌したのも記憶に新しい。



「そう言えば苗字の同僚の木之本って男、公安の中でもトップの協力者数を持ってるらしいですね」
「ちゃっかりお前も調べてるんだな」


苗字が公安の人間である事を見抜けなかった事を未だ根に持っているらしい風見は徹底的に苗字周りを調べあげているようだ。

風見によると、木之本は暴力団や右翼・左翼等々過激集団との協力者をメインに多く従えているらしい。降谷は、苗字が前に極道みたいな厳つい同僚がいると言っていたのを思い出しそのまんまじゃねえか、と思わず肩を震わせた。


「でも顔は良いんだろ」
「自分も木之本と会った事がありますが、見た目は厳ついけれど中々整った男でした」


まあ彼等がハニートラップ要員じゃないなら色々と見方も変わってきますので今後も差し障り無く協力していけると思います、と箸を置いた風間にお前も大概辛棘だなと降谷は口角を上げた。















「へっくしょい、あぁクソ死ね」
「くしゃみの仕方が物騒っすよ、木之本さん」
「風邪引いた?木之本」

現在風見と降谷によって絶賛噂話を語られている渦中の企画課第3班は、昼食であるカップラーメンを部屋の中で食している最中だった。

「風邪じゃねえ。この禍々しさは誰かに噂されてる其れだ」
「くしゃみの感覚で見抜けるの凄いね」


醤油ラーメンをちゅるりと吸う苗字は、麺ではなく鼻を啜る目の前の同僚を哀れな目で見つめる。

「そういや苗字、お前午前中伊達組の会長達と会食だったんだろ?」
「ああ、うん。薬物の裏ルート先が1件判明した位で特に収穫は無いよ」
「大収穫じゃねえか」



デスクの横にストックしてある箱ティッシュから雑に2.3枚取り鼻をかむ木之本は、先程まで暴力団伊達組の協力者と会食をしていた苗字にその感想を聞けば、物騒な収穫話を蓄えてきた可愛らしい女をドン引いたような目で見つめ、距離をとる。



「苗字マジでおっかねぇわ」
「木之本に言われたくないんだけど」

その内お前小指詰められるよ、と苗字が木之本にボヤけば隣に座る柳瀬が痛そうやめて!と背筋を伸ばした。


「でね、その薬物ルート先に早速協力者作って欲しいんだけど。柳瀬」
「え、俺っすか」

そういう物騒関連は木之本さん専門じゃないですか〜、と至極嫌そうに顔を歪ませる柳瀬に「俺は忙しいんだ」と木之本が一瞥した。

「苗字さんも、味噌汁作って欲しいみたいな感覚で言わないで下さいよ」
「柳瀬、ツッコミのスキル磨いた?」

今の割と面白かったよとメンマを箸で摘んで隣のカップ麺の中へ沈めれば純粋単純鈍感な部下、柳瀬は満面に喜色を湛えた。


「兎に角伊達組の案件は、1班との合同捜査が始まる前に片付けておきたいから分担したいの」
「苗字さんの頼みなら、まあやりますけど」

愛しい上司から譲り受けたメンマを箸で大事そうに掴み、物思いにふけたような儚い目で見つめる柳瀬に木之本は「良い奴だよな、柳瀬って」と憐れんだ。


「柳瀬の得意分野は水商売系と国会議員のババアだもんね」
「もっと良い言い方あると思うんすけど、苗字さん」

柳瀬は持ち前の中性的な可愛らしい容姿と人懐っこい性格で特に年上から凄まじくモテるが、特定の相手は作らない。実際は容姿とは裏腹に脳筋だし意外と賢いし、若干下衆な一面もある。

上司として弱点を挙げさせてもらうと直ぐに物理的に手を出す所と足癖が悪い所だろうか、と苗字は頭を抱えた。


逆に木之本は男らしい容姿で万人受けするタイプである。
特に苗字が関心するのは彼の張り巡らされた広い人脈だ。その人脈の殆どは過激派組織とのものである為、彼の容姿は日に日にそれに適応するように極道じみてきている。

ゆすりや賄賂、暴行に纏わる事件が起きた際は木之本の関係者である可能性が割と高い。
おっかないが、頼れる同僚だ。



個性的な班員が集結したので、変な噂も立ち易いし睨まれる事もあるが、何だかんだ適性が近い3人で組まれた部隊である為仕事の効率は他に比べれば良い。上層部からの評価もそれなりに良いものだ。


麺や具が無くなり汁だけが入ったプラスチック容器を物憂げに眺めながら、苗字が自分達の事を考えているとも知らず、柳瀬はチラリと隣の女を覗き見た。



柳瀬にとって苗字は初めての上司だった。
キャリア組で警察庁へ入庁した柳瀬が初めて配属された部署がここ、企画課だからだ。

第3班が結成され、この部屋で初めて顔合わせをした時。
柳瀬は憎らしい程に愛らしい顔をした女が自分の上司となり班長として指揮を取るという編成に納得出来ないでいた。
所詮女、いつかは自然と自分が階級も追い越し立場逆転していくのだろうとも思っていた。

しかし仕事始めに柳瀬は苗字名前の恐ろしさを思い知る事となった。

柳瀬に協力者の作り方を教える、という呈で苗字が単独で某過激派グループに乗り込んだのだ。

ものの数分で構成員を支配下に置いた苗字の心理技と強豪な精神力に柳瀬は情けなく口を開いた。

到底真似も出来ないような戦術に、柳瀬はこの女は恐ろしいと膝をついた。
時には強引に荒々しい口調で構成員を捲し立てる苗字は木之本同様警察官というよりもヤクザの其れだ。

一瞬で上司の虜になったこの男は、苗字名前に憧れと敬愛すべき好意を抱くようになった。



「そう言えば苗字さんって見た目にそぐわず何でそんな厳ついんすか?」
「そりゃあこういう仕事してたら色々な人と出会うからね」

常に物理的にも精神的にも強気に出ないと相手に舐められるから、と割り箸を真っ二つに折って汁の中に沈める苗字を見て、きっとこの箸のようになった人間は山程居るのだろうと柳瀬は息を飲んだ。


「でも企画課は皆、木之本みたいな感じだよね」
「俺を例に挙げるな」

1班の降谷さんとか完全無欠の物理ヤクザだよ、と柳瀬に苗字が微笑みかければ「出たなロミオ」と嫉妬心を丸出しにした。


「まあ思い出に浸るのは終いにして、午後の業務も始めますか」




そう言って甘い顔立ちで可憐に微笑む苗字を見た柳瀬は、どこからどう見ても清楚な乙女なのに、ある意味残念な人だなあと柳瀬は眉を下げた。

「まあそれが良いんだけど」

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