夜道を奔る
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 夜の街を颯爽と、だがしかしエンジン音を大きくさせながら、二人乗りのバイクが奔っている。

「うっひょー。これで暫くは食いもんに困んねぇな姉さん!」
「だぁれが姉さんだせめて兄さんといえ兄さんと!」

 バイクの後部座席で、進行方向と反対方面に座っている小柄な少年が持っているのは、外灯に照らされキラキラと輝く多色の宝石や金。ゴーグルの奥の大きな瞳を爛々と輝かせ、少年は無邪気に笑う。

「やっぱりオレ様が言った通りの方法で上手くいったじゃん、ジィン! ジィンが女装して屋敷に潜入してーオレ様がバイクでかっこよーく正面から出てきてその隙にー……って、聞いてんのか、ジィン!」

 ふふん、と鼻を鳴らしながら、子どもは手にしていた宝石たちを布の袋に入れ、反対に双眼鏡を取りだす。が、前方で巧みにバイクを飛ばし長い金髪を靡かせている人物は、ゴーグルをしていても分かる中性的な整った容姿を歪め、あからさまに嫌そうな顔をしている。

「冗談じゃねぇ……俺ぁ二度としねぇぞそんな綱渡り方式! 一歩間違えれば監獄行きお先真っ暗将来絶望! 入念に下調べしてじっくりしていくのが俺の性に合ってんだよ! 今度変なこと計画したり言いだしたら捨てるからな! もう二度とお前の口車には乗らん!」

 女性物の長いスカートを履きつつも、苛立ちを露わにしている声はれっきとした青年のそれ。漆黒のバイクが唸り、更に加速していく。
 子どもは手にしていた双眼鏡で後方を見る。何もなし。首だけ捻って前方を見る。と、目の前に赤い光が見えた。

「やっべ、サツじゃんかあれ! どうすんだよジィン」
「煩ぇ黙ってろ。強行突破するからしっかり捕まってろ、ウェーダー」

 慌てるウェーダーに対し冷静に返したジィンは、スピードを緩めることなく赤い光――パトカーが数台待ちかまえている所へと、真っ直ぐ走り出す。ウェーダーは慌てて前向きに座り直し、ジィンの背中にしがみつく。

「――ウェーダー」
「……な、なんだよ」
「俺が合図を出したら、パトカーの足元狙って噴煙弾投げつけろ」
「う、ういーっす……」

 先程のはしゃぎ様は消えうせ、ウェーダーは渋々と斜め掛けの皮鞄から小さな黒い玉のようなものを出す。
 徐々に近付く距離。向こうで、警察官の声がする。

「――奴が指名手配犯のジィン・ウィンクトンだ!」

 凡そリーダー格らしい声が告げ、構えていた警官が一斉にピストルを構える。

「よし……今だ」

 殺気で充満している正面とは正反対の冷静な声が告げる。ジィンの合図に合わせ、ウェーダーは思いっきり持っているものを投げつけた。黒いものはピストルを構えている警官の足元の地面に当たった瞬間、一気に煙を噴き出す。その中へ、ジィンはバイクを突っ込ませ、更に加速させる。

「口と鼻、塞いておけよ」

 視界だけはゴーグルのお陰でまだ平気だが、突然の煙に咳をして噎せ返り、中には涙を流している警官を見て、ウェーダーは僅かに背筋を粟立たせた。

「……あれ? あのさ、ジィン」
「あ? なんだ?」

 同じくゴーグルをかけているジィンが、バイクを走らせ警察の敷いた警戒網を潜り抜けてゆく。

「さっきさ、ジィンの言った通りのやつ投げたけど……催涙効果もあった訳?」
「あー、そういやそんなのもあったっけなぁー」
 街の端が見えてきた。この街の門周辺の警備は手薄で、だからこそ彼らはそこを突いて今日計画を実行したのだ。案の定、門周辺の警備兵は少ない。
「……確かなぁ、噴煙だけだと面白くないから他の効果も合わせたんだっけ」
「うっわぁー、ジィンえげつねぇなぁ」

 けらけらと子どもが笑い、鞄から小さな金属の筒を取りだす。十二、三歳の子どもの掌に収まっているそれはウェーダーの手によって木製の門へと飛んでいき、門に当たった瞬間爆発した。
 爆撃によって門の側にいた警備兵も吹っ飛んだらしく、煙の上がる門の跡から街の外へと出たのは一台のバイクだけだ。

「お前もえげつないな、ウェーダー」
「まぁな!」

 意気揚々とウェーダーが言い放ち、座りなおして再び進行方向と反対向きに座る。

「ところでさー、ジィン」
「今度は何だ?」

 なだらかな夜道をバイクが走り抜けるも、付いて来るものはいない。舗装されていない土色の道をバイクが奔り、周りは何もない平原だ。変化のない景色を見ながら、ウェーダーは先程の斜め掛け皮鞄からへしゃげたパンを取りだす。何も付いていない、普通のロールパンだ。

「なんで連中付いて来ないの?」
「あぁ。街の外は管轄外だからな、下手に動けないんだと思う。ついでに言うと、あいつら、どうやら俺たちを挟み打ちにしたかったんだと思うけど、ほら、さっき正面を強行突破しただろ? 多分あれで困惑している」

 つらつらと説明するも、ジィンの顔には僅かな疲労が蓄積されている。出来ることならどこぞの宿で体を休めたかったが、それも不可能だ。

「今夜は野宿か……」
「え? マジで?!」
「当たり前だろうが。ここから次の街までどんだけあると思ってんだお前は。つーか俺はさっさと着替えたい」
「えー、なんでさー。いいじゃん似合ってるし」
「振り落とすぞてめぇ」
「冗談でふごめんなさいジィン様」

 パンを口に詰め込みながらウェーダーが謝るので、ジィンからすれば謝罪の気を全く感じない。
 バイクはまだまだ夜道を駆ける。

「――ちぇー、こんだけあったらいいとこ泊まれんのになぁー」
「泊まるところがねぇんだから仕方ないだろ」
「ジィンってさ、そういうところに運がないよね」
「どういうことだ」
「えー? 盗みの仕事が上手くいっても、その後って運悪いよなぁ、って」
「……お前が付いて来てからだ、それは」

 げっそりとした体のジィンから返答を貰い、ウェーダーは「ふぅん」とだけ返す。今一つ理解していないらしい。
 バイクのライトが照らす正面は、長い丘と点在する樹木。一晩を過ごせるところは未だ見つからない。






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H24/01/07
自分が主催したツイッター創作フェスで、ちょっと取り入れて見たお題企画のものです。お題は『幸福と絶望との綱渡り』『恋の残骸』『最凶コンビ』の三つを用意したのですが、私は両端の二つを使ってみました。
どう使われているのか分かってくださると、嬉しい限りです。








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